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マスターの弱点




 案の定。

 カインは大人しくしておりませんでした。


 朝一番にわざわざイグニートが報告に来た。

 端的にいうと、お宅のお義兄さん、王都の新聞の一面を飾ってますよ、と。


 それを聞いてなんだかがっくりと。うん。がっくりときました。

 頭を抱えて、ウチの義兄が一面を飾っているらしい新聞を受け取る。デカデカと踊る黒い狼という文字。一度そっと視線を外したことは許してほしい。


「……これは、なんというか……ご愁傷様?」


 バランが掃除の手を止めて新聞を覗き込み、ぽつりと零す。


「なんだっていきなりこんな行動に?」


「あー……多分、昨日の話が関係してるんじゃないか、と」


「昨日の話?」


 俺が遠い目してちょっと現実逃避している間に、イグニートとバランの会話がなされる。

 どうやら昨日の王女様の求婚話を説明しているようだ。


 いやはや。

 それで、なんでこう……話が余計こじれるからって忠告したのに。

 

 紙面には『王女誘拐未遂か!? 黒い狼の魔の手』という、ふざけたタイトルが載っている。

 文章を簡単に纏めると、今日の夜明け前にカゼロインス(通称、黒い狼)と思われる人物が王宮へと侵入したらしい。


 結果としては未遂とあるように何かをしたわけじゃないらしい。

 そのことに関しては心底ほっとした。

 たださ、誰がレニーとアルテナを宥めると思ってるのさ。

 そしてもっと国家権力というものの厄介さを身に沁みて欲しい。切実に。


 大きく深呼吸をすると、俺はそっと手に持った新聞を脇に置く。


 ちょっと現実逃避をしようと思う。


「さぁて、今日も一日働くぞー」


「……無理しているな」


「目が死んでるしな」


 後ろでボソボソうるさいよ。






 しばらく放置していたら痺れを切らしたのか、アルテナが突撃してきてしまった。

 いや、まぁ、メイルーさんとかも突撃してきたのはしてきたんだけどね。適当にはぐらかしてお帰り願ったんだけど、アルテナは意地になるとしぶといからなぁ。


「へえ! それは初耳だったな」


「近所じゃ結構有名だったりしますけれど」


 そんなアルテナは性懲りもなくまた来ている暇人もといイグニート達、主にマーニャさんとの会話に花を咲かせている。

 暇か、お前らそんなに暇なのか?

 そんでアルテナはそのまま有耶無耶にして帰ってくれないかな?


「カゼロインスのことに関しては結構謎だったもの。それがこんな身近にねぇ……」


「とは言ってもね、実は私もあんまり覚えてないの。覚えてるのはレインと一緒に帰ってくるようになってからだよ」


「ねぇねぇ、それ聞きたかったんだけど。なんでカゼロインスはマスターを引き取ったの?」


「うーん……それはわかんないの。姉も知らないみたいだし、カインも何となくとしか返事してくれなくって。ただ、カインにとってレインが特別なのはすぐにわかったから何か理由があったのかもしれないけど」


 理由、ねえ?


 理由らしい理由はないんだよね。本当に、そのままカインが言った通り何となくで拾われたんだよ。

 長く一緒にいればカインの考えることくらい多少はわかるからね。

 

 ただね、拾ったあとに思うことはそれなりにあったみたいなんだよね。


 あの頃のカインは人間不信が今よりひどかったし。

 子供だからかわいそう、なんて精神は持ち合わせていなかったのは確か。

 でも、なんでもかんでも殺して回るほど壊れてはいなかった。それはカインが精霊に愛されていることがその証明なのかもしれない。

 

「ふぅん……で、レニーちゃん? は、マスターに嫉妬とかしなかったの?」


「嫉妬はありましたよ。だって、カインはレインしか一緒に旅に連れて行かないんですもん」


「あら」


「だから必死に狩人としての腕を上げてたんですけどね」


 そういうところは人並みに可愛いよね、レニーも。


「昔っからカイン一筋だもの、おねえちゃんは。それなのに、ねぇ?」


 ちらり、と新聞に目を落とすアルテナ。

 マーニャさんも一緒に新聞に目を落とし、さっきからダンマリを決め込んでいるイグニート達も苦笑した。いや、ジャックだけはもぐもぐと口が動いているけれど。


「……こんなのは、ガセだっておねえちゃんもわかってるとは思うんだけど」


 それくらいの信用はあったんだ。よかったね、カイン。


「でも、女は理屈じゃないんだよ。傷ついたり不安だったりってなるものだよ。特にカインは何考えてるかわかんないし」


「……だからって俺を睨まないでよ」


「じゃあ、どういうことか説明して」


 ……困ったなぁ。


「説明もなにも、俺もよく知らないよ? ただ、カインが王女に求婚してるって噂があることを知ったカインが王宮に乗り込んだだけだよ。それが何だってこんな記事になったのかも知らないし、そもそもそんな噂がどこから出てきたのかもわかんないって」


「…………」


 おぉう、納得しておりませんね?

 そんなに眉間に皺を寄せるとあとが付きますよ?


「だったら、」


「うん?」


「噂の出処調べて、記事の出処も調べて、王女に求婚なんて事実無根だって証拠を掴んできて」


「え?」


「そんでもって、カインの首根っこ掴んでおねえちゃんの前に連れてきて!!」


「いやいやいや」


 ちょ、何言ってるのこの子!?


「やらないって言うなら……この店、潰すから」


「は?」


「でも、そんな脅しをしなくてもレインなら動いてくれるよね? おねえちゃんのために」


「………」


 だから、アルテナを怒らせるのは嫌なんだよ。

 タチが悪い。

 武力でどうにも出来ないし、感情をぶつけてくるから理論的な話も納得しない。

 無視すればそれでいいんだけど、実害なんてほとんどないし、アルテナ一人で店を潰すなんてことできることでもない。それでも、基本的に俺たちはアルテナの涙には弱いから。


「…………わかったよ、少し調べる」


 結局、面倒を引き受けるしか答えはない。





マスターは身内にあまい

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