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予想外の悪名

世界観の違いを少し出すために果物の名前とか違ってますけど、そのへんは適当にスルーしてくれるといいかな、と。基本的に料理の名前は変える予定なしなので。

 開店日から十日。


 まぁ、概ね順調。


 やはり比率的にギルド職員が多く来店してくれている。狩人の皆さんは宿屋と酒場に足を向けることが多いようで、その辺りは今のところ少なめ。

 それでもレニーや、年若い女性狩人さんはちょくちょく寄ってくれている。


「いらっしゃいませ」


 珍しくやってきたのは、その少なめの狩人さん。


「焼き飯、大盛りで」


 カウンターに座るなり注文。


 三十歳すぎの男の人。中堅くらいかな。

 調理を開始しながら滅多に来ない客層を思わず観察してしまう。


 武装は解除していない。腰元に長剣と短剣。レニーに似たタイプで、篭手なども軽装ながら防具もしっかりつけている。表情は変に強ばっておらず、けど甘さはない。うーん、結構いい筋の人かも。


「おまたせしました」


 大盛りとか注文聞いたのは初めてだったので、いつもより時間がかかったかな。

 狩人さんはまったく気にしてないようで、すぐさま食べ始める。おぉ、ちゃんと噛んでくださいね?


 思っているうちに減っていく減っていく。早食いじゃないんだから、作り手としてはもう少し味わってほしいかも。それでも、自分の作った料理をぱくぱく食べられて嬉しくないはずもなく。うぅ~、なんとも言えない感じ。


 がっつくような食べ方は、少しカインに似てて。

 それだけで頬が緩んでしまう。

 あっという間に食べ終えた彼に、コーヒーを勧めてみた。


「……そうだな。たまにはいいかもしれん……頼もう」


 空腹が満たされたからか、男は少し表情を緩めた。


「ありがとうございます」


 こちらも思わず笑顔になる。


「なかなか美味かった。この店は出来て間もないだろう?」


「えぇ。十日前くらいですかね、オープンしたの。失礼ですが、狩人の方ですよね?」


 空になったお皿を下げて、用意していたコーヒーを素早く出す。

 男は受け取り、頷いた。


「先日この街に戻ってきてな。約ひと月ぶりか」


「それなりに長い期間ですね。拠点はこの街ですか?」


「あぁ。といっても、この街に来たのも2年くらい前だからな。生粋の住人てわけじゃねぇ」


 この街は比較的狩人や商人が多く集まる。

 街の位置によるもので、首都ではないもののそれに準ずる規模の都市だからだ。首都ではないから貴族も少なく、商業が発展している。自然、流通が盛んになり狩人が多いのは街の特色でもあるだろう。


 カランカラン


「あ、いらっしゃいませ」


 軽快な音が鳴り響き、咄嗟に声をかける。

 レニーとアルテナが二人、入ってきたところだ。


「コーヒーふたつ、だ」


 座る前に注文が飛んできた。


「りょーかい」


 カウンターに座る二人。狩人のおじさん……いや、お兄さんにしておこう……は隣に座るレニーを見て、少し驚いていた。ふむ?


「そういえば、女性のソロの狩人って珍しいんでしたっけ?」


「……え、あ…あぁ」


 固まっていたお兄さんは、はっとして答えてくれた。


 レニーはまだ若い女性、それもソロ。その上で上級狩人なのだ。実は結構すごいことらしい。


「レインってば、本当そういうことには疎いよねぇ?」


 アルテナが会話を聞きつけたようで、突っ込んでくる。


「んー……イッパンジンだからね」


「一般人、ねぇ?」


 含みある言い方だなぁー

 コーヒー苦くしてやろうかなぁ。


「レイン、悪巧みしてる顔になってるぞ」


 おっと。ばれたか。レニーは鋭いな。

 ここはおとなしく、美味しいコーヒーを差し出すことにする。


「おまたせしましたーっと。二人でこんな時間にくるなんて珍しいね? 今日は二人共休み?」


「うん。久々の休暇! お姉ちゃんにいろいろ買い物付き合ってもらっちゃった」


 意外にもアルテナは薬師としては優秀なので、休日はそうそう取れないらしくよく文句をいっている。拘束時間はそれほどではないため、体に負担はあまりかからないようでなによりではあるけれど。


「こういう時はソロだと楽でいい」


 レニーは妹のアルテナに甘い。まぁ、俺もアルテナに甘いからどうしようもないけどね。


「驚いたな。あんたもそういう顔をするんだ?」


 ここにきて狩人のお兄さんが立ち直ったらしい。といっても、レニーの笑顔に心底驚いた表情のままであるけど。


 そういえばレニーはギルドではあんまりいい立場じゃないんだっけ。

 基本的に初対面の人とかには無表情で接してしまうし。


 お。無表情に戻った。


「お兄さん、お兄さん。レニーは人見知りするんで。まぁ、表情戻ってもあんまり気にしない方がいいよ? 気長に付き合ってよ」


 まずいことを言ったかと、苦笑したお兄さんにアドバイス。


「人見知り……?」


「そうそう。狩人として腕が立つから余計接しにくいらしいけど、基本的にレニーはただの妹大好きおねえちゃんだよ?」


 にこやかに言うと、お兄さんの隣でレニーがすごい顔で睨んできた。


「レニー、せっかくの美人が台無しー」


「うるさい」


 言いながらちょっと嬉しそうだけど?


「あぁ、そうそう。でもお兄さん」


 レニーの怒気に怯んだらしいお兄さんは、若干レニーより遠くにいた。まぁ、これで引くくらいなら大丈夫とは思うけど釘は刺しておかんとな。


「レニーは口説くの禁止だからね? 万一、そんな現場が恋人に見つかったら……死刑宣告される方がいくらもマシだと思うよ……」


 ピシリ


 それはお兄さんと、俺たちの会話がなんとか聞き取れる人たちの固まった音だ。


 ……後ろのお客さんも会話聞いてたな?


「こい……びと……?」


 思わずと行った様子で口にしたのは、後ろに座ってた好奇心旺盛な女性ギルド職員さんらしい。

 あれ?

 ギルドの人も知らないのかー

 ふぅん?


「アルテナ、レニーに恋人いることってあんまり知られてない?」


「んー、多分ほとんど知らないんじゃないかな?」


「ふーん」


 ちらり。と、レニーを見れば顔を赤くしてコーヒーを飲んでる。

 カインが見たら嬉しそうに笑うんだろうな。初々しいというか、なんというか。付き合ってもう何年たつんだよ?


「結婚の話とかないの?」


 まぁーないんだろうけど。


「……ない」


 予想通りの答え。我が義兄ながら、女心がわかってないな。狩人なんて職業なんだから、もう少し考えてあげてもいいんじゃないかと思うのですが。

 そう。

 レニーの恋人とは俺の義兄カインのこと。

 結婚したら姉の様に慕ってる人が義姉になるわけだ。……あんまり変わらないな。


「アルテナもそろそろ適齢期でしょ? 縁談とかどうなの?」


 ここらで話題を変えとかないと、レニーが怒ってもあれだし。

 そんな軽い気持ちでアルテナに話題を振ってみたのだけれど…………えーっと。うん。地雷だったかな?


「アルテナ?」


 目が据わってます。

 あれー?


「なぁに、レイン? それってさっさとどこぞの馬の骨と結婚でもしてほしいってこと?」


「……えぇっと、アルテナ? 別にそういう意味じゃなくて、ほら。アルテナも美人だし、そういういい話とか来てるんじゃないかなってさ、思っただけであって。うん」


「……お姉ちゃん、行こう」


 分かりやすくふいっと顔を背けて立ち上がる。

 で、姉を待つことなくお金をカウンターにどんっと置くと、さっさと出て行ってしまった。どうしたんだ?


「えーっと……何か嫌なことでもあったの?」


 仕方なく立ち上がるレニーに聞いてみれば、困った表情をされてしまった。

 何かあったんだな。


 アルテナにはレニーみたいな鋭さがない。同じ金の髪に蒼の瞳。だけれどアルテナはウェーブがかったふわふわの髪質。レニーはさらさらの真っ直ぐな髪質。レニーがつり目なら、アルテナはどちらかというとタレ目。ちなみにレニーの場合、男性の平均身長より若干高いが、アルテナは女性の平均身長より若干低いという違いもある。なんていうか、第一印象だけで言うなら、アルテナは砂糖菓子みたいなふわふわした女の子だ。

 一般的に……とはいえ、とりあえずこの国に言えることという意味だけど、男が好きな女性のタイプにぴったり当てはまる。

 まだ十九歳ということもあり、かなりモテてるはずだと思うんだけどな。

 不思議とアルテナには今まで恋人がいた形跡がない。無論、俺が知らないだけということも有りうるんだけど。

 もしかして、変な男に引っかかって痛い目に合ったとか?


 二人が出て行った扉をしばらく見つめてみたけど、それで答えが分かるはずもなく。ふぅっとため息が出た。


「マスターはあの二人と仲がいいんだな」


 感心したように言う目の前の狩人のお兄さん。


「えぇ。子供の頃からの知り合いです。二人共弟のように可愛がってくれてるんですよ」


 カウンターに置かれたお金を回収し、コップを下げる。


「弟……か。マスターって、随分若いよな?」


「まぁ、そうですね」


 それには思わず苦笑。


「お兄さん……えーっと、お名前聞いても?」


「あぁ。セドルスだ。さっきも言ったが、狩人だ。あ、コーヒーおかわりもらえるか?」


 空になったカップを受け取り、それに新しいコーヒーを注ぐ。

 狩人のお兄さん改め、セドルスはもう少し世間話を楽しむ気のようだ。こちらも付き合うつもりで、自分用にコーヒーを注ぐ。


「僕はレインといいます。まぁ、喫茶店のマスターで十分ですけど……これでも、マスターなんて呼ばれるにはまだ少し早い年齢という自覚はありますよ。一応、今年で十六歳ですね」


「十六歳かっ!? 随分若ぇな!?」


 思った以上に若かったらしい。

 まぁ、そうだろう。

 この街の子供で、学園に通う年齢は十歳から十八歳。成人が十八歳とされている。通っているのは主に中層部から上層部の子供だけで、街の子供の半数にも満たないから学園に通っていない子供というのは珍しくともない。

 それでも、成人していない者が店舗を構えるというのは珍しいだろう。


 セドルスの言葉が聞こえたのか、好奇心旺盛なギルド職員のお姉さんがいそいそとカウンター席……セドルスの横に座りなおしつつ聞いてきた。


「マスターが十六歳って本当? 若ーい!? どういう経緯で喫茶店のマスターになったの?」


 うわぁ……目がキラキラしてる。女の人って噂が好きな人が多いよな。


「うーん……コーヒーおかわりしてくれます?」


「うん、するするっ!!」


 残ってたコーヒーを飲み干して、空のカップを突き出してきた。すげぇな。


「といっても、特に何があるわけでもないんですけどね」


「おいおい。普通、十六のガキが店舗構えれるわけねぇだろが。どうやって資金稼いだんだ?」


「しかもこんな場所だしねー?」


 二人共興味津々なところ悪いですけどね。


 はぁーっとため息一つ。


「別に僕は大したことしてませんよ。義兄がね、頑張ってくれた結果でしょうか」


「お兄さんいるの?」


 その質問には満面の笑みで答える。


「兄貴、ね。まぁ、資金の面はそれでいいとして、なんでこの場所にしたんだ? はっきり言って、物騒だろ」


「普通はそう思うみたいですね」


 今のところ問題は起きてないから、周りが思っているよりも安全だと思いますけど。女性客ばっかりだしね。


「ってことは? マスターは普通じゃないのかしら?」


 ギルドのお姉さんは、さすがギルドのお姉さんですね。そこんとこ突っ込んで聞くとは。やっぱりそこいらの町娘とは違います。


「さっき居たのでご存知でしょうが、レニー……上級狩人のレベリアート=フィレークスと親しいですからね。困ったことがあったら頼れますし。何よりもね、僕の名前……レイン=ラルヴァリルっていうんですよ。ギルドのお姉さんなら、聞き覚えありません?」


 聞かれてお姉さんは戸惑った。


 レイン=ラルヴァリルという名前は当然ギルドに登録されていない。聞き覚えがあるはずがないからね。

 でも。


「……え、と。ラルヴァリル? って、待って。どっかで聞いたような……」


 そう。

 俺は狩人じゃないし、ギルドにも登録してない。でも、義兄は違う。

 なかなか思い出せないお姉さんにヒントをひとつ。


「で、僕の義兄の名前はカゼロインス=ラルヴァリルっていうんですよ」


「カゼロインス……って、えぇぇぇぇっ!?」


 がたっと椅子を蹴倒しそうな勢いで立ち上がるお姉さん。驚いたセドルスが落ち着かせようとして、時間差で叫ぶ。


「はあぁぁぁぁぁっ!? ちょ、おまっ……カゼロインスって言やぁ、黒い狼っ!!!」


 そう。黒い狼だなんて恥ずかしい二つ名を持っていたりなんかする義兄は、ちゃっかり凄腕狩人なのだ。


「兄の名前って……ってことは、お前さんは黒い狼の……弟ぉ?」


 予想以上の反応で少々面食らっておりますが。


「まぁ、そういう訳で。義兄の稼いだお金で店を開いてみましたよ、と。この場所にしたのにはいろいろ理由があるんですが、ぶっちゃけて言ってしまえば義兄がギルドに近いほうが都合がいいからですね。義兄にそれなりに鍛えられてますから、物騒なのはそれなりに慣れてしまってますし」


「…………」

「…………」


 呆けたお二方はそのままに、とりあえず洗い物を済ませようかな。うん。


 後日わかったことだけど、義兄はこの街の狩人に大変恐れられているらしい。世界最高峰の狩人だってことは知っていたさ。でも、まさか泣く子も黙る通り過ぎて、泣く子も土下座するとさえ言われているとは知りませんでした。


 あんた、どんな悪人だよ……いい人ではないのはわかっていたけど、それはちょっと悪名が過ぎませんかね?

弟から見ての義兄と、世間の評判がかけ離れていた事実発覚。


マスターの一人称は俺ですけど、お客さんとの会話中は僕になります。一応、それくらいの適応力はある、と。

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