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第1話 デリヘルを呼ぼう



 唐突だが、俺はデリヘルを呼ぼうと思う。





 いや、笑わないでくれ。引かないでくれ。そして帰らないでくれ。

 これには樹人(トレント)の樹海よりも深い事情があるのだ。




 俺、アグリ=タイフォンは、辺境の町クローデルで人形職人を営んでいる。

 小さな頃から手先が器用で、両親にも友人にもこの特技だけは非常に褒められた。

 そこで調子に乗った俺は色んな物を作るようになり、最終的に人形作りに行き着いた。


 人形作りの奥は深い。

 俺が作る人形は、子供が枕代わりに所持するようなヌイグルミとは違うのだ。

 いや、別にヌイグルミを貶めるつもりはまったくないのだが。

 ともかく、俺が作る人形はもっと精巧な物なのだ。

 本物の人間や野生の獣などをそのまま小さくしたような、そういう人形であった。

 当然そのような人形は、布や糸を繋ぎ合わせることでは作る事は出来ない。

 町の側の小さな山からは、乾くと石のように硬くなる特殊な土が採掘される。

 この特殊な土により、技術さえあればかなり精巧な人形を作ることが出来たのだ。


 俺の人形作りのモットーは、『生きている』人形を作ることである。

 生きているといっても、実際に動いて喋ったり、メイド服で帰りを出迎えてくれたり、

 疲れてお風呂に入ると、偶然脱衣所でバッティングしてラッキースケベをしたり、

 たまにすれ違いから喧嘩をしたりしても、ご飯だけはちゃんと用意してくれる……

 という意味ではない。

 もしそんな人形があったらむしろ俺が欲しい。超欲しい。


 話が逸れたが、ここで言う『生きている』は、生きているようにみえるという意味だ。

 ある時俺は、何体人形を作っても納得できなくなってしまった。

 そこで初めて俺は、自分が人の形をしているだけの物を作っていたことに気がついた。

 人には意思があり、感情があり、歴史があり、未来があるのだ。

 それらすべてをひっくるめて、人間という姿を形作っているのだと。

 それ以降、俺は人形を作る時はモチーフの背景まで考えながら作業するようになった。


 そして、ますます人形作りにのめり込んだ俺は、ついに実家を追い出されてしまった。


 人形作りに没頭しすぎて、通っていた学校の成績はボロボロ。

 成績が悪くても、戦闘や魔法の才能があれば仕官できる可能性はあるのだが、

 当然俺にそんなわかりやすい才能があるわけもなく。

 頭脳や戦闘技能がなくても出来る仕事をするなら、学校に通わせる必要はない、と。

 そう両親に宣告され、少々の支度金と共に家を追い出されたのだ。

 追い出された当初は両親を恨んだものだが、社会を経験した今では半分納得している。

 ともあれ人形作りは続けながら、小さな飲食店のバイトでなんとか食いつないでいた。



 転機になったのは、気まぐれに作ったバイト先のおっさんの人形だった。

 彼は無口で無愛想なおっさんだったが、仕事には高いプライドを持つ誠実な人だった。

 そんな職人気質な所に俺は親近感を覚え、サプライズで彼に人形を贈ったのだ。

 働く男、何かに打ち込む男は、傍から見ていてかっこいいものなのだ。

 そして俺はそのかっこよさを、余すことなく人形で表現した。

 料理にその筋肉は必要なのか?と言いたくなるような鋼の肉体はもちろんの事、

 使い込まれたエプロンや中華鍋の焦げ目、宙を踊る自慢の肉野菜炒めも再現してある。

 渾身の力作となったそのおっさん人形をおっさんに見せると、涙を流して喜ばれた。

 その後人形は店に飾られることとなり、人気の肉野菜炒めと共に評判になっていった。


 そしてある日、おっさん人形の評判を聞いた一人の貴族が店にやってきたのだ。

 あからさまに身なりの良いその人は、人形とおっさんを見比べて感心の声を上げた。

 彼が人形の製作者を訊ねてきたので、自分ですと答えると非常に驚かれてしまった。

 後で聞いてみると、俺の年が思った以上に若いことに驚いた、とのことだった。

 俺の人形作りの腕に感心したその貴族は、そこで俺にある依頼をしてきたのだ。

 それは、彼の10歳になるご令嬢に、彼女を模した人形を贈りたいとのことだった。

 その為に必要な道具や資料などがあれば準備してくれるという、破格の条件であった。


 だが、希望の納期を聞いて、俺は非常に悩む事になった。

 なぜならバイトと両立しながらでは、まず間に合わない期日しか残ってなかったのだ。

 依頼を受けかねている俺に、おっさんは「お前はやりたいのか?」と聞いて来た。

 わずかの逡巡の後、俺は正直にやりたいですと答えた。

 だってそうだろう。

 ただの趣味でしかなかった人形作りに、お金を出しても欲しいという人が現れたのだ。

 嬉しくないわけがないし、それで本当にやっていけるのか試してみたい。

 だがその頃のおっさんの店は、俺の作った人形の評判もあってかかなり繁盛していた。

 この状態で俺がいなくなっては、とてもじゃないが店を回せる気がしなかったのだ。

 なのに、おっさんは気にするなと言って、俺が休むことを許可してくれた。

 おっさんはやっぱりかっこよかった。


 その後、スケッチを取らせてもらう為に対面したご令嬢の可憐さに驚いたり。

 提示された報酬の、そのあまりの額に目玉が飛び出しそうになったり。

 初めて目にする貴族の世界に困惑しながらも、何とか納期までに依頼を達成した。

 期日通り出来上がった人形に、貴族の親子は非常に満足している様子だった。

 だが、喜ぶ彼らを尻目に、俺自身はその人形の出来にあまり納得していなかった。


 そのご令嬢は本当に可憐だったのだ。

 ぱっと見は壊れ物のように儚い印象なのだが、彼女には凛とした強さが備わっていた。

 俺は、そんな彼女のすべてを表現しきれたとは、到底思えなかったのだ。

 そもそも彼女の人形を製作するにあたって、俺は非常に苦しんだ。

 おそらくおっさん人形を作る5倍くらいは苦しんだだろう。

 というか、おっさん人形は俺の傑作にもかかわらず、すんなりと作ることが出来た。

 ではその違いはなんだったのか?

 その答えはすぐにわかった。

 俺はおっさんの事は毎日見ていてよく知っているが、ご令嬢の事は全然知らないのだ。

 その差が、2人の人形の出来に明確な差を生んだのだろう。


 もっと言えば、俺は女の子の事をあまり知らないのだ。

 学校でも、暇さえあれば人形の構想を練っていたので、女の子との接点は皆無だった。

 しかし、これから人形を作っていく上で、女の子の製作が苦手というのは致命的だ。

 なにしろこの世の中に存在するモチーフの半分は女性なのだ。

 俺は、この致命的な弱点の克服を決意した。

 そしてこのご令嬢に、差し出がましいと思いつつリベンジの機会も用意してもらった。

 具体的には15歳の成人の際に、再び彼女の人形を作らせて欲しいとお願いしたのだ。

 父親の方は笑いながら、ご令嬢の方は何故か視線を逸らしながらも快諾してくれた。


 屋敷からの帰り際、その貴族は人形の事を知り合いに話してもいいかと聞いてきた。

 人形職人としてやっていくつもりなら、彼らは良いお得意様になるだろうとのことだ。

 俺は、その言葉に二つ返事でお願いした。

 それから一月も経たないうちに、本当に貴族から何件か人形作成の依頼がやって来た。

 それは、俺の人形職人としての道が一気に拓けたことを意味していた。

 俺は借家を引き払い、最初に得た報酬で町外れにある小さな家を買って工房にした。

 人形制作は特殊な塗料を扱うので、以前から異臭関係の苦情が頻繁に来ていたのだ。


 そしてバイト先のおっさんには、正式に仕事を辞めることを伝えた。

 おっさんは勝手に辞める俺に、一切恨み言を言うことはなかった。

 ただ「成功を祈っている」とだけ告げて、軽くハグされた。

 やはり、おっさんは最高にかっこよかった。



 バイトを辞めて工房を手に入れた俺は、正式に人形職人として活動する事になった。

 そして冒頭に戻るのである。






 ん、話が繋がってないって?

 そんな事はないだろう。

 先日少し大きめの依頼を片付け、少々だが自由な時間を得た。

 そして手元には、大口の仕事に見合っただけのお金が手に入ったのだ。

 ならば呼ぶしかないだろう。デリヘルとやらを。



 いや、違うのだ。

 決してやましい意味ではなく、俺の弱点克服の為に必要なことなのだ。


 今の俺には、とにかく出会いがない。

 何故学校にいた時、俺は女の子と接点を持たなかったのかと、今更ながらに後悔する。

 バイト先や人形職人として色んなお客さんと接する事はあったが、あれは別なのだ。

 向こうは俺を店員、商売相手としてしか見ないし、俺は客としてしか見ていない。

 そこには明確な線引きがあるのだ。

 商売の場で見せるべきは、自分ではなく商品。そしてサービスなのだ。

 考えてもみてくれ。入った店で突然店員が友達のように肩を組んできたら嫌だろう。

 というわけで、弱点克服の為にはプライベートで女の子と接する必要があるのだ。


 うん?デリヘルだと、それこそ相手が商売じゃないかだって?

 いや、だからこそデリヘルが最適なのですよ。

 これを説明する為には、まずこの商売の成り立ちから説明しなければならないだろう。


 まず、デリヘルとはデリバリーヘルスの略。

 そういう(・・・・)行為を望む客の元に、女の子が出かけて行ってにゃんにゃんする商売だ。

 そう、こちらから出かけるのではなく、あちらから来てくれるのだ。

 ホームアンドアウェーでいうところのホームスタジアムなのだ。

 俺が頼めば工房にやってきてくれるから、場の雰囲気は格段に誘導しやすいだろう。


 そして、この商売ができたのはほんのつい最近。魔王が勇者に倒された後の話である。

 娼館をやっている商人が、平和になったのを期に事業拡大して出来た部門なのだ。

 で、ここが一番重要なのだが、出来たばかりだから女の子は素人ばかりらしいのだ。

 相手が普通の女の子ならば、ムフフ空間ではなく普通に話せる場を作れるだろう。


 まあ本音を言えば、実際そういう行為に興味がないわけじゃない。

 だけど、そういうのはやっぱり好きになった人としたいし……


 と、そういう理由で、俺はただ女の子とお話がしたいが為にデリヘルを呼ぶのだ。

 弱点はお金で全て解決。いやぁ良い時代になったものですね。




 で、件のデリヘルなのだが、実はもう呼んであったりする。

 既に約束の時間だから、そろそろ来ていてもおかしくないはずなんだけど。




『コンコン』




 と、待ちわびていたところで、乾いたノック音が部屋の中に響き渡った。


 きた!

 きました!

 きましたワー!




「ご、ごめんくださーい……」





 ノック音に続き、扉の向こうからやや緊張した女の子の声が聞こえてくる。

 この慣れてない感じは、間違いなく素人さんである!

 まさに計算通り。

 俺はデリヘルを勧めてくれたお得意様の屋敷に向かって、思わず拝み倒した。

 あなたが神か……


 おっと、盛り上がり過ぎて、女の子を扉の前で待たせ続けるのも忍びない。

 俺は大きな期待と少しの不安が混じった高鳴りを感じつつ、思い切って扉を開けた。



「あ、いた。よかった」



 はたしてデリヘル嬢とおぼしき女の子は、落ち着かない様子で扉の前に立っていた。

 だが、予想通りと思っていた彼女は、俺の予想を完全に裏切った見た目をしていた。


 彼女の容姿に問題があったのか?

 いやいや、彼女の容姿はむしろかなりの美少女であった。

 年の頃はおそらく18歳くらいだろうか。

 まず、彼女の錦糸のようにつやつやでさらっさらの黒髪が一番に目を引いた。

 吸い込まれるような魅力を宿した、黒目がちのぱっちりとした瞳。

 小ぶりだが、きれいに整ったかわいい鼻と唇。

 体は細身のようでいて、手足はよく見ると健康的にしっかりとした肉付きをしていた。

 ウエストはきゅっと絞られていて、胸とお尻あたりは女性らしい丸みも感じられる。

 町ですれ違ったら、思わず振り返ってしまう程の美少女であった。



「えっと、ここはアグリさんの家であってる、よね……もしかして、間違ってた?」



 ドアを開いたきり固まっていた俺を見て、どうやら彼女は不安になってきたらしい。

 というか、現状では俺の方が呼ぶものを間違った可能性が高い。



「いや、あってるけど……ええと、君の方こそデリヘルの人?」

「え、そうだけど、私なにかおかしいかな」



 どうやら俺の間違いではなかったらしい。

 一瞬別の何かを呼んでしまったかと思ったよ。

 では彼女のその格好は、一体何のつもりなのだろうか?

 彼女はこれから、何と戦うつもりなのだろうか?


 俺は彼女の額をまじまじと確かめる。

 そこには細かい細工の入った金属製の鉢金が巻かれていた。

 続いて、彼女の背に背負ってる物体に目を移す。

 そこには彼女の身長ほどに長く物々しい、十字型の直剣が刺さっていた。



「あのさ、君はデリヘルって何する職業か、知ってる?」

「え?ええっと……」



 俺の質問に、彼女は顔を真っ赤にしながら言葉に詰まる。

 ここだけ見れば、実際ただの素人さんなんだけどなぁ。



「男の人と、何だか凄いことしちゃう職業……だよね?」



 彼女が恥かしそうに体を揺らすたび、背中の得物もチャキチャキと音を響かせる。





 俺は彼女に、これから一体何をされてしまうのだろう……




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