相談にのります
日も傾き、喫茶店にしてはちょっと早い『渡り鳥』の閉店間際。
店内に客はいない静かな時間帯にそれは来た。
「いらっしゃいませ」
珍しい時間に客が来た。
そう思いながらも声をかける。
入ってきたのは大男が三人、優男が一人。女性が二人。計六人の大人数だ。
四人掛けのテーブルに男四人。となりの二人掛けのテーブルに女性二人が席に着く。
見た目だけで言うなら六人とも狩人だろう。
なんせ武器を持っている。ますます珍しい……この時間なら狩人は酒場か宿屋の食堂へ行くからだ。
「ご注文は?」
席に着いたというのにメニューを見ないので、決まっているものと思って問いかける。やはり決まっていたようで、女性の一人が「コーヒーを人数分」と言葉少なに注文した。
しんとした空気が続く。
六人に会話はない。どことなく重い雰囲気……まぁ、マスターには関係がないといえばないので黙々とコーヒーを淹れて持って行く。
やはり会話はない。
そろそろ閉店の準備をしておこうかな。
カウンター内を片付けながらも、一応来客中なので最低限の準備だけは置いておく。外ドアに閉店を示す札はかけておくか。
今日の夕食は何にしようかな、なんて考えていたとき。
カシャ……パリーンッ
なんていう音が響いた。もちろん音の正体はすぐにわかった。陶器が割れた音……つまり、コップが割れた音だ。
音がした方へ視線を向けると、想像通りに床に割れたコップと思われるものが散乱していた。
「大丈夫ですか? すぐに片付けますので、そのまま触らずにいてくださいね」
すぐに箒とちりとりを持って駆けつける。
お客が食器を割るなど想定の範囲内の出来事なので、初めてのこととは言え冷静に対処する。カチャカチャと破片をかき集める音が響くその時になって、初めて「すいません」と小さな声が飛んできた。
とりあえずは「いいえ」とにこやかに返すが、その場に漂う空気が気になってちらりとあたりを見回す。
ふむ?
割れたコップは大男の一人のものだったようだ。
体勢が若干女性たちの方へ向いたまま固まったように動かない。目線だけは割れたコップが片付けられていくのを見ている。
女性の一人はうつむいたまま。
割れたコップの行く末すら気にしていないよう。
もう一人の女性は、割れたコップを片付けようとでも思ったのか立ち上がったままで、じっとこちらを見ていた。先ほど謝ったのはこの女性だ。残りの男
三人はといえば、気まずそうな表情のままどこともなく視線を向けている。
ふぅ、と息をつく。
もちろん彼らにわからないように。さて、どうするかな。
「お怪我はありませんか?」
とりあえず無難に聞いてみた。
立ち上がったままの女性が「えぇ」と頷く。
「では、カップの弁償についてお話しても?」
続いて発したセリフに、女性が目を丸くした。だが、すぐに思い直したように「えぇ、いくらお支払いすればいいかしら?」と対応する。
「お代は結構ですよ。代わりに、ひとつ。僕もお話に混ぜてもらってもいいですか?」
「……え?」
「……は?」
箒とちりとりを脇に置き、手近にあった椅子を引き寄せて座る。
「あなた方、狩人でしょう? そんな顔して仕事したら、命の危険が伴いますよ。詳しい事情までは知ろうと思いませんけど、このまま見過ごして嫌な思いをするのはごめん被ります」
「あんたには関係がないだろ」
「お客様ですから、関係はありますよ」
「はっ! ふざけたこと言ってんじゃねぇ。好奇心もほどほどにしとかねぇと痛い目見るぜ?」
大男の一人、その身長ほどもある長い柄の斧をこれ見よがしに手にして凄んできた。おぉー、おっちゃん迫力あるなぁ。
とはいえ、迫力あるだけで怖くはない。どっちかというと、暑苦しそうという印象。
助けを求めて視線を彷徨わせてみるけど、もうひとりの大男……こっちは意外に弓を背負っている……はやれやれって表情。アテにならない。
じゃ、もうひとりの大男……こいつは正統派の剣を持っていた……さっきから固まって動かないっぽい。役にたたなさそう。
優男は魔術師っぽい風貌。どうなるのか静観を決め込んでいる。知性派らしい行動ですね。どっちかというと止めて欲しいんだけど。
じゃ、女性陣はっと。
立ったままの女性が一歩前に出てくれた。おぉー、さっきからいい人だと信じてたよ!
「ジャック、やめなよ。狩人でもない一般人に喧嘩売るなんて」
「マーニャ、どけよ。一般人だろうが余計なことすれば痛い目見るってことくらい教えてやったほうがいいぜ」
「この程度でそれはやりすぎだよ! 落ち着きなって」
マーニャさん、マジいい人!
ってふざけてる場合でもないか。もう一人の女性がこんな騒ぎになってもまったく顔を上げない……結構深刻っぽい。
「えーっと…ジャック、さん? 落ち着いてください。はっきり言えば多少の好奇心も無きにしも非ずですけどね。それ以上に、僕は狩人さん達の仕事の大変さも知っています。身内にいますからね。だから、普通の心理状態じゃない時の危険度も知っています」
まぁー、カインはどんな時も強かったけどね。
「見ず知らずの他人だからこそ、分かることもありますよ?」
そう言ってもジャックさんは俺のことが気に入らないらしい。
「あぁ?」とさらに凄まれた。
うーん、脳みそも筋肉なタイプだね。
「……ジャック。落ち着け。座れ」
おや。
思わぬところから援護射撃。優男さん、静観はやめましたか。
「イグニ。てめぇ、このガキの肩を持つ気か?」
「おいおい、イグニ……」
「イグニート……珍しいね……」
イグニートと呼ばれた優男の彼は、俺に向かってにやりと笑う。
正面から見るとわりとイケメンだなぁ。
「マスター。あんた、若いけど大したものだな。あんまりいい話じゃないけど、いいか?」
「お、おいっ!」
「ジャック。座れといっただろ」
「……くそっ!」
おぉー、脳筋のジャックが座りました。
猛獣使いが猛獣を従わせるのってこんな感じかな。いや、あれはもっと従順だな。ジャックは不貞腐れているし。とはいえ、イグニートはこのチームで立場が強いんだな。ふむ。
「すまんな、マスター。この男が失礼した」
「いいえ。怒るのも自然といえば自然ですよ」
「感謝する」
礼節のある狩人はいいね。
尊敬するよ、こういう人。カインも少しは見習って欲しいね。
「それで何を揉めていらっしゃるんです?」
早速、軽く聞いてみる。
深刻になりすぎると話しにくくなるような気がしたからね。別に好奇心の延長ってわけじゃないよ。
「そうだな。簡単にいうと、痴情のもつれだ」
うわ。
意外なのがきたー
「ほほう?」
とりあえず相槌をうつ。
目の前のジャックが明らかに動揺したのはもちろん確認済みだ。それから、ずっと固まっている男と女。わかりやすいな。
「当人だけでなく、チームで話し合っているということはまずい状況だと?」
「そういうことだ」
頷きはするものの、イグニート自身はどうでもよさそう。
彼の場合は、このチームに固執していないからだろう。とはいえ、見捨てて離れる気はないのなら留まれるのなら留まりたいと思っているってところか。
「彼女が妊娠してな」
言って彼が示した方向には、ずっと俯いている女性。
「父親はこいつだ」
次に示したのは、カップを割ったと思われる固まったままの男。
「妊娠した以上、狩人として動くのは賛成できないし不可能だろう。それは全員一致した意見だ。問題はこいつの方」
父親側が問題?
「狩人はハイリスクハイリターン。あいつ自身どれほど危険な職業か身をもって知っている。父親として家庭を持つなら、狩人を辞めて安定した危険のない職業についてくれ、ということだ」
視線の先には女性。
つまり、女性が男にそう言ってる。いきなり二人が抜けるというのは、チームにとって痛手ということか。
父親となる男はずっと黙している。
「……うーん、僕の率直な意見としては二人共チームを抜けて狩人もやめるべきですね」
「な……てめぇ!?」
おぉ、ジャックさんが立ち上がった!
そんな急に立ったら、またコーヒーカップが割れてしまうよっ!?
「ほぉ。随分あっさり言うのだな」
イグニートはそう言うけど、驚いた様子はない。
多分だけど、イグニートも俺と同じ考えだったんじゃないかな。
「まぁ、今の説明は簡潔すぎて詳しい事情も詳細もわかってないからですけどね。簡潔だからこそ、はっきり答えが出ています」
「なんだとっ!? いい加減なこと言うんじゃねぇ!!」
「うわっと。どうどう」
「馬みたいに扱うなっ!」
「あーはいはい。よしよし?」
「てっめ……っ!?!?」
どうしよう。結構こいつ、面白い。
「ジャック、落ち着け。子供にいいようにされてるぞ」
「誰がいいようにされてるかっ!?」
あははー、馬鹿って愛らしいね。おっと、暴言だった。
心で思っただけだから許してね、と。
掴みかかってきそうなジャックを制したのはマーニャさんだ。イグニートは口で諌めるだけで、ちっとも行動せず。ちなみに他のメンバーも同様なり。心持ちマーニャさんの近くにいようっと。
「まぁまぁ。落ち着いてください。そう思った根拠を言いますから」
「……ちっ!」
わかりやすい舌打ちだなぁ。
なんていうか、ここまでわかり易いと面白いというか。うん。とりあえずは置いておこう。
「まず、子供を生む。それは絶対ですよね?」
初めて俯いたままの女性が顔を上げた。そして、しっかり頷く。
「じゃ、あなたはこの人の子供を認知する。これもいいのかな?」
次に固まったままの男。
しばらく黙っていたが、なんとか「あぁ」と答えを得た。
「じゃあ、次。二人は結婚するの?」
「っ……」
「……」
あれ。答えが返ってこない。
えぇー……ここですでに詰まってるの?
そんな意味の視線をイグニートに向ければ、苦笑。
思いがけず子供が出来ちゃった、ていうことですか。大人なんだからしっかりしてよ。
でも、家庭を持つことを視野に話しているってことは女性の方は結婚したいってことだと思うし。
「うーん……じゃ、お姉さんは子供の父親として、危険じゃなくて安定した職の人なら彼じゃなくてもいいの?」
ちらり。
僕の目線は男の方を捉えています。ちょっと反応した。ふむふむ?
「それは……」
無意識なのか、お腹に手を当ててさすってる。まるで子供と会話しているみたい。
「誰でもいいってわけじゃないよね?」
「そりゃ……そうだけど……」
声がだんだん小さくなる。
子供作るんなら、お互いの想いくらい確認しておけばいいのに。
はぁっと思わずため息をもらす。
「お兄さんは、子供の認知はするって言ったけど。結婚するつもりはなかったの?」
「そんなことは……ないが……」
歯切れが悪い。
あー、もう。チームなんだから、これくらいまとめといてよ。
そんな憤りを込めて再度イグニートを見れば、にやにやと面白そうに笑っていた。こいつ……
「あのね。お兄さんもお姉さんも。中途半端はダメ。狩人でしょ。中途半端が一番ダメだってわかってるでしょう?
まず、お姉さん。安定を望むなら、今安定してる人を求める方が確実だよ。でも、お兄さんを望むならはっきり言ったほうがいい。子供の父親なんだから結婚でもして責任取りなさいってね」
次にお兄さんの方へ視線を向ける。
「お兄さんも父親になりたくないならはっきり言ったほうがいい。お金だろうがなんだろうが、責任の取り方はあるからね。狩人をやめたくないだけならそう言えばいい。でも、お姉さんが望むようにしたいなら、やっぱりそう言えばいいんだよ。理解してもらえなかったら、その時に考えればいい」
次に、ジャックのほうに視線を向ける。
「詳しい事情までは聞かないけど、もうちょっとどうにかなんなかったの?」
「はぁ? どういう意味だ、それ?」
なんとなく馬鹿にした気分が伝わったみたいで、また食って掛かってきた。
マジで面白いんだけど。
「ジャック、お前さっきからマスターに遊ばれてんぞ……」
呆れたように言う弓使い。
でも、心なしか表情は少し明るくなっていた。
仲間だからこそ言いにくいこともあったんだろうけど。
今、俺がはっきり二人に物申したからだろう。
弓を持った男も、マーニャも。
仲間二人の様子を穏やかに見ていた。
「お姉さんもお兄さんも、自分がどうしたいかわかった?」
「……あぁ」
いち早く頷いたのは男の方。
立ち上がって、お姉さんの正面に座る。そういえば正面に座っていたマーニャさんはずっと立ちっぱなしだった。
「責任を、とらせてほしい。その子の、父親として。お前の、夫という立場で」
お姉さんが顔を上げる。
目には涙が溜まっていた。
「狩人をやめる決心は、すぐにはつかない。だが、しばらくは控える。別の仕事についてもいい。いずれ、狩人に復帰することになるかもしれない。それは許して欲しい」
はっきりと。
真っ直ぐに伝える言葉。
お姉さんは、ふと笑って「はい」と一言だけこぼした。
ふぅーっとため息をつく。
他のメンバーは僅かに口元を綻ばせていた。
まぁ、お兄さんが黙している時点でイグニートも今の状況で狩人を続けるのは危ういと分かっていたと思うんだよね。辞めるかどうかを悩んだから、たいていの場合辞めていってしまう職業だ。でなければ、命の危険が伴う。
だけれど、中途半端な辞め方になればそれはそれで厄介だ。
どうやって本人とチームのみんなに納得させるか。そのあたりを上手く出来なくてイグニートは困っていたんだろう。
彼の目は「ありがとう」と語っていた。
ここは喫茶店であって、相談所じゃないですからね?
結局マスター、結論に至った根拠を話してないっていう。
悩んでる時点でお兄さんの心は決まっているんだよ、という謎の根拠。
実際はそんな簡単じゃないって?
いやぁ、これは小説ですよ(こら)