盗賊団の噂
定休日。
本日、喫茶『渡り鳥』のドアに掛けられたプレートにはそう書かれている。
「あちゃ~……休みだって。忘れてたよぉ」
「あーあ。今日はミルドラにするか」
「美味しいんだけど、基本は遠出する人用だから高いんだよねぇ」
喫茶店の前でがっくり肩を落とすお嬢さん方。
着ている制服は総ギルド支部のものだ。
宿屋の食堂も、昼間から開いている酒場もわりと近い場所にあるものの、ギルド職員にはやはり足が向きにくいらしい。
狩人ギルドの職員は女性といえどもなかなかの胆力の持ち主が揃っているが、それでも尚である。
よって、女性職員のほとんどが自宅から持参しているか、近くのテイクアウト専門店等で買い求めるのだそうだ。
二階の玄関から出たレインは、がっくり項垂れたお嬢さん方を苦笑して見送る。
嬉しいような、だからといって不休はやっぱり無理ですよ、などと心で思った。
足を運んだ先は、目と鼻の先の総ギルド支部。
正面玄関を通ってすぐ、右が狩人ギルド。左が商人ギルド。
活気があるのは右の狩人ギルドで、壁際、真ん中の掲示板とあちらこちらに張り紙がしてある。
でも、今日俺の用事があるのは左の商人ギルド。
店の仕入れは安定している市場で買い付けるのが基本だけど、カインに付いて世界各国を見て回ってる時から俺は珍品には目がない。
つまり、商人ギルドでの商品の物色は主に俺の趣味だ。
ここに足を運んだのは久しぶり。
「こんにちは」
見慣れない受付嬢にとりあえずにっこり挨拶。
「あ、はい。こんにちは。何かお探しですか?」
なんだか初めて来た人みたいに思われた。
新しい受付嬢になる度に、初めて来て右も左もわからない子だと思われてる気がする。
「いえいえ、今日はいろいろと商品を拝見しようかと。何か目新しい商品入ってます?」
「えっと……」
「あ! レインさ~ん! お久しぶりです~」
受付嬢が何か答えようとした時に、その後ろから見知った声が聞こえてきた。
ぶんぶんっと手を振っているのは、以前からこのギルドで働いているウェルさんだ。
「おぉ、お久しぶりです」
取りあえず俺も手を振り返すと、こちらに寄ってきた。
受付嬢も振り向いて、ウェルに尋ねる。
「ウェルさんのお知り合いですか?」
「うん、常連さんだよ。レインさん、彼女はミルティ。二ヶ月くらい前からかな、王都から来てもらった新しい受付嬢ね。ミルティ、彼はレインさん。以前からよくこちらに足を運んで時々商品の買い付けをして行く常連さん」
「どうも。レインです、よろしく」
ウェルさんに紹介もしてもらったので、ここは友好的に挨拶。
「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」
ぺこりっとお辞儀をするミルティ。
お嬢様然とした真っ直ぐな姿勢、水色の瞳も髪もとても澄んでいて優しい色だ。
レニーともアルテナとも違うタイプの美人さん。
「丁度いいや。レインさん、今から商品見て回るんですよね? ミルティと一緒に回ってもらっていいですか?」
「ミルティさんと?」
「お恥ずかしい話ですが、ミルティはまだ研修途中で商品の見方を知らなくて……人手不足で慌てて受付嬢に回ってもらったんですよ」
一緒に回るくらいなら構わないけど……
「僕は買い付け専門の商人ってわけでもないですし……」
「あはは~、実は専門の人に借りを作るのは嫌みたいでして……」
誰がとは言わなかったけれど、ギルドの上の人間のほとんどがそうだろうな。
俺には借りを作ってもいいということなのか、誤魔化されてくれると思っているのか……単にウェルさんの独断なのか。まぁいいや。
「分かりました。回るくらいなら構いませんよ。ただ、期待はしないでくださいね」
「ありがとうございます~! ミルティ、あとはやっておくから」
「はぁ…………えぇっと、よろしくお願いします」
困惑した表情でウェルさんを見ていたが、俺と目が合うと丁寧にお辞儀をしてきた。
ギルドで働いているってことは俺よりも年上だろうに。
「それでは、僭越ながらわたくしめがエスコートさせていただきます」
どこか緊張した雰囲気だったので、胸に手を当て、わざと大仰にお辞儀をしてみた。
反応は上場。
ふふっと口元に手を当てて笑う様は少し幼く見えて可愛かった。
で、早速商品を置いている三階へ。
ここは商人ギルド、狩人ギルドの隔てはない。狩人が持ち寄った商品がほとんどで、それらを商人が買っていくのがほとんどだ。
「レインさんは王都に出没してる盗賊団のお話は聞いたことありますか?」
いきなり物騒な話になった。
「いえ」
「もともと盗賊団のような集団は数多くて、他の街に噂になるようなものでもなかったんですが。半年位前からでしょうか、派手に動く盗賊団が現れたんです」
へぇー
「三ヶ月前、とうとうその者たちはギルドの商品に手を出しました」
「え? ギルドの商品って……ここに置いてあるようなやつ?」
「いいえ……ギルドですら価値のあるものとして別保管庫に置いてあったものをです」
まじか。
ギルドでは様々なものを取り扱っている。そこらで手に入るような薬草やら動物の牙などから、竜の鱗だとか貴重な鉱石までこうやって誰でもお金を出せば買えるようになっている。
もちろんここにあるものでも、貴重なものや高額なものはケースに入っていたり鎖で固定されていたりと相応の管理はされていているけれど。
そんなギルドですら販売できないとしているものもある。
主な例で、呪いの品とか、歴史的価値のあるものなんかだな。
それらは厳重に保管庫に保管されていたはず。
そこから盗まれたのか…………
「ですから、それらの警備とかで腕の立つ人はバタバタしてしまっていて……ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
それが人手不足の原因か。
俺が喫茶店開店に四苦八苦しているあいだにそんなことがあったんだな。
「まぁまぁ、ミルティのせいじゃないし。気にしてないって……まずは順に見てまわろうか?」
「すみません」
それから順々に回っていく。
特に代わり映えのしない定番商品、入荷しましたの札をかけられた商品。もとは何かとか産地はどこか、どうやって採取しているのかとかをちょっとづつ説明しながら回ったら結構時間を食った。
時間については何も言われてないけど、長々連れ回すのはよくないだろう。
あとひと区画見て終わろうかな、と思ってそちらに視線を向ける。
「お」
珍しい品みっけ。
「なんですか? ……えっ」
興味がいろいろ湧いてきたらしいミルティは、大分緊張感もなくなり砕けてきた。
俺の目が向いた商品を一緒に眺め……引いた。
「カルザスの瞳かぁ」
俺は気にせず、透明のケースに入って飾られているそれをまじまじと眺める。ちなみにこの透明のケースを割ったりすれば魔術が発動するらしい。
見た目はまんま、目玉。
女の人が見ていて気持ちのいいものじゃないよねー
「それ、なんですか?」
一歩、後ろに下がったミルティが聞いてくる。
「うん。カルザスっていう爬虫類の目玉だよ。カルザスは擬態に優れていてね、見つけるのが難しいんだ。目玉の効能はその擬態能力。上手く武器と融合させてある魔術を使えば、その武器に擬態効果を付加させることができるんだよ」
「武器と融合させるんですか……?」
想像しているのか、引きつった顔だ。
「そう。成功率が低いから武器自体は結構希少だよ。ちなみに、融合させると見た目はあんまり綺麗じゃないね」
剣だと、柄に目玉が嵌っているのだ。
握るのになかなか勇気がいる。
「買うんですか?」
「うーん……どうしようかな」
「狩人ならともかく、悪趣味ですよ」
目玉を飾って楽しむ人だと思われた……?
「いやいや。別にコレクションにして飾って眺めるつもりはないけどね」
とはいえ、わざわざ武器を作るのもな。
旅をしている間はいろいろ作ったけど、今はとりあえず喫茶店を優先したいし。
……喫茶店に怪しげなもん置いててもアレだしな。
「今日はいっか。ま、次の機会があればその時に考えよう。ミルティ、今日はいいや。戻ろう」
「え、いいんですか?」
「もともと買うよりも見に来る方が目的だったしね。それに、カルザスの瞳って貴重だから値段が高いんだよ……手持ちがない」
値札を指し示すと、ミルティが目を見開いた。
「八千万ルビ……」
目玉一つにこの値段はやっぱり高いよね。
わざわざ買うより、欲しくなったらカインに頼むか自分で狩ればいい。
「レインさんって……何のお仕事をしてらっしゃるんですか? 狩人じゃないんですよね?」
先に歩き出した俺に慌てて付いてきたかと思えば、ミルティがそんなことを聞いてきた。
そういえば最初に狩人ですかって聞かれて否定しただけで、何の仕事をしてるかまでは言ってなかったな。
「僕はすぐそこの喫茶店を経営してますよ。最近オープンしたばかりなんですが、知りません?」
「えっと……まさか、正面の喫茶店ですか?」
「そうそう。そこのマスターやってる。よかったら近々寄ってくださいよ、軽食、デザート、飲み物。なかなか女性には評判いいんですよ?」
何げに宣伝。
「…………」
え、まさかの沈黙?
実は評判悪かったりして?
「……何度か、美味しいってお聞きしましたので、私も行ってみようと思ってましたが……」
「思ってましたが?」
じとっと睨まれているような気がする。
おかしい、なんでそんな風に見られることになった?
「場所が場所です。こんなこと言いたくはありませんが……もしかして、ぼったくりとかしてませんか?」
……
…………え?
「ぼ、ぼったくり? 俺が?」
「だって、おかしいじゃないですか。さっきの、八千万ルビですよ、八千万! ただの喫茶店経営者が趣味で買うような金額じゃありません!!」
「……え~っと……」
つまり、ぼったくりだとかちょっくらヤバイ事やってないとそんなに稼ぎがあるわけねぇだろ、ってことね。
了解、わかった。
人でなしとか思われたわけだね、うん。
「ごめんごめん、誤解だよ。義兄が狩人でね、大金稼ぎなんだ。喫茶店経営は半分僕の趣味。もちろん損失を出すような真似をするつもりはないけど」
「……しゅみ……」
おや、趣味の意味すらわからなくなった子みたいな発音だね。
「だからぼったくりもしてないし、悪いこともしてないよ。貯金が多いだけ」
はい、このお話はおしまい。とばかりに、手を二回叩いてギルド受付へ向かう。
納得したかどうかはわからないけど、ミルティは黙ってついてきた。
それにしても……ミルティが疑問に思うのも確かだよね。
成人もしていないのに喫茶店のマスターやってるだけでも珍しいのに、更に趣味に八千万つぎ込めるだけの貯蓄があるっていうのは少し変わってるか。
今まで大きなものを買う時は、カインと一緒だったから問題もなかったけど……
そっか。
そのあたりも考えて買い物しないと変な疑いを持たれるな。気を付けようっと。
ぼったくり発言に、思わずレインは動揺して「俺」になってたり。
街の人の平均月収は二十五万ルビ。バラン狩人時代で月平均五十万。
でも、上級狩人の平均月収は五百万くらい?(適当)
八千万ルビは大金です。レイン君の金銭感覚がずれている回でした。




