これでも慈善活動中です
レインと別れたあと、数人に囲まれて連れて行かれた先は予想通り。地下牢。
ジメジメと陰湿な感じ。
体からキノコが生えたらどうしようか。やはり、その場合は毒キノコの可能性の方が高いか。いや、案外美味いかもしれん。なんたって俺から生えたキノコ。キノコ界からアイドル誕生かもしれん。
ふむ。
そうなるとまずはシンプルに焼きか。
レインに渡せばいろいろ料理してくれるかもしれん。俺的にはポピュラーなバター焼きなどが……いや、やはりここは汁物にするべきか。米に混ぜるというのもまた捨てがたい。
しかし、レインならここはやっぱりお浸しでしょう、などと言いかねない。
あれはあまり好きじゃない。
男ならがっつりいきたい。うん。そうは思わないかっ!?
「なぁ?」
思わず俺の横にいるマッチョ系ムサ男に同意を求めた。
「……っ…………!?」
む。
無視されたよ。
こいつ、まさかこんな体型でお子ちゃま舌なのではなかろうか。うん、そんな気がしてきた。オムライスとかハンバーグが好きそうだ。
……オムライス、といえば。
レニーは元気にしてるだろうか。アルテナは大きくなっただろうか。
あいつらももう……いくつになったんだっけ?
俺が……んん??
俺、何歳になったんだったか?
「止まれ、カゼロインス!」
へいへいっと。
「取り押さえろ」
「はっ!」
おぉう、容赦ねぇな。
男どもが俺の体を抑え付ける……そんなペットや家畜じゃねぇんだから。まったく。
一応従って、床に座り込む。
座っても離れない男ども。うげぇ。
つーか、ここ地下牢だったよな?
なんか無駄に綺麗な部屋だな。拷問の道具が家具のように置かれている時点で趣味は悪いけど。
なんだっけあれ、鋼鉄の処女とかそんな名前だっけ。
「そなたがカゼロインスか……」
後ろから登場した女。
こいつが公妃サマってやつか?
カツカツカツ
いい音させて歩いてくる。公妃っていうか、女王様だな、こりゃ。
シチュエーションとしては安物の風俗店。俺的に不合格。
「我が国でよくもまぁ……馬鹿なことをしてくれたものよ」
「…………」
「さて。何か言いたいことはあるか?」
目を細めつつ見下してきた。
この女もそうだが、周りの奴らもまた随分と危機感のねぇ奴揃いだな。
「俺に賞金をかけていたらしいな?」
「わたくしの息子に重症を負わせたのだ、当然であろう? それだけではない、わたくしの心痛を少しでも分かってもらいたくてなぁ? お前の身内も探させているぞ? 家族で仲良く罰を受けるといい」
女が、にまぁっと笑った。
とてもではないが、人の上に立つべき人物の顔ではない。人のこと言えないけどな。俺は人の上に立たないから別にいいか。
「後悔するがいい」
後悔、ね。
そういえばせっかくレインに会ったんだから、ここに来る前に御飯作ってもらえばよかった。
あいつの飯は最高だからなぁ。
「ふ……くふふふふっ! どうした、カゼロインス!! 黙り込んで、ん?」
焼き飯食いたい。
レインの作った飯が食いたい……
「……後悔……そうだな……」
これが後悔と言わずして、一体何が後悔だというのかっ!?
「はははははっ! そうだろうそうだろう、悔しいだろう!! だが、わたくしは……パウニールはそれ以上に悔しかった!! 貴様などのせいで! どれほど! 悔しかったことかっっ!!!」
……おばさんはうるさくていかんな。
腹が空いてきて、なんかいろいろ面倒になってきたし。
「そなたも更なる後悔をするがいい! そして泣き喚き、助けを乞うてみろ!!!」
「逆だろ? お前らが俺に助けを乞うんだよ」
「何を馬鹿なこ……と……!?」
俺は地面方向を除く、全方向に風を向ける。
俺を取り押さえていた男どもは、俺から突如放たれた突風に巨体を飛ばされ、公妃は数歩後退りをしながら尻餅をつく。
「な……!?」
「これは……何が……?」
突然の出来事に呆然とする連中。
「感謝しろよ? 昔の俺なら、容赦なく火だった」
黒焦げになって終わり。一番簡単だ。
だが。
無闇やたらに人を殺すな。
耳にタコが出来るくらいに言われ続けた結果、そう簡単には死なないように加減するようになった。
「な、何をしておる!? 早くあ奴を……」
尻餅をついたまま公妃が何か言おうとしていたが。
吹き飛ばされて立ち上がろうとしていた男の腹に蹴り、二人目は首の後ろを手刀で、三人目は足を払って再度体勢を崩したところを背負なげ。見事、五秒間で三人の意識がご退場となる。
「……っ……!?」
自分に対して、普通の兵士レベルが五人。
それで対処できると、護衛が十分と思っていたのか……
呆然とする残り二人も、顎を蹴り上げたりボディーブローだったり。まぁ、各一発づつで沈むあたり普通よりも鍛錬が足りないと思うぞ。これならガキの頃のレインの方がマシな動きをする。
あまりの出来事に声も出ない公妃に向かって、冷酷な声を発する。
「さて、話し合いだ」
邪魔者はいない。
「これでも慈善活動中でな、出来るだけ人は殺さないようにしてんだよ。だから、てめぇの息子も重症程度で済んだんだがなぁ?」
「重症程度……だと?」
「突っかかってくる連中なんざ殺せば終いだろ? 余計な手間もかからねぇってもんだ」
事実、殺すよりも殺さないようにするほうが難しい。
「……あー……ったく。面倒だな」
がりがりがりっと乱暴に頭を搔く。
「なぁ?」
怒りか恐怖か判別できないが、ふるふると体を震わせ真っ青な顔で俺を見上げる女に聞く。
「お前ら全員、殺していいか?」
「な……」
「…………って、ダメだよなぁ。無闇に人を殺すなってうるせぇしなぁ」
全員殺してしまえば、あとから文句を言う奴もいないし楽なんだが。
だが、それをしてしまえば怒られる。
主に、レインに。レニーは怒らないが、呆れるんだよな。アルテナはしばらく口聞いてくれなくなるし、泣くからな。やっぱその選択肢は最終手段だよな。
「俺はさ」
パチン と指を鳴らす。
それを合図に何本もの氷柱がまさしく地面と天井を支えるように出現する。
「てめぇに恨まれようが憎まれようがどうだったいいんだよ。どうせ、そんな連中星の数ほどいるんだからな」
もう一度パチンと鳴らす。
次はこの部屋のような牢屋の壁が崩壊する。生き埋めにならないように氷柱を出しておいたのだ。
突然のことについていけない公妃はなにも言わない。
「悪いのはどっちかとか、どうだっていい。俺に牙を剥くなら叩き潰して殺す。手を煩わしたならさくっと殺す。次はない」
返事も聞くことなく、歩き出す。
たかだか国の后だか王子だかが来たところで問題にもなりゃしねぇ。
国盗りに興味はない、だが、国が相手だろうと負ける気はしない。
「氷が解けないうちに出ることをお勧めする。生き埋めになりたいならそこでじっとしてろ」
ひらひらっと手を振って、悠々と壁のなくなった牢屋を突き進む。階段は残しておいたから安心しろ。
……まぁ、もっとも。
俺の身内と関係者にまで手を出そうとした罪は重いからな……
「あぁ、そうそう。早く出て、城内の人間も避難させたほうがいいぜー?城もじきに崩れるから」
地下牢以外にも、この城すべての柱を表面だけそのままに氷に作り変えた。
一見すればいつもと代わりない風景、だが表面は崩れやすいようにヒビをいれておいてやった。俺のちょっとした親切心だ。
これで誰かが死ぬのは俺のせいだけじゃない。
今から必死に城内の人間を外に出せば、死にはしないだろうよ……
やれやれ。
いつだって人間てのは面倒だな。殺してしまえば簡単なのに……
それにしても腹が減った。
そういえば喫茶店がどうとか言ってたっけ。
「…………焼き飯、食いてぇ……」
レインの作った飯が食べたい。
久々に帰ろうかな。うん、そうか。久々になるんだなぁ……
久々に会ったのにあの仕打ち。
レインの逞しさには涙が出そうだ。こんなにもお兄ちゃんは弟を愛しているのに。
「……」
あぁ。うん。でも、そうだな。
殺してしまえば簡単だけど………殺していたら、今の俺はないんだなぁ……
今でもわからない。
どうして、あの時レインを殺さなかったのか。
どうして、あの時手を差し伸べたのか。
どうして、あの時一緒に来るように言ったのか。
ただの気まぐれ。たまには助けるのもいいと思ったのか。たまには、誰かと歩くのもいいと思ったのか。
それとも……自分と似たその姿を見ていられなかっただけなのか。
「まぁ、いいか。帰ろう」
残念な兄、カイン君です。
見た目はクールな人。そのため前半の愉快思想に気づく人はほとんどいない。
レインの常識がずれているのはこの人のせい。