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困ったカップル




 うーん…………


 なんで、こうなったかなぁ?


 目の前の光景に、しみじみ思う。


「あだだだだだだっ!?」


 片手を捻り上げられて叫ぶ男。

 折れた椅子。

 割れた食器。

 血とヨダレで汚れる床。


「……早速、椅子一脚破損かぁ…………」


 お金はあるけどさー


「……はぁー」


 ため息が漏れる。

 ため息ついたら幸せが逃げるとかいったような気がするけど、つかずにはいられない時ってあるよね。


「ぎぶぎぶぎぶ! 悪かった!!」


「今度フザけた真似をすれば斬る」


 店内で繰り広げられたささやかな喧嘩はすぐに決着はついたけど、店の備品が犠牲になるという不幸があった。






 何があったのかというと、だ。ご飯を食べ始めたおっさん狩人二人だったが、ご飯を食べ終わったあとにまた馬鹿になった。

 まだ食事を続けていたレニーに、またしつこく絡み始めたんだ。


 ご飯を食べ終わった瞬間、溜まりに溜まったものを発散するように左の男をまず殴る。顔面いった。グーだ、グー。容赦なしの一撃は、おっさんに鼻血を噴くという惨劇をもたらした。

 次に右の男。

 これは裏拳でやはり顔面いった。

 見事なスナップ。思わず拍手しそうになったほどに鮮やかな一撃が決まりました。残念ながら鼻血は出ませんでした。ちぇ。おっと、本音が。


「黙れ、虫以下」


 殴られた衝撃で床に倒れた二人に浴びせる冷たい言葉。


「こ、ここここここのやろう!」


 そんなに「こ」を言って、逆に言いにくいと思うんですが……なんて突っ込みません。

 がばりと起き上がった裏拳かまされた男。さすが狩人、一応起き上がってくれて安心したよ。


「やりゃーがったな! ぶっ殺す!!」


 なんてこった。

 おっさん、まさかの刃物持ち出し。


 出刃包丁を大きくしたような剣を構え……ようとして、蹴られた。武器を一瞬落としそうになってた。


「こ……のやろう! ぶっ殺す!!」


 さっきも似たようなセリフを聞いた。

 バラエティの無さにうんざりだねぇ。


 振りかぶって……袈裟斬りに挑戦。

 だけど、残念。レニーは華麗にバックステップで躱し、次の瞬間には男の懐に入る。男は剣を振り下ろしたまま動けていなかった。

 あーあ、これはダメだね。


 腕と胸ぐらを掴み、レニーは背負投げをした。




 ダァァアン



 と、派手な音と共に男は床に落下。

 その際に巻き込まれた椅子が一部男の下敷きとなり、破損。


 目を回して起き上がれないおっさんだったが、容赦のないレニーは腕を捻り上げる。

 事の顛末はざっとこんな感じ。


 この世界はおっさんが弱いという設定でもあるのかと疑うほど、狩人おっさん二人組は弱い。

 

「……なんか、この前バランも似たように投げたねぇ……流行り?」


「いや。聞いたことないな」


 単純に街中……しかも店内で相手を無力化するのに手っ取り早い方法ということだろう。

 床が割れなくてよかった。


 それにしても。


「この程度の腕でレニーを誘ったとか、呆れてモノも言えない」


 レニーは未だ不機嫌そうに顔をしかめながら男の腕を捻り上げ続けている。

 おじさんは半泣きだよー?


「あー……おじさーん、やられているところ申し訳ないんだけどお勘定お願いできますか? 特別に食器と椅子の弁償は免除しますんで、早々に出て行ってください」


 やめてお願い、と叫びだしたおじさんに追い討ち。


「ふざけんなぁ! 今それどころじゃ……って、イタイ!」


「随分偉そうな口の利き方だな……」


「ひーっ! すみませんでしたぁ!!」

 

 哀れだね。合掌。


「じゃ、倒れてる男から徴収しますか」


 いそいそ一発目に殴られたまま起き上がらない男の懐をごそごそ。

 おっと。財布はこれかな……おぉ、正解。

 では、二人分の食事代ゲット。と。

 

「じゃ、バラン。この人邪魔なので、外に出してもらえますか?」


「それは構わんが…………」


 え、なに?

 なんか突き刺さるような視線。


「……鬼だな……」


 おぉっと、抜いた金額が明らかに二人の食事代以上だって気づいた?

 弁償はしなくていいけど、迷惑料はいただきますよ。むふふ。


「以後、付きまとえば殺す。いいな?」


「は、はい!」


 バランが男を店の外に連れ出すのを見て、レニーも腕を放した。

 これで少し落ち着くな、と店内にもほっとした空気が流れる。

 と、その瞬間。ほっと気を緩めた男の頭に見事なかかと落としが決まったのをギャラリーの中で何人見逃しただろうね。


 声もなく彼は倒れた。


「…………レニー」


「外に出しておけばいいだろう?」


 ふっと笑った彼女は、とっても男前で美しい。

 でも、騙されてはいけない。


「喧嘩する前に表に出てほしかったよ」


 見せつけるように深々とため息をこぼす。


「む。すまない」


 どこかしょんぼりとする様に、もう一度ため息をこぼす。


「いいから外に出してきて。コーヒーいれとくから」


「っ!? あぁ、すぐ捨ててくる」


 俺があまり怒っていないことに気分を浮上させたのはいいが、男への扱いは雑だった。


 まずつま先で男の体を蹴り上げ、首根っこを掴む。

 そのままずるずると入口まで引きずり……床が痛むから担いで持って行って欲しかったんだけど……出て行った。


 入口を開けた際に響いた、いつものカランカランの音が妙に軽快で場にそぐわない。


 外にバランもいるだろうし、なんとかなるか。

 うん。


 狩人同士の揉め事は、あんまり気にしてはいけない。

 死体が転がらなかっただけマシと思わなくちゃね。







 戻ってきたレニーにコーヒーを出し、結局あの二人がなんなのか聞いてみたところ、一緒に依頼を受けて欲しいという思ったよりも普通の内容だった。


 そうそう、壊れた椅子と食器は撤去してある。

 あのあとは何だかお勘定ラッシュだった。昼休憩の終わりにしては微妙な時間だった気もするけど、何かあるのかもしれない。

 

 あっという間にガラガラになってしまった。

 それでも多少のお客さんは残って食事を続けてる。


「ナンパじゃなかったんだ」


「さぁな。下心があったかまではわからん」


 んー?

 あの会話からいくと、多少の下心はあったと思うけど。ま、いいか。


「隣町までの護衛の依頼だ。二人以上らしくてな、どうしようかと思っていたところ声をかけられた」


「普段、一人で行動してるもんね。仲良くなる絶好のチャンスとか思ったんじゃない?」


「かもな」


 それにしても、二人以上かぁ。

 レニーの腕なら一人でも隣町くらいなら余裕そうだけどな。


「折角、カインが帰ってきているから……一緒に受けてくれるかと思ったんだ……」


 ぼそぼそぼそっと。

 視線をコーヒーに固定して話すレニー。


「なるほどね」


 俺は普通に相槌を打ちつつ、ちょっと悶えてみた。


 だって、ちょっと顔赤くなってるし?

 むふふふ。珍しく可愛いことしてる。

 内容は可愛くないけど。普通にデート誘えばいいのに、しょーがないなぁー。


 困ったときの精霊さん!

 ちょっとカインを探してきて?


 こそこそっと精霊さんにお頼みしつつ、レニーの話を聞いていく。


「それで、依頼の受注はしてきたの?」


「え、あぁ。一応……三時までに相方連れてくれば受注完了だ。三時までに私が行かなければ再募集ということになるそうだ。カインがダメでも、たまには誰かと組むのもいいかもしれないと思ってな」


「へぇー」


「隣町くらいなら大した距離ではないし、な」


 ハズレを引いても、我慢できる距離だね。

 うん。いい心がけだよ。


「そうだね。たまにはそういうのもいいと思う……でも、本音はカインと行きたいんでしょ?」


「…………」


 図星で恥ずかしかったのか、また顔を赤くして俯いた。

 おっさんにはあんなに非道い仕打ちかましといて……これはもう、詐欺だな。


 もう可愛いから、コーヒーおかわりをサービスだ!


 精霊さん情報だと、カインはいつの間にか帰ってきてて二階にいるみたいだしね!

 二回の入口の鍵は渡してないから、三階のから入ったんだろうね。普通に入ってきてほしいなぁー……今更思ったところで無駄でしょうとも。

 

 まぁいい。

 すぐ連れてくるからちょっと待ってね!


「レインー、探したか?」


「おぉ。呼ぶ手間が省けた……流石」


 今ちょっと外すことを口にしようとしたら、カインが奥から顔を出した。


「レニーが来てるからね。カインも何か飲む?」


「水でいい」


 当たり前のようにレニーの隣に座る。

 いや、カインにとってレニーの隣は当たり前なんだよね。


「……」

「……」


 ホント、この二人は会話がないな。

 やれやれ。仕方ない。


 水を渡すついでにさっきのことを話してあげるかな。

 

「そういえばカイン、しばらく暇だよね? レニーが隣町までの依頼受けたみたいだよ。たまには一緒に行ってあげたら?」


「レ、レインっ!?」


 いきなり切り出した俺に慌てるレニー。

 だけどちょっと嬉しそうな顔は隠しきれていない。


「でーとか」


 うむ、と頷くカイン。

 わかりにくいよ、その反応。


「デート、ね。といっても護衛依頼だから、勝手なことしちゃだめだよ?」


「護衛か」


 なにそのがっかりした顔。

 面倒だなって思ってるのバレバレだからね?


「カインもいろんな仕事受けてみなよ。勉強勉強。隣町までだけだし、レニーと一緒だし。散歩気分で行けばいいじゃん」


「よし。じゃ、レニー。先に着いたほうがわたあめ獲得というのでどうだ?」


 ガンッ


 思わずお盆でカインの頭を殴る。


「一緒に行けって言ってるの。競争じゃない」


 人の話を聞かない人だな。


「……わかった」


 殴られてへこんでます。とでも言うようにテーブルに突っ伏す。

 わざとらしい真似を……


「だ、大丈夫か?」


 よしよし。そんな手つきでカインの頭を撫でて甘やかすレニー。


「俺はもうだめだ」

「っ!?」

「レニー……お前は強く生きろ」

「カイン…………」


「そこの二人、三文芝居はやめぃ!」


 あーもー、面倒な二人だな。


「む。だめか?」


 むくりと平気そうな顔で……事実平気なんだが……起き上がったカイン。


「そういえば。カイン、ギルドマスターが書類の束を置いていったよ。えーっと……ほい、これ」


 朝に持ってきた書類をカインに渡すと、顔をしかめる。

 嫌そうな顔をするな。


「…………」


「顔を出せって言ってたよ」


 言うと、むきゅ~っと眉間にシワを作った。たったそれだけで不思議なことに、変顔になった。

 おかしいな。

 真面目な時に眉間にシワをよせると格好いいのに。造作は悪くないからね。


 それなのに、今はただの変顔って……どういうこと?

 なんなの、その無駄なスキル。


「面倒。代わりにやっておいて」


「阿呆いうな」


「レインは出来る子、自慢の子」


「誰のせいだよ……あーもう。取りあえず、今日はレニーに付き合ってあげなよ」


 なかなか帰ってこないんだから、たまにはサービスしてやれ。


「そうだな。行くぞ、レニー」


「あ、あぁ!」


 わぁー、嬉しそうに笑っちゃって。

 カインに対しては昔から変わらないよね。青春だねー


「いってらっしゃーい」


 ひらひらっと手を振ってお見送り。


「行ってくる」

「……レインありがとう。行ってきます」


 …………カイン、普段着で行くつもりか。

 一応、依頼なんだから体裁だけでも整えて……行くわけないか。レニーだけで十分な距離なんだし、装備なしでもカインはレニーより強いからいっか。




おっさんが弱いのではなく、レニーが強い……ということです。

それにしたってあれは情けなすぎるので、やっぱりおっさんは弱いんでしょうね。


カインは変な子です。なんか……ごめんなさい。

そして、レインはカインに対して性格が若干変わります。

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