お留守番
気づけばふらりと居なくなっていたカイン。
いつものことだと割り切って営業を続けていく。
途中、ギルドマスターが訪ねてきたりしたけど本人居なけりゃどうしようもない。
また来るとか言ってたけど。意気消沈した初老のギルドマスターの背中は、どことなく小さく見えたよ。
「バラン、そろそろ片付けよう。ちょうどお客様もいなくなったし」
五時頃、最後のお客様が出て行ったので声をかける。
今日はいいタイミングで捌けたな。いそいそ表の扉に閉店のプレートを掛けておく。
バランの勤務時間は五時半まで。
営業は5時だが、お客さんが五時までに全員帰るとは限らないし、後片付けがあるのでその時間に設定した。
バランに椅子を上げて掃除してもらっている間に自分はキッチンまわりの掃除。
それにしてもやはり一人の時より断然楽だ。
一番忙しいお昼時にはディアもいるし。常連さんも出来てきて楽しくなってきた。
「じゃ、ご苦労様でした。明日もよろしくお願いしますね」
「あぁ。こちらこそ頼む」
バランも帰路に着き、俺はどうしようかなと考える。
なんせカインがな……何処行ったんだか。まったく。取りあえず買い出しに出ようか……どうせカインのことだし、入口が閉まっててもどっかから入れるだろうしね。それともレニーかアルテナのところかな?
うーーーん……一旦、アルテナのところに行ってみるか。よし。
一般的に治安のいい居住区の中でも更に安全性の高い区画。
そんな場所にレニー達の家はある。
昔は治安があまりいいとは言えない場所に家があったのだが、女の二人暮らしということを考慮して引越しした。
「あら、レイン君。こんにちわ」
「おばさん、お久しぶりです。こんにちわ」
中にはレニーが狩人ということで嫌な顔をする人もいるが、大抵は二人を優しく見守ってくれているご近所さんだ。この家をよく訪れる俺にも良くしてくれている。このお向かいのおばさんもその一人。
「この間、アルテナちゃんからおすそわけを頂いたわ。ありがとうね」
「いえいえ、お口に合ったならいいのですけど」
「ふふ、とっても美味しかったわ。つい主人と一緒に食べ過ぎてしまったくらいよ」
おばさん夫婦は子宝に恵まれなかったけれど、その分俺たちを我が子のように可愛がってくれる。裏のない言葉と表情。そして無償の愛情は、子供だった俺やアルテナにとってとても嬉しいものだった。
しばらく世間話をしていたら、窓を開けたアルテナに見つかった。
「あれ、レイン? あ、おばさーん、こんにちわ!」
「あら。アルテナちゃん、こんにちわ」
「あっと。じゃ、おばさん、すみませんが失礼しますね」
「あらあら、全然いいのよ。お話できて楽しかったわ。ふふふ、私もそろそろ家に戻らないと主人が心配しちゃうわね」
にこにこと手を振って家に入っていくおばさんを見送ってから、俺もアルテナ達の家に入った。
「今ってアルテナだけ? カイン来てたりしない?」
入るなり尋ねると、若干むっとした顔をする。
あれ、不機嫌?
「来てないし、私だけだけど?」
「そっか。レニーも帰ってないよね?」
「……帰ってないけど」
どうしよっかな……
「んー……じゃ、レニーには伝言残しておくとして。カインが帰ってきたから、レニーとアルテナ誘ってお肉でもしようかと思ったんだけど。肝心のカインがまたどっか行っちゃってさ。帰ってくるかわかんないけど、せっかくだから一緒に食べよ?」
聞いてみると、一気に機嫌は良くなったのか満面の笑みに変わり「うん!」と元気な返事。
うんうん。
やっぱりアルテナは笑顔が一番似合うなー
「あ、まだ買い物してないから、帰りにちょっと付き合ってくれる?」
レニーへの伝言を書きながら聞いてみる。
よっぽどのことがない限り、今まで断られたことはない。
「いいよ。じゃ、出かける用意してくるね!」
予想通りの返事。
さて。何を作ろうかな。
◇ ◇ ◇
買い物を済ませて帰ってきたけれど、家は無人。
どうやらカインは帰ってきていないらしい。全く、あの人はどこをほっつき歩いてるんだか。
「レイン、私も手伝おうか?」
「大丈夫だよ。スープとか余ってあるし、さっき買ったお肉くらいしかやることないから。あ、でもカイン達が帰ってくるのに時間かかりそうだしお茶飲みたいかも。いれてくれる?」
「はーい」
晩御飯の下ごしらえをしている間にアルテナがお茶の用意をしてくれる。
さて休憩ってときにすぐお茶が飲めるって最高だよね。
あとは焼いて仕上げだけってところまで終わったので俺も座る。
お茶を一口飲んだタイミングでアルテナが言った。
「なんか、懐かしいねー」
「ん?」
「ほら。お留守番」
あぁ。なるほど。
俺とアルテナは子供の頃、お留守番係の方が多かった。それのことだろう。
昔はよく二人で、カインとレニーの帰りを待ったものだったな。
「おかげでお互い、料理の腕は上がったね」
カインもレニーも料理自体は出来る。
けれど、カインはいわゆる野外料理。簡単な味付けだけして、丸かぶりとか、そんなのが多い。レニーはまだマシだけど、栄養は偏るような料理しか作れない。狩人の大半は似たようなものらしい。
その分、俺とアルテナは家庭料理ならお手の物だ。
「レイン……変わったよね」
「そう?」
「うん。穏やかになった……っていうのかな。隠居したおじいちゃんみたい?」
くすり、と笑って言われてしまった。
ご隠居って……俺はまだ十六歳だよ……
とはいえ、確かに少し落ち着いたのは確かだろう。
「カインと一緒に旅をしてないからだろうね。カインと一緒だとなんていうか……はぁ~……」
思わず深々とため息をついてしまう。
「苦労人のため息だねぇ」
くふふと笑いがこらえきれていないぞ、アルテナさんよ。
まぁいいけど。
「アルテナだって、十九歳にしては落ち着いてる方だよねー」
「うーーーん、そうかな? 落ち着いてるっていうよりも、ぼけっとしてるっていう方が合ってる気がするけど」
「それもそうだねー」
「ちょっと! そこはそんなことないよ、とか言うのが普通じゃないかな?」
むぅっと膨れ面を見せる。
こういう顔と仕草は子供っぽいな。
思わず膨れた頬をつついてみたら、空気が窄めた口から溢れてぶふっと音が鳴った。
「あははははははっ」
「~レイン!!」
顔を真っ赤にして怒る。
いや、しかし今のは確かに間抜けだった!!
「……でも、ホントにさ。レインは変わった……」
ひとしきりひぃひぃと笑い続け、落ち着いた頃に再度アルテナが言った。
その顔にはすでに怒りはない。
初めてアルテナに会った頃の俺は、もっと感情が乏しかった。
そしてトゲトゲしかったというか、鋭かったというか?
自分でもなかなか可愛らしい子供時代だったなと思うよ。見栄を張ったり背伸びをしたり反抗してみたり、と。
そんな昔のことを思い出す。
俺も相当荒れていたよね。うん。
俺は苦笑しつつ返す。
「そりゃ、あれから何年たってると思ってるの? 変わるに決まってるでしょ?」
「そーなんだけど、そーじゃなくって。何ていうかさ、ほら。わかるでしょ~?」
「んー、ごめん。わかんない」
「うー」
「唸らないの」
ぺしっと頭を小突くと、そのまま机に突っ伏する。そしてその姿勢のまま、
「むぅ……もういいよ。お腹すいたっ!! 先に食べよう!!」
と喚きだした。
なんて子だ、全く。
「はいはい。」
そして、それを甘やかしてしまう俺。
ダメじゃん、俺。
そう思いつつも早速料理の仕上げに取り掛かる。
いざとなったら精霊頼みが出来るんだけどね。別にそこまでする必要も感じない。カインとレニーには悪いけど、アルテナの機嫌の方が重要なので先に食べることにします、と。
「…………レイン……」
「ん~? 何?」
肉に火をかけているので、アルテナの小さな声が聞こえづらい。
「……誰にでも……く、しないでね……」
「……ごめん、よく聞こえない。ちょっと待って?」
すぐに焼きあがるので、少しだけ待ってもらう。こっちのほうが確実だもんね。
手早く見た目を整え、盛り付け。
うん。我ながら華やかじゃないけど、無難だなと思う。
「スープよろしく」
アルテナにそっちをやってもらって、別料理に取り掛かる。って言っても、サラダとちょっとした一品ものだけだからすぐに出来ちゃうけどね。
二人分を机に並べてお互い席に着き、手を合わせる。
「で? 何か言いかけたでしょ?」
先ほど聞こえなかったので聞いてみるが、口の中に食べ物を詰め込んでいて話せる状態じゃなかった。
どんなけお腹空いてたんだか。
口いっぱいにしちゃって、まぁったくこれが年頃の娘さんの食べ方かねぇ?
「むぅー」
おっと。
呆れ顔になっていたかな、アルテナが若干怒った。
素知らぬ顔をして俺も肉を口に運ぶ。
「むぐむぐ……いーよ。別に大したことじゃないから」
「そう?」
「…………うん。」
そう言うのなら大したことじゃなかったんだろう。
20歳以下の3歳差は結構大きいよね。
アルテナの無駄な言動は書いていてちょっと楽しい




