やってきた検使官
検使官=警察プラス検察みたいな存在。
軍隊ではない治安を守る公的機関に所属しております。
検使官。
要は国の調査団体に所属する一定の権限を持った人のことだ。主に不正の取締、治安維持を担ってる。
そんな人が来た。
日中、忙しい時間帯に。なんの嫌がらせだよ。
「おい! 聞いているのかっ!?」
「焼き飯二つ出来た、お願いね! クリームパスタもすぐあがるから!」
「はーい!」
「ミックスサンドとホットコーヒー頼む!」
「はいよっ! バラン、パスタ盛り付けお願い!!」
「~っいい加減にしろっ!!」
ダンっと勢いよくカウンターを叩く検視官殿。
うるさいな、客じゃないなら大人しくしてろっての。
「すみませんが、いま取り込み中ですのでお引き取りください。ディア、コーヒー先持って行って」
「俺を誰だと……」
「あ、ありがとうございます~」
国の人間だろうが偉い人だろうが、人の仕事を邪魔するなっての。
まったく、これだから嫌いなんだよ。
笑顔でお会計をしつつ心の中で文句を言いまくる。
だって、さっきから本当にうるさいんだもん。こっちも手が空いていれば少しくらいは話を聞く。というか、忙しくてもそれなりの誠意とか配慮とかしてくれればこっちだってそれなりの対応をするってんだよ。
「ハンバーグ二つ!」
「はーい!」
「おい!! 喧嘩を売ってるのか!?」
あぁ、もう!
なんなの、馬鹿なの?
「売ってるのはあなたの方でしょう? そちらも仕事でしょうが、こっちも仕事中なんです。少し落ち着くまで待っていただくか後ほどにしてくれるなら話を聞きますよ。今は無理です」
「……っ……」
「ここにいらっしゃってるお客様の中には、休憩時間が決まっている人もいるんです。是非ともご理解していただきたいのですが?」
ダメ押しで言ってみる。
これで引かないならマジで喧嘩売るぞ?
ぎっと睨むと、しばらくして無言で席に座った。
やれやれ。密かにほっとため息をつく。
お待たせするんだ、無料でコーヒーくらいは出させていただきましょうかね。
と、お待ちいただくこと一時間と少し。
調理の方は落ち着いてきたので、バランとディアにしばらく任せて話を聞くことにしましょうかねぇ。
何か、嫌な予感がするけど。
「お待たせしました、すみませんでしたね」
コーヒーのおかわりを置きながら言う。
彼は不機嫌そうではあったけれど、待たせたことについては文句を言わなかった。お礼も言わなかったけどね。
「それで、お話というのはどのような?」
「カゼロインスは留守か?」
ん?
カインと俺のことは知っているのか。
「えぇ、留守にしています。彼に何かご用でしたか?」
「…………いや」
俺の返答に何やら考える人になった。怪しいなぁ。
「では、カゼロインスの荷はここだな?」
カインの荷?
そんなことをどうして聞くのか……嫌だな、これ。
カインは基本的に国からすれば悪たる存在だもんなぁ……何かを疑われるのは仕方ないのかもしれないど、随分と不躾だ。
「さぁ、どうでしょうかね。確かに荷はここにありますが、全てではありませんねぇ」
「改めさせてもらおう」
やはりそうきたか。
だけど、それはちょっと舐めた態度というものだよ?
「断ります」
笑顔を貼り付けて答えてみせる。
向こうは一瞬、何を言われたのかわからないという顔をした。ふん、誰もが従うなんて自惚れるなよ。
「なんだと?」
「はい?」
「……つまり、俺に見られては困る物でもあるということか?」
笑いを堪えるようにして俺を睨みつける。
手柄のことでも考えてるのかよ、まったく。そんな作ったような睨み、怖くもなんともないって。カインの本気の睨みを見せてみたいね。
それはそうと、どう答えようかな。
困るものはある。そりゃ、山ほど。処分してくれるなら差し出したいってのが本音だよ。だけど、下手に渡すことは出来ない代物。
そもそもこんな連中に見せる必要性を感じない。
「じゃあ、聞くけれど。あんただったら、何の説明もなしにいきなり家の中を見せろって来られたら素直に応じるの? タンスの中とかも? 下着も? 子供の頃のちょっとした宝物も? 冗談じゃない。人のプライバシーに土足で踏み込むなってんだよ」
「……っ……俺は検使官だぞ!?」
「だから何?」
「な……」
「検使官だからって何でも許されるわけじゃないだろ。カインがいないくて楽勝だと思ったら大間違いだよ。何年、カインと家族をやってると思うの? 権力なんてものに屈するわけもないだろう? 用がそれだけならお引取りを。出来れば二度と来るな」
はんっと鼻で笑って出口を指し示す。
客商売、お客様には笑顔で物腰低く対応することもあれど、そういう権力を振るうような奴には必要ない。
カインはその時の感情で動くことが多い。機嫌が悪ければご愁傷様、だけど機嫌がいい時は大抵のことを許してしまう。それさえ見極めれば案外扱いやすい人間だと思う。
その点で言えば、俺は相手の腹を探ろうとしてしまう時がある。
場合によってはカインよりも俺は扱いづらいだろうよ。
「逆らうというのか?」
まだ留まっている検使官。
早く出て行けよ……高慢なる国の犬が。
「そう取るならお好きに」
「…………そうか……覚悟しておけ」
ふるふると拳は震わせ、ぎりぎりと歯を軋ませて睨んでくる。
今にも噛み付きそうな犬のようだ。
俺はそれを涼しく受け取り、返事する。
「覚えていればね」
さらに何かを言おうとしたのか、検使官は口を開いたが……結局何も言わずに勢いよく出て行った。
悔しいだろうねぇ、こんな若造に暴言吐かれるわ逆らわれるわ。
でも、ね。
よく考えてみろっての。
「…………いいのか?」
検使官が出て行って完全に姿が見えなくなってからバランが問いかけてくる。
俺はうん、とひとつ頷いた。
そして。
「ちゃんと説明でもしてくれれば、こっちもそれなりの対応をするんだけどねぇ…………あぁも高慢ちきに来るならあれで十分」
「だが……」
「俺の態度が悪かったのは認めるよ。でも、向こうの態度も悪いからおあいこってことで。まぁ、気にしないでいいよ。どうせ何をやってもケチつけられるわけなんだし。カインにトラブルはつきものだからね~」
からからと笑うと、バランも微妙な顔で笑った。
なんでそんな微妙な顔なわけ?
「ディア、お疲れ様。もう大丈夫だから、適当に上がってくれていいからね?」
「あー……うん……」
あれ?
ディアもなんか微妙な顔つき。
「どうかした?」
「えっと……ううん、なんでもない」
なんだろ?
ディアがちらっとバランと目を合わせて、首を振った。
家庭のことか……なら俺は干渉しないほうがいいかな。うん。
それにしても、検使官がわざわざ何の用だろうね。
荷を見せろってことは、重要な物品がカインの荷物に紛れてるってところか。それとも、貴重な品物か珍品くらいは持ってるだろうと当たりを付けて、上手いこと回収しようと企んでるか。何を置いてるかなんて俺すらも把握してないしなぁ。
「うーん……」
洗い物をしつつ唸ると、バランが怪訝そうに「なんだ?」と聞いてきた。
そりゃ、いきなり唸られたら驚くわな。
「この店をオープンする前に一応整理はしたんだけどね、やっぱりもうちょっとカインの荷物とか整理しておいたほうがいいかなぁと思って」
洗い終わった食器をバランが拭いていく。
この作業も随分手馴れたものになってきたようだね。
「やはり、見られたら困るようなものがあるのか?」
ちょっと小声で聞いてくる。
心配しなくても、今はテーブル席に座るお客さんたちだけで、カウンターにはいないから聞こえないと思うよ。
「あるね。大量に」
「大量、なのか?」
「というかね、売り捌けないものが手元に残っちゃうんだよね」
いらないモノは置いていても邪魔なので、わりとすぐに処分する。
何かしらのお礼や感謝の印とか、微妙に扱いの困るものは置いてあるので結構な量が手元に残ってるわけだけど。
ギルドに売りに行くのもなんだし……
そうだ。ここに来る狩人に譲るってのも手だな。
兎にも角にも、まずは整理をしてみるか。
そんなどうでもいい、でも密かな決意が打ち砕かれたのは閉店時間が少し過ぎた頃だった。
「…………えーと、いらっしゃいませ?」
先ほど来た検使官と、同僚ぽいのが二人。上司っぽいのが一人。
計四人で再度来店してきた。
もちろんお客としてではないだろう。
「カゼロインス=ラルヴァリルに盗賊容疑が掛かっている! 荷を改めさせてもらうぞ?」
なんだか、ちゃんとした手配書っぽいのを持ってそんなことを言われた。
盗賊容疑?
って、なんでいきなり?
「では、お前たちは上を調べろ」
上司っぽい人が言うと、後ろの初対面の二人が頷いて二階に行こうとする。
「ちょっと」
だもんで、俺は当然止めようとするよね?
でも、上司ぽい人が「邪魔だてするな!」とか叫んで殴りかかってきた。
えぇぇぇぇ?
ちょ、いきなりですか!?
咄嗟にバランが上司の拳を手のひらで受け止める。
そういえば、名目は一応従業員兼用心棒だったなぁ。
「シャノンに聞いたが、随分非協力的だそうだな。その上、こちらを馬鹿にするような発言までしたと報告を受けている。場合によっては牢に入ることになるぞ?」
むぅ。
なんだか俺が一方的に悪いみたいな言い方だな。
気に入らない。
とはいっても、盗賊容疑が気になって仕方がない。
どういうこと?
叩き伏せるのは簡単だけど…………ここは一応平和的解決を目指してみようかね。
一応、検使官は作者の脳内で警察官のような指定の制服着用。ひと目で検視官だってわかる仕様のようです。
9/10 修正「検視官」から「検使官」に変更いたしました。
(日本では検視を行う警察官のことを検視官というそうなので)




