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望む平穏は遠い

 常連が増えた。


 喜ばしいことだけどねぇ。


「はぁー……」


 思わず出るため息。原因は、目の前の男たちだ。


 ガッガッガッガ


 と。一体どこからそんな音が? と首を傾げてしまうような音をさせながら食う筋肉隆々な男二人。


 先日、閉店間際に来て内輪揉めをしていた客だ。

 チームのことに他人が口出しするのは褒められたものじゃないが、あの状況を放っておけなかったのでついお節介をしてしまった。


「ここは食堂じゃなくて喫茶店なんですから、もうちょっと丁寧に食べれないかねぇ?」


 すごい勢いで消化されていく料理。

 もちろん消化しているのは筋肉隆々な男だ。


「失礼だな、マスターは。私はわりと丁寧だぞ」


 男二人の隣に座る優男は、肩をすくめながら言う。

 彼はパスタを器用にフォークに巻きつけ上品に食べていた。


「誰もあなたに言ってませんって」

「まぁ、そうだろうな」


 俺が言いたいのはこっちの男二人。なのに、当人たちは食べるのに必死で聞いちゃいねぇ。


「それで、結局あのあとどうなったんですか?」


 チーム内でカップルが出来たのはいいとして。

 チームから二人が抜ければチームバランスも崩れるだろう。そのあたりの調整もそうだし、個人的に二人がどうするのかも気になる。


「下手に期間を先延ばしにして、万一があってもアレだしね。二人はさっさと新居でも探してこいって追い払ったわ」


 優男もとい、イグニートのとなりに座っているマーニャがサンドイッチを片手に答えた。

 

「じゃあ、今度からは四人での活動ですか。チームバランスはどうなんです?」


「問題ないだろう。抜けたバランは前衛だったが、ジャックも前衛だ。ディアの方は中衛ではあったが私がフォローできる」

「ちなみに私とイグニートが魔術師。弓使いのドットが後衛、斧を持っているジャックが前衛よ」

「見事に後衛だらけですね」

「まぁ、これからは私が中衛に入るから大丈夫だろう」


 まぁ、イグニートがそういうのならば大丈夫なんだろう。

 魔術師で優男とは言え、狩人だけあってそれなりの体つきだと思うし。


「イグニートって上級?」


 聞いてみると、片眉が上がる。

 そして、にやりと笑った。


「何故そんなことを聞く?」


「なんとなく。他意はないよ。ただ、雰囲気がね、上級っぽいなって思っただけ」


 大抵この勘は当たるんだよね。

 上級っていうか、出来る人っていうかね。


「ふぅー。マスターは見る目があるわね。そうよ、彼は上級。私たちは中級だけどね」


「やっぱり」

「おい、マスター。コーヒーだ」

「こっちも頼むよ」


 俺が頷くのと、筋肉男二人の注文は同時だった。


「はぁー……」


「おい、なんでため息ついてんだよっ!? あぁ?」

「おいしかったよ、マスター」

「どうも」


 弓使いのドットはいいとしよう。美味しいという評価もありがたい。


 だが、このジャックはどうにかならないのかな。

 いやまったく。ガラの悪い男だね。


「マスターはわりと狩人に詳しいな。身内にいる、と言っていたのだったか」

「あぁ、はい」


 ジャックを無視したまま、イグニートとの会話に戻る。

 もちろんコーヒーの準備はしてますよ。仕事はします。


「義兄が狩人なんですよ。一緒に旅したこともありますから、仕事の内容は少し知ってます」


 義兄と一緒に各地を歩き回ったり冒険したり魔物を殲滅したりと。そりゃもう、いろいろ一緒に経験しました。

 残念ながら義兄が受ける依頼はろくなモノじゃなかったけれど。今となってはいい思い出だよね。


「なるほど。だからこんな場所にも関わらず喫茶店ができるわけか」


「まぁ、そゆこと。とは言え、来るのはもっぱらマーニャさんみたいな女性狩人かギルド職員さんばっかりだよ。ジャックみたいなのは滅多に来ないね」


「おいこら、てめぇ! また俺を馬鹿にしやがったなっ!?」


「何のことです? 僕はただ、ジャックさんみたいな体格の男の人は滅多に来ないと言っただけですよ。馬鹿にはしてません」


 にやにやと笑いつつコーヒーを置く。ついでにお皿は下げておいた。

 何かの拍子に割られちゃかないませんから。うん。


「うぐぐぐぐ」


 なにやら唸っている脳筋馬鹿。

 本当に面白い。


「でも、マスターもわりといい体格してるんじゃない?」


 ドットさんがコーヒを啜りつつ言ってきた。

 ドットさんみたいな筋肉隆々の人に言われてもなぁ……なんか、俺がマッチョみたいに聞こえるからやめてほしい。


「お兄さんと一緒に旅したってことは、魔術とか使えたりする?」


 マーニャさんも興味が湧いてきたのか食いついてきた。

 まぁ、別に隠しているわけでもないので普通に答える。


「魔術というか。僕の場合は精霊術ですね」


「「「え?」」」


 おぉ。

 ハモった。


 魔術と精霊術は微妙に違う。

 魔術はそのまま、自分の魔力でもって術を構築する。

 対して、精霊術は自分の魔力を精霊に糧として与え、精霊が術を構築する。


 精霊術の方がワンクッション置くため、動作も威力も落ちそうに感じるが実際はその逆だ。人よりも精霊の方が術を構築する術に長けている。そして、人よりも精霊の方が術を構築する効率がいい。


 つまり同等の威力の魔術を使用する場合、精霊を介したほうが術を構築する速度も早く、使用する魔力も低い。

 

 だが、当然でもあるが精霊術を使える人は少ない。

 全ての人が使えれば、誰だって魔術より精霊術を使うに決まっている。


「マスターは狩人になろうとは思わなかったのか?」


 精霊術を使える人は少ない。

 故に、貴重で重宝される。精霊術が使えるというだけで、好待遇が期待できる。


 だが。


「将来的にはその選択肢もありでしょうけど。今は嫌です。ゆっくり平穏を満喫したいんです」


 平穏。

 いい響きだなぁー


「そう?狩人になって刺激的な毎日も悪くないわよ?」

「いえ。刺激は間に合ってます。お腹いっぱいです」

「あら。それは気になるわね」


 マーニャさんが更に食いつく。

 でもこれ以上は、ね。


「そう言われましても。まだ開店したばっかりの喫茶店放り出すつもりはありませんって」


 軽く流す。


 俺はしばらくのんびり過ごすんだ。これは絶対。

 多分、将来的によっぽど困ったことにならない限り狩人にはなりません。


「あ。いらっしゃいませ」


「メイルーじゃない。休憩?」


 新たに入ってきたお客様であるギルド職員のお姉さん。どうやらマーニャさんとは顔なじみらしい。


「えぇ。こんにちは。みなさんも。あ、マスター、コーヒーお願いします」


「かしこまりました」


「それでですね、マスター」


「…………嫌な予感がするので却下です」


 反射的に答えてしまった。

 これは長年の経験による勘だ。そして同時に思う。

 多分回避不可能だろうな、と。


「まぁ、そう言わずに聞いてくださいよ。というか、無関係じゃないので聞かないとまずいです」


 聞きたくないけど逃げ道はない。

 そして、そう言われれば聞かないわけにはいかない。


「…………なんでしょう?」


「『黒い狼』のカゼロインスがドミル王国第三王子を半殺しにしました」

「……」

「更に、母親であるドミル王国公妃がカゼロインスに賞金をかけてます」

「うわぁ…………」


 思わず頭を抱えた。

 

「そのネタ本当なの? だとしたら、相変わらずぶっ飛んでるわね。黒い狼は」

「奴ならやりかねんな」

「ぎゃははははっ! 馬鹿だな、マジで。前も似たようなことなかったかっ!?」

「ありましたね。結局あれ、どうなったんでしたっけ?」

「賞金を取り下げなければ、王族すべて殺すと王宮を半壊して脅したとかそんなんじゃなかったかな」

「うわ、しゃれになんねぇな!」


 俺も出来ることなら一つの話のネタとして会話に参加したい。

 泣きそうだ。


「……メイルーさん。それで、その後の動きは?」


「カゼロインスさんの足取りは一切不明です」


「そう……」


 ダメだ。今のでぐったりしてきた。

 なんとか気力を振り絞ってメイルーさんにコーヒーを渡す。


 ……平穏、か。


「マスター……遠い目しないで下さいよ」


「僕のことは放っておいてください」


「いえいえ、こっちも頭痛いんですよ。なんとかドミル王国と話し合いとか出来ませんか?」


「あっはっはっは。ナニ言ッチャッテンノー? 出来るわけないじゃないっすかー」


 そそくさとカウンターの奥へと引っ込む。

 うぅ、何も聞いてない。知らない。関係ない。


「メイルー君。カゼロインスとマスターに何か関係でも?」


 イグニートの質問もメイルーさんが勝手に答えてしまう。


「はい。マスターってカゼロインスさんの弟さんらしいんです。初めて知った黒い狼の身内ってやつですよ」


「……弟?」


「らしいですよ。私も始め聞いたときは驚きました」


 ふ、ふふふふ。

 カウンターに座っている人たちの会話なんて聞こえない。きっと空耳だ。


「そういえば少し似ているが……ふむ。あいつの弟か」

「そいや、イグニはあいつと知り合いだったな。今の話って……どうなんだ? マジか?」

「どうだろうな。間違っていたとしても8割は合っているとは思うが」


 うわぁ。イグニートすげぇ。

 カインのこと分かってるじゃん、俺もそう思うー


「で、マスター。ドミル王国は黒い狼の身内や関わりのある人もある程度対象にいれてるらしいんですよ」


「……夜逃げしろと?」


 ナニソレ。

 とんでもないとばっちりじゃん。


「…………マスターって本当に彼の弟なんですよね?」


「どういう意味?」


「いえ。ギルドでそれほど話題になったことがなかったんで、ドミル王国も分からないんじゃないかと思ったんですが……先日、ギルドマスターに聞いたら普通にご存知でしたので。やっぱり調べればわかるものですか?」


 あぁ。

 つまり、あんまり知られてないのなら大丈夫じゃないかってことか。


「関わりのある人も対象なら、調べれば僕が出てくるでしょうね」


 これでも長年一緒に旅をしているわけだし。

 大都市のギルドマスタークラスなら、結構な割合で俺のことを知っている。下の職員にはあんまり知られていないようだけどね。


「おいおい、マズイんじゃねぇのか? 大丈夫か?」


 ……うーん。

 ジャックのこういうところが嫌いになりきれないんだろうね。基本はいいヤツなんだ。馬鹿だけど。ガラ悪いけど。


「頭の痛い話ですし、正直泣きたいですけどね。伊達に黒い狼の弟やってませんよ」


「ほぉ……精霊術といい、腕もいいほうか?」


 イグニートが興味深く俺を見る。

 まるで実力を見極めようとしているみたいな。


「どうでしょうかね。でも、僕はともかく関わりのある人対象ならこのまま放っておくと面倒事が起こりそうなんで、先手を打っておきますよ。明日、明後日くらいは臨時休業しないといけないかもしれませんね……はぁ」


「先手って?」


 メイルーさんが若干身を乗り出しながら聞いてくる。

 ギルドも無関係ではない。なんせ、黒い狼の関わりのある場所なのだから。


 しかし。


「聞かない方が身のためですね」


 にっこりと、最上級の笑顔を浮かべる。

 むしろ最凶級と言ったほうがいいかもしれないが。


「……マスターはなかなかに食えん奴だな」


 それを目にして、ヒクリと顔を引き攣らせた数名を余所に、イグニートは一人コーヒーを飲み干した。



作者的にはマスターの体格は中肉中背。むしろ、十六歳なので若干身長は低い目。まだ成長期です!

体格がいいっていうのは、ほどほどに引き締まっているという程度でムキムキマッチョとかには程遠いです。

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