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大事なもの



 「さて、と」


 ギルド前ですら静まった深夜。

 店の扉に臨時休業の札をかけ、店を出る。


 ぐっと、伸びをひとつ。


 満月に近い月だ。早く用事を済まさないと満月になるな、などと思う。

 魔物の多くは、月に影響を受ける。満月の日か新月の日のどちらか力が強くなったり動きが活発になる傾向があるのだ。


「よし。行くか」


 いつもの清潔な白シャツと黒ズボンに黒エプロンといった喫茶店のマスタースタイルではなく、多少汚れても目立たない薄茶色のシャツとベストに深緑のズボン。動きやすさに重点を置いた黒のブーツに黒いコートを羽織る。珍しくショートソードを腰に下げた今の姿は狩人のようだろう。


 旅をしている時は基本的にこのようなスタイルだ。今はフードも被っているが。

 特に黒のコートは闇に紛れて動く際には便利であるし、防寒対策や耐熱効果もあるので野宿には必須だ。


 人の気配はないが、念のため気を配りながらも小走りで街を抜ける。


「……」


 この街は五メートルほどの外壁で覆われており、東西に出入り口の門が設けられている。実際には南北にもあるのだが、緊急時用で作られたもので普段は頑丈に閉じられてしまっていた。故に、普段の出入りは東西のどちらかの門を使用する。


 走ってやってきたのは西の門。

 今は夜ということもあり、門のすぐ近くの小さな通用口のような扉のみが開け閉めが可能だ。街側の扉と、その先に僅かな通路。そして、外へ出るための扉がある。通路横にはそのまま門番の待機室等も設置されている。


 二つめの扉をくぐれば魔物がいる外へと出る。

 もちろん、街の近くに魔物が出ることなど稀である。

 それでも皆無ではない限り、門番は必ず常駐しているのが常識だ。


 俺は堂々と一つ目扉を開く。

 当然、入ればすぐに門番と顔を合わせることになった。


「おいおい、こんな時間に誰だ?」


「…………」


 厳つい顔をした男が二人いたが、俺は一言も発さずに二つ目の扉へと向かう。


「おい。外に出るのか?」


 質問には軽く頷くだけにしておいた。


「悪いが身元の確認をさせてもらう。確認が終われば鍵を開ける」


「………黒い狼だ。街を破壊されたくなければ外に出せ」


「本物か? この街にいるという情報はなかったが?」


 今日の門番はそれなりに職務に真面目らしい。

 だが、俺はシラをきり通す。


「余計な詮索はするな」


 言って、二つ目の扉に手のひらを向ける。


「お、おいっ!?」


 一人が慌てる。

 俺がやろうとしている事がなにか悟ったのだろう。


「まて、開けるから! 扉は破壊するな!!」


「早くしろ」


 手のひらに集めていた魔力を霧散させる。

 そう。俺は精霊術を使って扉の破壊を目論んだのだ。


 もともと破壊するつもりのない脅しだったが、門番の一人はすぐさま鍵を開けに行く。


「外に出ればすぐさま鍵を掛ける。中に入るのは外に出るように簡単ではないぞ?」


「……」


 街の外へ出るのと、外から街に入るのとでは当然ながら手続きの仕方が違った。

 そんなことは分かりきっているので特に何も言う必要もない。


 そのまま二つ目の扉をさっさと通り、街の外へと出る。魔物の気配は、なし。


「気をつけてな」


 最後に一言残して扉が閉められる。


 思わず返事をしそうになって、慌てて口を噤んだ。性格上、カインの真似は得意ではないなぁと改めて思う。

 カインはよく思いつきで行動するため、こんな風に街を出ることもたまにあったのだ。もっとも、カインの機嫌次第では実際扉を吹っ飛ばしたり門番を叩き伏せたりということもあったが。


「えーっと……ドミル王国は、と。こっちか」


 ひとまずドミル王国の方向確認をして、その方向へ歩き出す。

 満月に近いからまだ明るいほうだろう。とはいえ、こんな真っ暗な道を灯りもなく一人で歩くなんてどうかしていると思われてもおかしくない。


 街から街の道中は、馬車が通ることも多いのでそれなりの舗装がされている道も多い。

 そして、そういう道には所々で看板や、休憩しやすい場所が点在する。中には簡易宿とも呼ばれる休憩小屋さえある。そういう場所には魔物よけが施されていたり、暗黙の了解として食事ができる調理器具や睡眠できるように毛布などが大抵清潔な状態で置かれている。


 夜はそういった場所から動かないのが一般的。


「でも、夜のうちに動く方が面倒がなくていいんだよね」


 俺はあえて舗装されていない道を歩く。

 もうちょっと進んだあたりでいいかな……


 夜は舗装された道でさえ、誰かと遭遇するようなことは滅多にない。

 当然、道から外れれば誰かと遭遇するなんて偶然起こるはずもなく。


「んー……よし。この辺でいいかな」


 森というほど鬱蒼した空間ではないが、草原というほど見晴らしのいい場所でもない。そんな場所に座り込む。


 そうして俺は魔力を体内に巡らせ、意識を集中していく。

 下手すれば何時間もかかっちゃうからな……早めに終わらせたいんだけど。


「さて。精霊達……カインを探し見つけてくれ……」


 そうしてゆっくり魔力を放出する。

 座っている大地から、ゆるく吹き抜ける風が、僅かに届く光が。

 ゆっくりゆっくり、俺が流す魔力を受け取り精霊たちに届けていく。


 この世界で精霊の存在する場所であるならば、見つけられぬものはない。多少の時間がかかってしまうのは仕方ない。それでも、自分の足で探すよりははるかに短くなるだろうから。


「…………そこか……」


 長い時間そうして、やっと見つける。

 ドミル王国首都からだいぶ離れていた。街じゃない……多分、今俺が居るような何もない場所だろう。都合がいい。

 軽く伸びをしながら立ち上がり、魔力を右手のひらに集める。

 本来の精霊術の使い方に戻す。

 

「見つけてくれてありがとう。もう少し、力を貸してね……」


 姿のない精霊ではあるけれど、声をかけた。

 

 右腕を振るい、術の構築を念じる。

 その願いに答えて振るった右腕から魔力を食べた精霊たちは力を貸してくれる。


 振るいきったとそれほどの時間差なく風が巻き起こると、あったという間に自身の体を飛翔させた。


「結構距離があるけど……付き合ってね。」


 自分の居場所からカインの位置まで移動するとなると随分骨の折れる作業だな、と思いつつも最短時間でいく方法を選択した。

 それなりの高度で高速で移動するが精霊術の最も便利なところは寒くならないようにとか息ができるようにとか細々したところをすべて自分で補う必要がないところだろう。

 精霊がある程度、使用者の思うイメージを受け取って術を構築していくためそのあたりは自動的にフォローしてくれる。


 もっとも、そんなことを知っているのはごく限られたものだけだろうけれど。


 精霊術が使えたとしても、俺のように長距離飛翔する奴は今までカイン以外に見たことがなかった。






 ◇ ◇ ◇




「で、どういうこと?」


「どうって言われてもなぁ」


 長時間かけて飛び……ちなみに人に見られないように光の屈折云々とかで姿が見えにくいようにもしてた……やっとの思いでカインの下にたどり着いた。

 場所は街から大分離れて、岩山の中程あたり。


 絶対に俺以外は見つけられないんじゃないかっていうくらい、無駄に難易度の高い岩山だ。


 呑気に晩酌していたので、思わず瓶ごと酒を蹴飛ばしてしまったのも仕方なかろう。

 ちなみに「酒なんか飲んでんじゃねぇ!」と突如現れて蹴飛ばし、さらに殴ろうとしたが平然と受け止められた。何げにカインも精霊術には長けているから俺が近くにきた時点で大体わかっていたんだろう。


 それなのに酒は飲み続ける性根は相変わらずだ。


 今も飲んでいるけどね!


「何がどうなって、ドミル王国の王子を半殺しにしちゃったの?」


「あー……誤解?」


「正直に正確に細やかに答えて」


「依頼片付けるのにつれておこぼれでも貰おうとしたのか、後ろくっ付いてきたんで逆に依頼をアイツ等に手伝ってもらおうと仕向けたら逆ギレされてお仕置きしただけだ」


 ……まぁ、そんなことだろうと予想はしてたけど。


「そいつの母親がしゃしゃり出てきて、カインに賞金かけたらしいけど?ちなみに、身内とか関係者とかも狙われてるっぽいんだけど?」


「あぁー……うぜぇ……」


「それはこっちのセリフ。何もしてないのに狙われるとか、とんだ迷惑だよ」


 カインはやっと盃を置き、腕を組むと目を閉じた。

 考え事をしているから話しかけるなって時の仕草だ。


「……」


 カインに賞金がかかるだけなら俺もカインも捨て置いた。

 身内だけ、つまり俺に迷惑がかかるだけならやっぱり何も考えなかっただろう。むしろ、俺が片付けてくれればいいなぁくらいは思う。


 だけど、関わりのある者までもに危害が及ぶのは黙っておけない。


 レニーは不意を突かれたり人数で来られると防げないこともあるだろう。それでも、やっぱり強いからそれほど心配はしなくていいけれど。ギルド関係はトラブルへの対処能力があるからそれほど気にしなくてもいい。


 一番怖いのは、アルテナが狙われることだ。


 荒事に対処する力を持たない彼女を守るためには、ここで危険を潰しておかなくちゃならない。


「よし。まずは賞金をもらいに行くか」


 目を開けて言い放つカインに、さっきまでのだらけた雰囲気はなかった。


「今から?」


「当たり前だろ」


 まさしく悪巧みをしている笑みを浮かべて立ち上がる。

 漆黒の髪に、漆黒の瞳。纏う衣もすべて漆黒。

 黒い狼と揶揄されるだけの野生の鋭さを持つ、この世界最高峰の狩人。この男を本気で怒らせるのは馬鹿だ。





 カインはレニーとアルテナを大事にしている。


 そうなった理由は単純。

 二人の父親が、カインの師匠であり、育ての親だったからだ。


 でも、それだけじゃない。


 カインが二人を大事にしている理由。それはきっと、二人がカインを大事にしているからだ。

 過去に、カインには荒れた時期があった。

 多くの人がカインに恐怖し、逃げていった。


 その中で、二人と、二人の両親だけがカインに優しかった。


 カインはその優しさも煩わしく、彼らの元を去ってしまったけれど。

 そのせいで彼らが苦労することもあったし、その延長線上で二人の両親は他界してしまったのかもしれないけれど。


 それでもレニーもアルテナも、カインに優しかった。

 両親が死んでしまっても、カインの帰る場所はここだと言い切った。 


 そのことが、カインを救ったのは明白。


 


 だからこそ。


 危険の種は完全に潰す。




やっとお義兄さんのカインが登場。

魔術はどういうのにしようか迷ったけど、せっかくの精霊さんなので詠唱とかなしの便利魔術になった。


なんでもありって難しいー

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