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犬ではなく狼



 普段、うちの喫茶店の扉が開けば カランカラン って鳴る。


 なのにこの度、不思議なことに カララララララン とか違う音を奏でた。多分、勢いよく開けすぎたせいだろうね。扉が壊れなくて良かったよ……


「…………」


 ほとんどのお客さんの注目を集めた扉を開けた人物は、俺と目が会うなり「やーきーめーしー」と低音ボイスで呟く。


 いつもの黒い服で登場した狩人……カインは手近な席に座ろうとしたので待ったをかけた。


「カイン、すぐ作るから奥に荷物置いてきたら?」


 カウンター奥を指すと「む。そうか」と呟き大人しく従った。足取りは少し重い。大分お腹が空いているようだね。


「……今のって、カゼロインス?」


 カインが奥に姿を消してからようやっとディアが聞いてくる。


「うん。そう」


 俺はある程度用意していた焼き飯の仕上げにかかることにした。

 読み通り、焼き飯だったな。単純というか、なんというか。


「おい、マジで来たぞ……」


「マジで来ちゃったねぇ……」


「噂通り全身黒で、雰囲気が怖かったね……」


「ん~?」


 黒いってのはいいとして、怖い、かぁ。

 今は別にそうでもないと思うんだけど……知らない人ならそう思うのかな。お腹が空いててちょっと近寄りがたい感じだしね。


 カインは本当に荷物を置いただけみたいで、すぐに戻ってくる。

 奥の部屋から一番近いカウンターに腰掛けるとそのまま突っ伏した。


 俺としてはいっそ着替えてきて欲しかったんだけどねぇ……まぁ、それはないか。


 こうやってご飯が出てくるのを待ってる姿は、狼というより犬っころにしか思えない。

 ちっとも従順じゃないけど、ご飯の待ては大抵聞いてくれるんだよね。待たなかったらご飯抜きとか平気でされるのがわかってるからだけど。


「よし。カイン、できたよ」


 その言葉に反応して顔を上げる。犬なら耳をピクリと動かすところだね。


「はい。スープも飲むでしょ?」


 焼き飯大盛りを置くと、すぐさまスプーンを手に取る。

 はい、一口目いきます。

 二口目、三口目……っと頬を膨らませながら食べていく。ちゃんと噛めっつぅの。


 返事がないけどスープも置いておく。

 いずれ飲むでしょ。


「……なかなかの食いっぷりだな……」


 そうは言うけどジャック。お前も対して変わらないよ?

 むしろお前は食い散らかす。その点、カインはご飯のありがたみを知っているんだとか言いつつ、綺麗に食べる。あの食べ方で。


「……」


 無言だねぇ。

 みんな、食い入るようにカインを見つめちゃってまぁ……やれやれ。


 カインが帰ってきたっていうことは、今日は肉だな。

 アルテナは居るだろうけど、レニーはどうなんだろ? ギルド行ったほうが早いかな?


「ぷはーっ! 生き返った。」


 すごいスピードで食べきったな。


「コーヒーとビール、どっちがいい?」


「ビール」


「はいよ」


 昼間っからお酒とはなんちゃらかんちゃら……思わず言いそうになってやめる。拗ねたらあとが面倒。

 コップと瓶を一本置いておく。


「一応ここの奥、階段上がってすぐの部屋がカインの部屋ね。その隣が俺。奥が客間。左側は物置とかだから、まぁ適当に見といて。」


「おー」


 とくとくとくっと自分で注いでまずは一杯。

 いい飲みっぷりだね、相変わらず。お酒が美味しそうだよ……俺、ビールはあんまり好きになれないんだよね。


「っと。そうだ、レインー」


「はいはい?」


「ただいまー」


「……はいはい、おかえり。普通は焼き飯の注文より先に言うもんだよ」


 苦言を呈しておいたが、案外この「ただいま」「おかえり」のやりとりは嫌いじゃない。

 カインの方はといえば、俺とカインは血の繋がった兄弟ではないからこそ兄弟らしいやりとりが楽しいらしい。


 普段はあまり動かないらしい顔だが、こういう時はにへらっと子供らしい笑い方をする。


「「「っ!?!?」」」


 まぁ、それを目撃した人が驚くのはよくあることなので、今更どうも思わないよ。


「この前は聞き忘れたけど、今回はどうしてたの?」


「おー、滝で小熊と遊んだ。で、依頼で魔獣の巣ぶっ壊して回って、髭のジジイが遭難してたから村に届けておいたりしたぞ」


「へー」


 感心感心。

 今現在、カインは慈善活動中だ。それなりに人や動物に親切でいるようにしている。


「あとはブラブラしてたら、俺の捜索依頼を受けてた狩人に見つかってな。ギルドに行ったら、指名依頼が来てたから受けた」


「指名依頼? 久しぶりだね、それ。なんだったの?」


「フィルス国の神山を根城にした盗賊団の壊滅」


 フィルス国は宗教色の強い国で、水竜を神と崇めている。で、神山にはその水竜とその眷属がいる。

 大人しく穏やかな気性のおかげで、水竜達が国を襲ったという話はない。


 そんな国にとっては神聖な山に盗賊団のアジト。

 カインに指名依頼とは、よほど許せなかったのか……


「壊滅させたの?」


「あぁ」


 更にビールをコップに注ぐ。何倍目なのか、コップの半分位で瓶からは出てこなくなった。

 悲しそうな顔でこっちを見るので、もう一瓶渡す。


「そういえば、いい酒持ってたぞ? 国の巫女だか神官だかが持ってきたやつをくすねたんだろうよ」


「……飲んだんだね?」


「置いといてもしゃーねぇだろ?」


「そうだけどさ……ちゃんと水竜に許可もらいに行った?」


「怒りゃしねぇって。そもそも、あいつは酒とか飲まねぇんだしよ」


 呆れた。


「水竜に持ってきたやつなんだから、飲まなくても所有者は水竜なの。盗賊団と変わんないじゃん」


 供物なんだから、勝手にとった盗賊団もあれだけど、供物だとわかっててそれを飲んだカインもカインだ。

 そりゃ、神と崇める水竜への供物。

 安酒なはずはないだろうけど。


「……相変わらず、ぶっ飛んでいるな。カゼロインス」


 話を聞いていたイグニートが呆れた顔をしていた。

 やっぱ呆れるよね、うん。


「今の言い方、水竜に会ったことがあるのか?」


「あぁ」


「……フィルス国の人間でも、姿を見たという程度の奴が数人いる程度だというのに……はぁ」


 え?

 そうだったんだ?

 俺も会ったことあるけど……へぇー、そんなにも希少な出来事なのか。そうなると、久しぶりに人間と話したっていうのは年単位になる可能性があるのか。さすが長命種、感覚が違うな。


「ふん。しかし、お前も人並みに会話が出来るんだな。感心したぞ」


「…………」


 イグニートの言葉を無視するカイン。

 ゴクゴクゴクっといい音させてビールを飲み続けている。


「黒い狼も、弟には笑うんだな」


 尚も続けるイグニート。若干ニヤニヤしてるあたり、なんか嫌な奴って雰囲気があるな。

 で、尚もだんまりなカイン。仲、悪いのか?


「お前の笑った顔なんぞ初めて見たな。まぁ、見たところで嬉しくもないが」


「……ふん」


 タンっと音を鳴らしてコップを置き立ち上がる。

 ビールは飲み干したようだ。


「あ、カイン。寝るなら先に着替えてね。部屋に何着か服置いてあるから。手入れする武器とか天日干しするやつは三階でね。風呂は一階奥だから」


 部屋に帰る前に、と注意事項。

 感情の赴くままに行動する癖があるから、いちいち言わないとそのまま寝たりするからね。


「……」

「……」


 むすーっとしたまま奥に行く。


「あーあー、もう。イグニートさんのせいですからね」


「何がだ?」


「精神年齢低いんですから、あーいう言い方したら拗ねるんですよ」


 ごふっ

 がふっ

 ぶふーっ


 と。むせたり飲み物を吹いたり。何やってるの?

 マーニャさん、ドット、ジャックとそれぞれにナプキンを手渡していく。


「拗ねるって……」


 ディアがさっきまで座っていたカインの席をじっと見つめる。

 見つめたところで本人はもう出て行きましたよ?

 むしろ、見つめてるんだったらお皿とか回収してもらえませんかね? 動く気配がないので自分でやりますが。


「カインって口下手っていうか、考えがたまに子供っぽいというか。主語も抜けるし、脱線するし。それで会話があんまり成立しなくって、面倒になって無口になるんだよね。あと、話しているつもりで実際言葉に出してなかったりとか。クールに見られることがあるけど、そういうのじゃないから」


「なるほど。それでマスターは精神年齢が高いというわけか」


 それには苦笑するしかない。

 日常生活において、精神年齢は俺の方がカインよりも上なことが多い。


 けれど。

 カインは決して子供ではない。時に驚く程シビアで悟ったような考えを持つこともあるのだ。

 ……いや。

 あれはもしかしたら、子供らしい残酷さを持っているのかもしれない。無邪気に蝶の羽をちぎってしまうのと同じように、無邪気に魔物を屠る。生き死にに関して冷めているのは、まさしく弱肉強食の中にいてそれを享受しているから。


 それでもまだ、人の枠を外れたりはしない。


「あんまり余計なことしないでくださいね。この店潰れたりしたら恨みますよ?」


「善処しよう」


 イマイチ信用できないのはなんでだろうね?


「なんでカインと仲悪いんですか?」


「別にそういうわけではないが……敢えて言うのなら、気に食わないだけだ」


 そんなことを言うイグニートに、元を含むチームメンバーが視線を向ける。珍しいんだろうか。

 カインを嫌う人間ははっきり言って多い。

 理由は様々だ。

 立場、才能、性格、振る舞い。いくらでも挙げられる。


「……気に食わない、か」


「イグニがそんな風に言うなんて、珍しいね」


 バラン、マーニャが思わずこぼす言葉にイグニートは苦笑した。

 

「昔、少しばかり面倒を見ていた連中を奴が見捨てたことがあってな。彼らにも非があっただろうから責めるつもりはないが、やはり心穏やかにというわけにはいかん。だが……マスターのおかげで今はそれほどではなくなったかな」


「僕、ですか?」


「無口、無表情、無反応の三拍子とでもいうかな。それが昔抱いた黒い狼の印象だ」


 なるほど。

 でも、さっきのカインはよくしゃべるし、笑っちゃったりしたし、空腹にぐったりしたり満腹に機嫌をよくしたりと昔の印象をあっさり覆しちゃったというわけだね。


 …………うん。


 俺を拾って、カインは変わったと思う。

 レニーもアルテナも、昔からカインを知っているたくさんの人たちは変わったと言う。


 けれど、忘れてはならない。


「身内としては、当然良いように思ってもらいたいですけどね。でも、イグニート……カインは決して善人ではないよ。あんまり買い被らないようにしてくださいね。皆さんも…………やっぱりカインは、犬ではなく狼だから……」


 簡単には気を許さない。


 決して首輪を付けることは出来ない存在だから、気を緩めるのは禁物だよ。




バランがちっともしゃべってくれない。。。

頑張れ、従業員(笑)

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