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第2話 初心な彼女




「そ、それで、私は何をすればいいのかな?」





 この後にするであろう行為を想像したのか、彼女の頬はほんのりと朱に染まっていた。

 その反応だけ見れば、彼女は本当に可愛いと思える。

 俺にもこんな彼女がいれば良いのにと考えてしまうほどだ。


 だが、彼女の背後にちらちらと見え隠れする直剣の存在が、全てを台無しにしていた。



「あのさ、せめてその剣は外さないか?」



 そんな俺のごく自然な提案に、しかし彼女は何故か渋面を作った。



「ごめんなさい。私、例え裸になってもこの剣だけは外すわけにはいかないの」

「は、どういうことだ?」



 まさか、あの剣には呪いがかかっているとでもいうのだろうか?



「だって危ないから。

 私、いつ襲われるかわからないし」



 現状で一番身の危険を感じてるのは俺だがな!

 心の中で突っ込みつつ、俺は軽くめまいを覚えた。


 ということは、その無駄に物々しい直剣は護身用ということなのか。

 実際彼女の言うように、最近魔王が滅びたとはいえ、世の中まだまだ物騒だ。

 特にこの子のような美少女の場合、自衛手段も常に考えるべきなのだろう。


 だけど、せめて今くらいは外してくれてもいいじゃないか。

 大体君の目の前にいるのはお客さんだよ?

 確かに俺はついさっきまで、彼女に商売的な間柄を望んでいなかったのは事実だ。

 しかしこの状況は、どう考えても俺の望んだプライベート的な空間ではない。

 今この場の空気を支配しているのは、彼女の背負っている物騒な凶器なのだ。

 現にさっきから、俺はこいつに心を奪われっぱなしだ。主に防衛本能的な意味で。


 俺はデリヘル嬢を呼べば、てっきり普通の女の子がやってくると思っていた。

 だが、その目論見は甘かった。甘すぎたのだ。

 現実にやってきたのは少々……いや、かなり電波な女の子だった。



「ね、ねえ?それで結局、私は何をすればいいのかな……」



 ふと見れば、彼女は少々泣き出しそうな表情でこちらの様子を覗っていた。

 おっといかんいかん。つい考え事が過ぎて彼女を放置してしまったようだ。

 それに電波が入っていたとしても、彼女が年頃の女の子であることには変わりない。

 しかも、彼女は欠点にさえ目を瞑れば、超がつくほどの美少女なのだ。

 そう考えれば、逆にこのくらいの方がかえって良い訓練になるのかもしれない。

 なるべく背中の直剣は目に入れないようにして、当初の目的を果たすことにしよう。



「そうだな。立ち話もなんだから、まずは部屋に入ってくれよ」



 俺は、彼女を玄関先から自室に案内する。

 彼女には作業用の椅子を用意して、それに座ってもらう。

 椅子はひとつしか用意できなかったので、俺はシングルサイズのベッドに腰かけた。


 ちなみに人形製作の工房は、こことは完全に別室となっている。

 あの部屋には人形作りの道具や資料、そして完成済みの人形が何体も保管してあった。

 もちろん彼女をその工房に案内するつもりはない。

 つい最近まで大掛かりな作品を作っていたので、工房は少し散らかっていた。

 そして、製作に使う塗料のせいで部屋全体がかなり臭うのだ。

 換気自体は効くような構造にはなっているのだが、こればっかりは仕方がない。

 それに人形が何体も並んでいるさまは、人によってあまり良い印象を受けないらしい。

 そういえば実家でも、家族はあまり俺の部屋に入りたがらなかったような気がする。

 そんな部屋に連れて行って、いきなり彼女の心象を悪くする必要もないだろう。



「よし、じゃあまずはお互いに自己紹介をしよう。

 情報で知ってるかもしれないが、俺はアグリ=タイフォンだ。まあアグリと呼んでくれ」

「あ、はい。私はユミエ……じゃなくて、エミィよ。よろしくね、アグリ」

「ああ、今日はよろしくな、エミィ」



 うん?今名前を言いなおしたということは、エミィというのは偽名か?

 ……まあ、こういう商売ならば、本名を隠すのも当然といえば当然なのか。



「それじゃあ、エミィに早速やってもらいたいことなんだけど」

「は、はひ!」



 にわかにエミィの表情が引き締まる。というか引きつった。それに声も裏返った。

 やはり彼女は素人なだけあって、行為に対する反応があからさまに過敏だ。

 ……というか、いくらなんでも過敏すぎじゃないか?

 素人ならばある程度はしょうがないが、それにしたって彼女の反応はあまりに劇的だ。

 行為はおろか、男自体にあまり免疫がないのでは、とすら思わせる反応であった。


 いやいや、さすがにそこまではないだろう。

 いくら雇ったばかりの素人ばかりといえ、彼女達の雇い主は本物の娼館経営者なのだ。

 彼女達を従業員として送り出すからには、最低限の教育は施しているはずなのである。

 だから彼女のやたら初々しい反応も、雇い主に仕込まれた演技なのかもしれない。

 ……いや、彼女のこの反応が演技だったら、逆に嫌過ぎるが。

 これがもし本当に演技なら、俺は軽く女性不審になってしまうかもしれない。


 何にせよ、エミィに緊張され続けても困るので、とっとと俺の要望を伝えるとしよう。

 エッチな事はしないと伝えれば、彼女も今よりは楽にしてくれるだろう。



「エミィには、時間いっぱい俺とおしゃべりして欲しいんだ」

「えっ?」



 エミィは、俺の言葉の意味がわからなかったのか、そのままキョトンとしてしまった。



「それは……おしゃべりしながらあんなことやこんなことをする、高度なプレイを」

「まったく違う!」



 あさっての方向に曲解したエミィに、俺は思わず突っ込んでしまった。



「で、でも()()だけは絶対ダメだからね。もししようとしたら叩っ斬るから!」

「だからしないって。ソレは違反行為なんだろ。あと叩っ斬るって何だよ!」



 従業員が客を斬る行為は本番以上の違反じゃないのか?

 今度、娼館の支配人に問い合わせておこう。

 もし規則に含まれてなければ、今後不幸な事件が起こりかねない。



「だから、今日エミィを呼んだのは、俺が普通に女の子とお喋りをしたいからなんだ」

「それって……例えば、今日は天気が良かったーとか、食べ物なくてひもじいーとか、

 雑草はあんまり美味しくなかったーとか、そういう話でもいいってこと?」

「そうそう、そのくらいの軽~い会話がしたいんだよ。簡単だろ?」


 ……何か妙に例文が軽くなかった気もするが、おそらく気のせいだろう。

 ともあれ、ようやくエミィは俺の意図を理解してくれたらしい。

 これで彼女の緊張も少しはほぐれるだろう。



「あ、あの、それはそれですごく困るんだけど……」



 と思っていたら、エミィは何故か逆に焦り始めた。



「困るって、一体何が困るんだ?」



 俺が問い返すと、エミィは少々ばつが悪そうに事情を告白した。



「えっと、実は今日の仕事って、私の採用試験も兼ねてて、

 私がそういう行為が出来るって証明しないと、今日限りでクビになっちゃうの」

「はあぁ?」



 おい、何かとんでもなく重い話が出てきたぞ。

 主に責任的な意味で。


 事前に素人が来るとは聞いていたが、エミィは正真正銘のど素人だったらしい。

 というか教育もせずにいきなり実戦投入とは、さすがに正気の沙汰とは思えない。

 これは娼館の支配人に文句を言っても許されるレベルだろう。


 だが、それは雇い主の問題であってエミィ自身の問題ではない。

 ここで断るのは簡単だが、それで一番被害を受けるのは間違いなくエミィだろう。

 なにしろ俺の判断に彼女の雇用がかかっているのだ。


 まあ俺から見て、彼女がこの仕事に向いているとは到底思えないわけだがな。

 しかも話を聞く限りは、彼女の雇い主もロクなものではないようだ。

 とはいえ、それを判断するのは俺ではないだろう。

 要は、彼女がその環境を許容できるかどうかなのだ。

 しかし、彼女に判断を任せるにしても、最低限俺が今協力する必要があるわけで。


 と、そこまで考えて、俺自身も実は被害者である事に気が付いた。

 何故ただの客に過ぎない俺が、彼女の採用試験に協力しなければならないのかと。

 そこに気付くと、俺は無性に腹が立ってきた。



「……なあ、言っちゃ悪いけど、正直エミィはこの仕事向いてないと思うぞ」

「うっ」

「エミィは容姿もいいし、他にもっと向いてる職業があるんじゃないのか?」

「うぐっ……」



 このまま協力するにしても、エミィがこの職業をやりたいという意思が見たい。

 俺だってここまで巻き込まれているのだ。このくらいは言う権利があるだろう。

 ……しかし、なんだか本当に俺が彼女の試験官をしている気分だ。


 ふとエミィの顔を覗くと、彼女は俺の言葉にダメージを受けてうなだれていた。

 う、打たれ弱えぇ。

 しかしこの場合、一応この職業に就きたいという意思の表れとも取れるのか?



「あ、いやちょっと言い過ぎた。

 エミィは見た目良いし性格も面白い(・・・)し、客がつけば結構人気出るんじゃないかな」



 物は言いようである。

 だが、俺のフォローにエミィの気分が浮上する様子はまったくない。

 それにしても、この打たれ弱さは客商売する上で致命的じゃないのか?

 本気でこの子がやっていけるビジョンが見えないんだけど。

 どうしたものかと思案していると、エミィは聞き取れるぎりぎりの小さな声で呟いた。



「……他の職業は……全部落ちたの……」

「はっ?」



 エミィのその呟きに、俺は思わず耳を疑った。

 嘘だろう。これだけの美少女なら無条件に雇いたい職場は絶対あると踏んでたんだが。



「ええそうよ!色々受けたけどぜーんぶ落ちて、これが最後の砦なの!悪い!?」



 そして、ついにエミィが切れてしまった。

 彼女の肩がプルプルと小刻み震え、明らかに怒っている様子だった。

 同時に、背後に背負った直剣もチャキンチャキンと元気よく室内に鳴り響く。

 せっかく見ないようにしてたのに、再び俺はその存在を認識させられてしまった。

 やばい超怖い。


 この子絶対客商売無理だと思いつつ、俺は身の安全の為に彼女に協力することにした。

 もう知らん。このあとの彼女の教育は、雇い主ががんばってやってくれ。

 既にもう手遅れかもしれないけど。



「わ、わかったよ。じゃあせっかくだしエミィに気持ちよくしてもらおうかな」

「本当に?良かった……」



 その言葉に、エミィはようやく安堵したようだ。

 そして俺の方も、いきなり彼女に斬られるような事態は避けられたらしい。

 リアル凶器持ちは本気で心臓に悪かった。








「それじゃ、アグリは何をして欲しいの?」



 エミィは椅子から立ち上がり、ベッドに座った俺の隣に腰かけた。

 その瞬間、ふわりと花のような香りが鼻腔をくすぐる。

 隣に座る彼女を見たとたん、俺の心臓は飛び跳ねた。


 あ、やばい。

 まさかこんな事になるとは思ってなかったから、まだ心の準備が出来ていない。


 元々の目的が女の子と会話する事だったので、さっきはああいう展開になったが、

 俺だって女の子とのそういう行為に興味がないわけじゃない。むしろかなりある。

 しかもエミィは見た目だけならかなりの美少女なのだ。

 多少電波な所と、その背中に刺した物さえなければ、彼女になって欲しいとさえ思う。

 ふと目を移すと、やはり彼女もこういう事に免疫がないのか、かなり赤くなっていた。


 あ、やばい。本気でエミィが可愛く思えてきたんですけど。

 とりあえず無理矢理にでも話を振って、このどうしようもない高鳴りをごまかそう。



「ひぇっと……お、俺もこういう経験は豊富なわけじゃないけど」



 いきなり声が裏返ってしまった。

 あと、経験は豊富どころかまったくの皆無だ。

 こういう小さな嘘をつくと、小さい自分を自覚してしまって非常に自己嫌悪になる。

 だが、エミィの方も恐らく経験がないのは見ていればわかることだ。

 ここは何とか俺が主導してやらなければ、いつまでたっても話は進まないだろう。



「と、とりあえずこういう時は、やっぱりキスから入るのがいいの、か?」

「きっ、キス!?」



 俺の提案に、エミィからは飛び跳ねるような反応が帰ってくる。

 本当にこの先大丈夫なんだろうかこの子は。

 とか言ってる俺も、まったく人のことは言えないのだがな!



「ほら、やっぱりこういうのって雰囲気が大事って言うだろ。

 それにこの先こういうことも要求されるだろうし、出来ないはまずいんじゃないか?」

「そ、そうなの?……わ、わかったわ。じゃあキ、キス……すればいいのね」



 俺の言葉に一応納得したのか、エミィはこっち向きに座りなおした。

 だが彼女の体はガチガチに強張り、顔も茹でだこのように真っ赤になっている。



「さ、さあ、来なさい!」



 そのままエミィはギュッと目を瞑り、小さな唇を可愛らしく突き出した。

 そして彼女の反応が一々初々し過ぎるせいで、俺の高鳴りもやばいことになっている。

 俺たち2人の状況は風俗嬢と客ではなく、まるっきり初々しいカップルそのものだ。

 そもそもキスから入るというのは間違いだったかもしれない。

 これではまるっきり、ただの愛情表現じゃないか。


 硬く目を瞑り、唇の先をプルプルさせながら待ち構えるエミィを見て、俺は逡巡する。

 当然女性経験のない俺にとって、これがファーストキスになるわけだ。

 その記念すべきファーストキスが、その、これでいいのだろうかと。

 いや、勘違いしないでほしいが、その相手が彼女であること自体に不満はないのだ。

 この初心な反応を返してくれる純朴な彼女は、割と本気で可愛いと思っている。

 だが、何というかこの状況、俺が彼女を騙したみたいになっていないか?

 訓練にかこつけて、まんまと彼女からキスを奪おうとしている、という構図だ。

 しかも彼女のキスに対する反応からして、彼女もファーストキスである可能性が高い。

 それって、傍から見れば俺が最低に見えるんじゃないだろうか。


 ……いや違う、やっぱりこれはエミィのためなのだ。

 このまま彼女がこの職業に就くためには、まだ足りてないものが多すぎるように思う。

 だから彼女はここで、なるべく経験を積む必要があるのだ。

 大体ここで後回しにした所で、結局はどこかでクリアしなければならない問題なのだ。

 そもそも、今後彼女に求められるものに比べれば、キスなんてかわいいものだろう。

 俺はその時のために備えて、あえて人柱になるのだ。


 俺はエミィの肩をガシリと固定する。

 それに反応した彼女の体が、更にビクリと強張った。

 間近から漂う彼女の甘い香りが、俺の鼻腔をさらに強く刺激する。 

 俺は意を決して、その目を強く瞑った。







「……よ、よぉし合格だ!これなら、もしお客さんにキスを要求されても大丈夫だな」

「へ?」



 俺のその声に、エミィはキョトンとした様子で目を開けた。

 エミィも俺も、既に汗でだくだくになっている。



「あれ、でも……キスはしなくていいの?」

「あ、ああ。

 考えてみれば俺は雰囲気なんかより、『気持ちよく』してもらことが目的だからな。

 そんなわけで、エミィには今からもっと凄いことをしてもらおうと思う」

「も、もっと、凄いこと……」

「多分デリヘル嬢的に言えば、こっちの方がメインなんだろうな。ふふふ覚悟はいいか?」



 エミィは再び緊張した面持ちで、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

 しかし最初の課題を乗り越えた為か、彼女の緊張は先程よりも幾分解けているようだ。

 俺は彼女が僅かながらも成長している様子を見て、ひとつ大きく頷いた。





 いや、やっぱりキスとか無理だって……





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