不吉な情報
黒薔薇の話はレインの中では終了。
その後どうなっていくかはいずれまた。
本日は通常営業。
客層は相変わらず、女性とギルド職員さんが多い。
それでもぼちぼちとムサイおっさん……もとい、男性狩人も増えてきたような気がする。
もともと狩人でも入れる喫茶店というもので開店したわけなので、武器や防具、それに大きい荷物を持っていることを想定して街中の喫茶店よりも少しだけ席幅を大きくとってあったりしている。
こういうのって微妙に嬉しい配慮だと思うのだ。
なんせ、実体験しているのだから。
俺は子供で体も小さかったし、カインも決して装備が大きいものではなかったからさして困ることはなかったけど、狭い食堂なんかは気を使ったものだ。時折、席の横を通る時に武器が当たっただの何だのと揉め事が勃発しているのを見てきたからなぁ。
「マスター、コーヒー二つお願いしま~す」
「はーい」
「きのこパスタとトーストサンド、ひとつづつだ。パンは焼いておくぞ」
「りょうか~い」
「じゃあ私はサラダやるね。バランはスープお願い」
「あぁ」
「もう少しで焼き飯出来るよ~」
「はーい」
バランもディアも要領良く仕事をこなしていく様になったけれど、お昼の忙しさは相変わらず。
それでも余裕持って作業は出来るようになったかな。
カランカラン
と、またもや軽快な音が店内に鳴り響く。ガタイのいいおじさんだ。狩人だろう、大剣を背に担いでいる。
「いらっしゃいませ。すみませんが、只今満席です。お待ち頂けますか? それか、もしよろしければテイクアウトメニューもございますが?」
お昼の忙しい時間帯は満席になりがちだ。
その為、お待ち頂くか諦めてもらうしかない。しかし、ここらにはせっかちな狩人さんがいるわけで。
それでやり始めたのが、テイクアウト。
もう、めっちゃ簡単なホットドックだけだけど。値段も別の区画に比べると若干高めなので、とにかく腹ペコな狩人さんとか忙しいギルド職員さんくらいしか買っていかないと思うけど。
「……ふん。じゃ、一つもらおうか」
「ありがとうございます。少々お待ください」
そういうわけで、まぁまぁ儲かってます。
「ふぅ。それじゃそろそろあがっていいですよ」
落ち着いた店内には、それなりの客数がまだ残っているもののオーダーが出ることはあまりない。
ディアに終わっていいことを告げ、溜まった洗い物を片付けていく。
「はぁい。そういえばマスター。今日のテイクアウト、反応はどうだったんですか?」
エプロンを外しながら聞いてくるディアに「まぁまぁ?」と曖昧な返事をする。
実はテイクアウトはまだお試し段階なのだ。
なので、種類もまだ一種しかなく、飲み物もついていない。
飲み物に関しては三種類くらい用意をしておこうとは思っているのだが、コストを考えるとなかなか難しいのが現状だ。
「だが、文句を言う奴が少なくなったのは確かだな」
空いた皿を引き上げてきたバランが、皿を俺に渡しながら話に参加する。
満席の場合、ガラの悪い狩人なんかは既に座ってる人を脅してどかそうとしたり俺に何とかしろと凄んできたり。
そういう奴がいるから狩人ってだけでガラが悪いと勘違いされるかわいそうな奴が発生するんだぞ、というような事が何度もあった。そして、何度も制裁を下してきたわけだがそれは余談というもの。
「ま、もう少し様子を見てみるしかないかな。作り置きしているとはいえ、あんまり流行っちゃうと通常接客と同時進行はやっぱり都合が悪くなるし。店主としては悩みどころだよね」
「いっそのこと、もうひとり従業員を雇い入れちゃうのは? 私も昼だけだし、もう少ししたら動けなくなるだろうし」
ディアのその言葉に思わず視線をお腹に向ける。
そういう服を着ているのでまだそれほど目立っていないが、やはり少し膨らんできたなぁ。
「そうだねぇ。ディアがいるうちに仕事の基本を教え込んでもらえるほうがいいもんね。ちょっと考えようかな」
もし雇い入れるとしたら、やっぱり元狩人なりそれなりの腕を持ってる人が理想。
今のところ、ギルド職員や女性の客が多いので女性従業員でもいいかなとは思うけどトラブルがなぁ……ディアの場合、お昼だけだから問題ないけど夕方とかになると絡んでくる奴がいないとは限らない。
一応バランがいるから問題ないと思うけど、反対に女性の場合バランとの相性がな……
「うーん……っと、いらっしゃいませ」
「マスター、紅茶を頼む」
「はい、少々お待ちください」
新たに入ってきたお客は商人の男だ。
以前は狩人だったが、才能が開花せず商人の道に入ったというのは前回までに聞いた話だ。
「じゃ、マスター。私は帰りますね」
「うん、ご苦労さま。気をつけて帰ってね」
「はぁい。バラン、頑張ってね」
ひらひらっと手を振って足取り軽く出て行くディア。
ここの常連ならディアとバランが夫婦なのは周知の事実なので、ナンパ紛いはほぼ発生しておりません。
商人の男にお茶を出すと、彼はゆっくりと味わう。
「ふぅ。旨いな、ここのお茶は」
「ありがとうございます」
そう言われると嬉しいね。もっとも、特別高級な茶葉を使用しているわけでもないので高級感はあまりないだろうけど。
「っと、いらっしゃいませ」
入ってきたのはレニーだ。
やっぱりというか何というか。数日前にこの町にレニーは戻ってきたけど、カインはまた放浪の旅に出たらしく一緒に戻っては来なかった。
荷物は置いたままなので近々戻ってくると予想している。
ま、カインの近々は最長で三ヶ月なので気長に考えるけどね。そんなことを思いつつ注文を受け作っていく。やっぱり店をやり始めてから作るスピードが上がったみたい。あんまり待たせることなく出せる飲食店っていいよね。
商人さんと世間話しつつレニーへ食事を出す。傍目からは軽食を食べているだけにしか見えないが、長い付き合いの俺は見抜いていた。
久々にカインと過ごせて随分機嫌がいいようだ。そっとしておこう。
「そういえば、マスター。知ってるかい?」
生温かい目でレニーを見ていたところに商人さんが話しかけてくる。
「なんです?」
「王女様の婚約が決まったそうだよ」
王女様。
何とも聞きなれない単語であるが、そういえばここは王制だったと思い出す。
「へぇ。それは、めでたいですね」
「おう。相手はなんと、ムラーノ公爵様だって話だ。なんでも、王女様がずっとムラーノ公爵様に懸想していたそうで、王様を説得し続けてやっと叶った婚約話だとか。ムラーノ公爵様っつたら見目麗しきお方ってことで有名だったもんなぁ」
へぇ~
「王女様は御年十七歳。公爵様は確か二十七、八歳くらいだから約十歳差かぁ。うらやましぃねぇ~」
俺とカインくらいの歳だね。
まぁ、だからなんだって話だけど。
にしても、そうか。カインは二十七歳になるんだなぁ。全然見えないな……
まだ二十歳そこそこって言っても通用するよね。
「上手く話がまとまるといいけどなぁ」
「そうですねぇ」
「でも、王女様の求婚者の中にあの黒い狼がいるってんだからこりゃ大波乱の予感ってなもんだよな」
「…………はい?」
「びっくりだよな~! 黒い狼は謎だよ。金に興味ないかと思えば高難度の依頼を受けまくって荒稼ぎしてるって噂を聞くし、モノに興味ないかと思えば珍しい品をよく買っていくらしいし、権力に興味ないかと思えば王女を寄越せ、だもんな。どこまでも自由な奴だよ」
いやいやいや。
ちょっと待とうか。うん、待とう。
怖くてレニーの方が見れない。
「マスターはどう思う? 俺は婚約披露のパーティーで黒い狼が乱入というのもありだと思ってるが」
「…………そ、それは過激ですね」
「そりゃあ黒い狼だもんよ、常識は通用しねぇだろう。誘拐、なんてこともあるかもしれねぇ。いや、あいつのことだから結婚したあとにっていう可能性もあるぜ。鬼畜でもおかしくねぇ」
いやいや、カインはそんなわざわざ人妻になったあとを狙うような鬼畜じゃないはず……というか、そもそも有り得ない! カインが王女様に求婚とか一体何の冗談だ。これなら誰かがカインの名を騙っている可能性の方が高いな。
「そ、それにしても黒い狼ですか。一体どんな風に求婚したんでしょうねぇ?」
「あぁ、気になるよなぁ。黒い狼でも恋文とか書くのかねぇ? イメージじゃ一匹狼って感じだから意外だな」
一匹狼というのとは少し違うけどカインの黒い狼って二つ名は何というか、言い得て妙。
身内は大事にするところとかはね、合ってるんだよね。
恋文となればまずカインじゃない。
だからってカインの名を騙るメリットは何か。
…………あ、考えたくない。
王女暗殺、とか、碌でもない可能性が真っ先に思いつくんだけど!
「さて、と。ご馳走様、マスター。お勘定をお願いするよ」
「あ、ありがとうございます」
不吉な話を残して去っていく商人さん。
今の話、どこまでが本当なんでしょうか?
それからレニーがさっきからほとんど動かなくて怖い。
…………聞かなかったことにしようかな?
カインさん、浮気疑惑浮上(笑)




