暇つぶしと一触即発?
「いない……か…………」
見るからにがっくり項垂れた。
なんか可哀想だよ。ごめんね?
「えーっと……何かお聞きしましょうか?」
あんまりながっくり具合だったので申し出てみる。
するとぱぁっと表情が明るくなった。
……いや、怖い怖いっ
「そうか! では頼まれてくれるかのっ!」
「はぁ」
「これが依頼書じゃ、渡しておいてくれんか? それと、こっちはこの前受けてもらった依頼の分でな。完了されているのは依頼主から確認済みなんじゃが、依頼完了報告に来てくれんでな。処理が出来んのじゃ……レイン君の署名で構わんからささっと書いてくれるか? それとこれが報酬」
「………」
「こっちはこの前のドミル王国の件じゃ。王城崩壊の犯人がカゼロインスであってもギルドは干渉せんということが書いておる。ぶっちゃけ、その件で何かあった場合はギルドに頼られても手は貸さんという内容じゃ」
ギルドマスターは生き生きとした調子で書類の束を手渡してくる。
「出来ればギルドに顔を出すようにと伝言を頼むぞ」
「はぁ」
取りあえずそれらの書類を受け取っておく。
てか、カインめ。
依頼完了報告とかちゃんと行けって言ってるのに、また忘れてるんだな。
まったくもー
「で、これ何の依頼?」
持ってきた依頼書は三枚。
ぱらぱらっと見てみる。
「えーっと……巨大魚の捕獲、世界一高い山の湧水を持ち帰る、砂漠でオアシスを作ろう計画の……なにこれ?」
どれも変な依頼だった。
「…………カゼロインスは一体何がしたいんだ?」
思わずバランも突っ込んじゃいますよね。
世界最高峰の狩人が受ける依頼じゃないって思う人もいるだろうけど、これらの依頼は何げにハードルが高い。それこそ世界最高峰レベルじゃないと危険が付き纏うような内容だ。
この巨大魚は人食魚でもあり、下手に近づくと喰われてしまうだろうし、船なんか簡単に粉砕してしまう凶暴な魚だ。
世界一高い山には竜が住んでいる。
当然、並の奴が近づけば死ぬこと間違いなし。運が良くても、湧水持ち帰ってる余裕はないと思う。
砂漠でオアシス。
この依頼書を見る限り、砂漠地獄という名称を持つ広大な広さの砂漠だ。
そこにいる魔物も平均で強いし、オアシスを作る計画をしていることからわかるだろうけど水もないし、避難するような場所がない。
「なるほど」
内容を見たあとで頷くバラン。
「依頼は意外と真面目に請け負うんだな」
「効率がいいですからね。普通は報酬を目当てにするものなんですが、カインの場合は暇つぶしのためですから。おかげで今回みたいに、依頼完了の報告漏れとかが多いんですけどね」
「暇つぶし、か」
その言葉に苦笑する。
まぁ、元狩人としては複雑だろうからね。
「人の役にたつならいいと思ってますよ。僕は」
暇つぶしでやってるにもかかわらず飽きたとか言って途中で放り出すこともあるんだけど。
難易度が極度に高いばっかりに、そんな理由で不履行になってるなんて露知らずの依頼人。おかげでペナルティを負ったことがほとんどないとかこの世の不条理を感じる次第ですよ。
「確かに、街を破壊されるよりはマシだな」
「まぁ……カインも最初から破壊する気はほとんどないんですけどね。一応、魔物関連が原因なのがほとんどなわけですし」
自分の生まれた村はカインが来る前にほとんど破壊されていたけれど、最終的にカインと魔物が追い討ちをかけたようなものだ。
もっとも、あの村の生き残りは自分しかいないので証言できるのも自分だけだけど。
「それにしても……微妙な依頼だなぁ。うってつけと言えばうってつけなんだろうけど……地味にカインに合ってない」
「そうなのか?」
「うーん……巨大魚は捕獲でしょう? 殺していいなら嬉々としてやるでしょうけどね……湧水持ち帰るってのも、途中で自分で飲んだりしそうだし。取りに行っても、ギルドに届けるのとかが面倒になって放置しそう。オアシス作るって、長期計画だし。絶対飽きると思う」
と、そこまで話したところでお客様のお帰りのようだ。
俺は勘定、バランは食器を下げにそれぞれ動く。
もうすぐしたらちょっと早めのお昼ご飯を摂る人がやってくるだろう。
そろそろもう一回スープを作っておこうか。
いつもの軽快なカランカランの音。
「いらっしゃいませーっと。レニーか」
「あぁ。クリームパスタひとつ」
レニーの席に着く前の注文はすでにいつものことになってる。
はいよっと返事をしたのと、もう一度カランカランと音が鳴ったのは同じくらいだ。
もう一度いらっしゃいませと声を出す。
入ってきたのは狩人が二人。若くはないが、中年とまではいかないくらい。
レニーが座ったカウンターの両隣に座る。
んん?
お昼の忙しい時間帯。ディアはメニューを持ってあっちこっちのテーブルをまわり、バランは両手に何皿も乗せて運んでいく。何げに皮膚が厚いので、熱い皿を持っても平気なのは助かっている。
かくいう俺も料理を作るのに忙しい。
もともと一人でやっていたからパニックにはならないけどね。
「バラン、ハンバーグ定食あがり! ディア、アイスティーとレート水よろしく!」
「了解」
「はーい!」
出来上がった料理と飲み物をお盆の上に置いて、次の料理に取り掛かる。
その際ちらっと、レニーとわざわざ彼女の両隣に座った狩人の様子を見る。
「おい、返事くらいしたらどうだ? レベリアート。」
「わざわざ俺らが声かけてやってるんだ、何も言わずに付いてくればいいんだよ」
うわ。
何だこいつら。ナンパ? 仕事メンバーのお誘い?
レニーは迷惑そうに顔をしかめている。
一応、客だしね。今後の態度如何によっては客じゃなくなるかもしれないけど、ゆで上がったパスタにクルココのソースをかけながら取りあえず聞いておく。
「お客さん、ご注文お決まりですか?」
むっとしながら男達は料理を注文した。
「焼肉定食」
「俺はオムライスだ」
了承の意を伝えたが聞いていないだろう。なんだか必死にレニーに話しかけてるし。
「バラン、クルココパスタ出来た。あと、これがカツサンドね。セットのフルーツ載せたら運んでいいから」
「マスター!コーヒー二つでーす」
「はいよ! ディア、定食のお皿にサラダ盛り付けといて」
レニーのことは気になるけど、今はゆっくり話を聞く暇はなさそうだな。
すでに用意してあるカットフルーツを皿に盛り、カツサンドのお盆に載せると、すぐにパスタを運んできたバランがそれをまた運んでいく。
ディアは盛りつけが終わったあと、指示する前に溜まってきていた洗い物を引き受けてくれていた。
パスタの麺をお湯に入れ、グロッコの肉をフライパンに乗せる。それに火が通る間にコーヒーを入れて、と。うん、店をやるようになってから手際の良さが上がった気がする。
おっと。お客様のお帰りだ。
代金はバランが受け取ってくれていた。
「ありがとうございました! ……ディア、コーヒー入ったよ」
「はーい」
ふぅ。そろそろピークは過ぎたかな?
「軽々しく触るな」
………
今のはレニーだね。随分冷たい声だった。
「あぁ? てめぇ、いい加減にしろよ?」
わーぉ。剣呑な雰囲気になっていた。
でも、お肉が焦げるから料理優先するよ。耳だけは注意を向けておこう。
「いい加減にするのはお前たちの方だ」
「粋がってんじゃねぇよ。所詮女のソロなんざ長続きしねぇ」
「ぽっくり死ぬんで魔物の餌になるのが末路だぜ」
「例えそうだとしても、狩人である以上それで構わん」
「強がってんじゃねぇよ!」
「仮に手を組むとしても、貴様らのような下賎な奴ではなくマトモな人間を選ぶ」
おいおいおい。
レニーさんたらそんな喧嘩売るような事言っちゃってからに。
で。
ある意味、予想的中といいますか。
椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がる両隣の男。お酒も入っていないのに顔が真っ赤です。
そんな男の一人がレニーの胸ぐら掴んで立たせようとした。
「このアマ! 生意気言いやがって!!」
レニーは迷惑そうに男の手を払いのけようとして、単純な腕力・握力じゃ敵わないと悟ったらしい。それでも対処しようと思えばできるはずだけどね。
「汚い手をとっととどけろ」
なんて宣っちゃいました。
うーん。レニーももうちょっと社交的に生きれれば楽なのにねぇ。やれやれ。
「お客さん。店内での暴力行為はお控えいただけますか?」
一触即発。
まさにそんな空気の時に、わざとのんびりした口調で言う。
「あぁ?」
「ここは食事をするところであって、喧嘩をする場所じゃありませんよ。はい、焼肉定食おまちどうさま」
カウンター越しに置いて、と。もう一人はオムライスだな。
「……ちっ!」
興が冷めたのか、男は乱暴にではあるけれど手を離し座りなおす。
「はい、クリームパスタ」
次にレニーへと渡して、と。
「む。いただきます」
レニーも姿勢を正して手を合わせる。
残った男も渋々ながら座り直した。
ふはははは、料理の前には誰もが大人しくなるのだ!
……なんちゃって。
調子に乗るところでした、すみません。
すぐにオムライス作るからもうちょっと待ってね、もう一人の狩人さん。
読んでいただきましてありがとうございます。




