営業開始いたしました
カランカラン
軽快な鈴の音。お客様の来店を告げるために分かりやすく入口の扉につけてあったものが鳴った。
それは最初のお客様の来店の合図。
「いらっしゃいませ!」
笑顔を向けて挨拶。
とても初めての言葉とは思えないほど自然にそれを向ける。
「お好きなお席にどうぞ」
最初のお客様は、商人、かな?
軽装ではあるが、少し服の裾がほつれていたりする。今朝、この街についたところなのかもしれない。
彼は窓のある奥の席に座る。
せっかくだからカウンターに座ってもらえばよかったかな、などと思いつつ注文を取りに向かう。
「……ほぉ、レート水があるのか」
メニュー表を見て、そんな言葉が漏れる。
レートとは、さっぱりした柑橘系の果物だ。果汁はかなり酸味がきついのでそのまま飲むのは一般的ではなく、水と割って飲むほうが断然飲みやすいし後味もいい。爽快感があり、子供よりも大人の方が好んで飲む。
「では、これで頼む」
「かしこまりました」
ふむ。意外だな。
一発目はコーヒーか紅茶だと思っていただけに、まさかのレート水。
ふふ、とお客様に見えないように笑みをこぼす。たまたま寄っただけで、今日開店の初めてのお客だなんて本人はこれっぽっちも思っていないんだろうな、なんて思うと自然と笑ってしまった。
作り終えて、もって行く途中でまたもや軽快な音。
「いらっしゃいませ」
次のお客様は、おや?
若いお姉さん二人。
「お待たせいたしました」
物珍しそうに店内を観察している二人を横目に、まずはレート水を一人目のお客様へ。
そうこうしているうちに、お二人はカウンター席に並んで座った。
なるほど、情報収集するつもりかな?
それはこちらもありがたい、宣伝のしどころだ。
カウンターの内側に入ってから、二人の動きを観察。メニュー表に二人で目を通して、しばらく待つ。悩んでいる様子。
今は朝の七時頃。
こんな時間でこんな場所にいるってことは、この近辺で働いている人だろう。
多分だけど、総ギルド支部の社員さんじゃないかな?
「ご注文はお決まりですか?」
聞いてみると、少し逡巡したあと、こくりと頷いた。
「えっと、私はこのおすすめモーニングセットに、コーヒーで」
「私は紅茶とおすすめフルーツで」
「かしこまりました」
おすすめというのは日替わりとも読める。
というのも、市場は常に一定ではない。それこそ、その日仕入れたおすすめの商品を使うのだ。今日のモーニングはホットドック。今日はピリリと辛いシャキシャキ野菜のキャシールが手に入ったので、それにしてる。
フルーツは、まぁ、今日は一般的なものになったけど。
それでも、女性に嬉しい甘酸っぱいクラの実と若干クリーミィなティトーだ。
ま、まずは飲み物が先かな。
「コーヒーと、こちらが紅茶ですね。どうぞ」
そのままカウンター越しに置いていく。うん、やっぱりカウンター席はいいね。お客様の表情も見やすいし、会話もできるし。とはいえ、会話の盗み聞きはよくないのでそれは自重。
調理をしつつ、ちらりと二人の表情を伺えば、うん。悪くない。
ほっと一息ついた表情は、好感触かな?
「あの、ここって今日オープン……ですよね?」
お?
話しかけてきてくれた。
「えぇ、そうです。お二人はこの辺りが職場ですか?」
当然返事する。
「私たちは、向かいのギルド職員なんです。私は中ですけど、この子は一階受付です」
「ふふ、今まで近くにこういうお店なかったから嬉しくって」
そう。
この近辺には同様の飲食店はない。酒場や宿屋は結構あるのだが、喫茶店は皆無の界隈だったのだ。だからこその五時まで営業なのだけれど。
「宿屋の食堂も一般開放されてますけど、やっぱり入りにくいっていうのがありますからね」
「あぁ、女性はそうかもしれませんね。これを機に、常連さんになっていただけると嬉しいのですけど……っと。おまたせしました」
出来上がったホットドックとフルーツカットされたお皿を二人の前に置く。
さて、評価はいかほどかな?
「わ、美味しそう。いただきます」
「いただきます」
「はい、どうぞ」
うーん、なかなかに緊張。
まぁお店を出した以上、腕にはそれなりの自信はあるんだけどね。
「あ、美味しいっ!」
お、好感触!
よしっ!!
「ありがとうございます」
思わず笑顔で答えてしまった。素直に嬉しいのだから仕方がない。
記念すべき一人目のお客様とは結局話せずじまいだったけど、問題なくお会計を済ませてお見送り。とはいえ、その間にもお客様は数人来店していただいていたりでゆっくり出来ないのだけど。
やっぱり朝は目論見通り、モーニングセットとコーヒーか紅茶が多い。あらかじめ予想していたから下準備はばっちりなんだけどもね!
それでも今日は初日。
どうしても効率よくできていない範囲は出てくる。出てくる出てくる。あぁ、落ち込みそう。
「ふぅ」
それでも大きなミスもなく落ち着いてきた。
とはいえ、お昼頃にはまた忙しくなるんだろうなぁ。今のうちに片付け片付け。
やっぱり一人だと大変だな。
一回様子見てからと思って誰も雇わなかったけど、開店前に人員確保して教育してたほうが良かったかな?
カランカラン
おっと。来客だ。
「いらっしゃいませ」
拭いていたテーブルから視線を上げると、見覚えのある人。
「レニー? いらっしゃい」
「あぁ。コーヒーを頼む」
「はーい」
やってきたのは昔からお世話になってるお姉さん。レニーは愛称で、本名はレベリアートという。
長い金の髪に、眼光鋭い瞳は蒼。
すらりと高い身長に、引き締まった体。
何を隠そう、お向かいのギルド所属の上級狩人だったりするらしい。
カウンター内に戻り、早速コーヒーを淹れる。
「どうだ?」
「なかなか好感触ですね」
レニーは職業も相まっているけど、ほぼその取っ付きにくそうな外見と人見知りする性格諸々が災いして、誤解されることが多いが、本人はとっても優しくていい人なのだ。
ちなみに面倒見もいい。
俺のことを弟のように可愛がってくれてる。ちなみに、俺も姉のように慕ってます。
彼女はきょろりと店内を一瞥して、ふむ。と頷いた。
どうやら内装は悪くないということらしい。
茶色を基調にテーブルや椅子を揃え、天井はやや高めに作って開放感を出している。ごちゃごちゃしすぎない程度に壁を飾ったりしているつもり。
窓も適度にあって、店内が暗くならないように心がけてますよ?
淹れたコーヒーをレニーは口に含み、ふっと笑った。
「うん。美味い」
「よかった」
俺もまた笑顔になる。
「レインは料理の腕もあるからな。あんまり心配はしてない」
おぉ、褒め殺し。なんだか照れるので話題を変えることにする。
「今日は外に行くの?」
「そのつもりだ。日帰りの予定だけどな」
狩人であるレニーは、たまに旅に出ることもある。基本的にはこの街を拠点に動くから何日も出かけることは少ないけれど。
レニーの剣の腕はかなりのもので、狩人としてはかなり優秀だからあんまり心配せずにすむのはいいけど、やはり多少の心配はしてしまうものだ。
「気をつけてね?」
言えば、もちろん、と笑って返事してくれるけれど。
やはり心配なものは心配なのだ。
コーヒーを飲みきって出て行く際に、営業時間までに戻ってきたらまた来てくれると言ってくれた。
「夕方の五時までしか開いてないよ?」
一応言っておく。
といっても、片付けがあるからオープンの札を外すだけで俺自身は店内にいるだろうけど。
「開店祝いに土産でも持って行くから、多少の遅れは許せ。」
ひらひらっと手を振ってそんなことを言い逃げした。
いや、うれしいけどね?
そのあとはやはりというべきか、ちょっとしたミスもやりつつそれでもなんとか営業を終了。
それなりにお客様との会話もできたし、上々ではなかろうか?
夕方六時頃に、レニーは開店祝いとしてサンダ鳥とグロッコの肉を持ってきてくれた。久々の豪勢な晩御飯が出来た。
もちろん、レニーも食べていったけど。まぁ、妹のアルテナも一緒だったけどね。
髪の色も目の色も一緒なのに、まったく雰囲気が違う面白い姉妹だ。まぁ、アルテナは薬師で鋭い雰囲気とか必要ないし。身長も低い方。俺より年上なのに、年上感があんまりなかったり。言えば怒るだろうけど。
「今度は営業時間内に来るね」
ふんわりと笑うアルテナには癒される。
やっぱり俺を弟のように可愛がってくれてる彼女に、是非来てね、と笑顔で返した。