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可哀想ってわけでもないんですよ

魔馬って、単純に魔法で通常よりも速く走る馬とかそんな感じでご想像ください。見た目は普通の馬です。

 お昼の忙しい時間帯も過ぎて、やっと一息ついた頃。


 イグニート達が顔を出した。


「いらっしゃ~い。何にする?」


 賄い料理も食べ終わってゆっくりしていたディアが真っ先に対応する。元チームメイトってのもあるけど、やっぱり笑顔の女性は華やかでいいね。


「あら、すっかりウェイトレスね。じゃ、ミックスサンドとアイスティーで」


「ハンバーグ定食、ご飯大盛りで頼む」


「ふむ、美味そうだな。私もハンバーグにしよう。ご飯は普通でいいぞ」


 マーニャさん、ジャック、イグニートがメニューも見ずに注文する。


「ん~……じゃ、俺もジャックと一緒で」


 ドットもメニューを手にしたものの、結局すぐさま直すことになった。


 みんなカウンターに座り、そのままディアとマーニャさんは世間話が始まる。

 一応ディアはお昼の忙しい時だけなので、すでに業務時間外と言っていい。


 イグニートはリーダーらしく? バランに声をかけた。


「どうだ、バラン?やっていけそうか?」


「あぁ。こちらは問題ない」


 言って、バランがこちらを見る。


「心配せずとも僕も問題ありませんよ。むしろ、思ってた以上に細かいところに気づいてくれたりして大助かりです」


 特にフォローというものでもなく、本当にそう思っている。


「ほぉ?」


「接客に関しては無愛想でいいという言質が取れているからな」


 僅かに笑って話すバラン。

 やはり元チームメイトは気安い存在なんだろう。







「そういえば、マスター」


 食事も半ばまで食べていたイグニートが、思い出したように手を止める。


「はい?」


「カゼロインスのことは聞いたか? ドミル王国の王城を崩壊させたとか言っていたが……?」


 俺は頷くと、今朝メイルーさんに聞いたことを話す。


「そーいや、昨日すぐに片付くみたいなこと言ってたな。カゼロインスにどうにかしろって言っといたとかなんとか……」


「ん? どういうことだ?」


 昨日、ドットにバランの家を案内してもらう途中で多少誤魔化しながらもそんなことを言った気がするな。

 眉根を寄せて聞いてくるイグニートって悪人面してるなぁなどと思いつつ。


「あまり大きな声では言えないんですけれどね。一昨日の夜、カインに会って迷惑だからどうにかしろって言っておいたんですよ。だから、なんていうか……カインが暴れるのは想定内だったというか、ね?」


 むしろ協力してきましたよ。更に、カインにかかってた賞金までちゃっかり貰ってきました。

 流石にこれは内緒にしておくべきだろう。


「……言っておいた? 会ったのか?」


「あー……うん。てへ?」


 バキッ


 ……え、何の音?

 あぁ、お箸が折れたのか。びっくりさせないでよ、もう。

 イグニートに新しいお箸を差し出す。


「悪い……イラっときてな」


「そーですか。すいません」


 多分、さっきの俺の言動のことだろう。うん。素直にごめんなさい。

 今度からイグニートの前ではしないように気を付けよう。


「イグニ。続きがあるんだ」


 再度食べ始めたイグニートに、バランが声をかける。


 そうそう。ちゃんと今朝、メイルーさんが落ち着いて食べ終わったあとにも話しておいたんだけどね。


「続き?」


「ギルドに迷惑が及ばないように、ちょっと工夫をね」


 にやり


 おっと。思わず悪い笑みが漏れてしまった。


「……マスター、何をしたんだ?」


「やだなぁ。僕は何もしてませんよ? ただ、カインは一昨日の晩にこの街を出て、昨日の朝にこの街に帰ってきたっていう記録が残ってるんですよね。まぁ、確かに? ドミル王国の王城が崩壊した時間帯は行方知れずですけれども、そんな数時間で往復できる距離じゃないよね?」


「…………」


「魔馬車で三日。魔馬を使っても一日はかかるよね?」


 そう。

 この街からドミル王国まで、どんなに早くても一日以上はかかるはずなのだ。


「確かに時間が合わんが……どんな手品だ?」


「やだなぁ。事実を言うなら、王城を崩壊させたのはカインじゃない誰かってことですよ」


 もちろん嘘だけど。


 だが、この街にカインがいたと証言するならばそうなる。逆に、崩壊させたのがカインでこの街にいたのが別の誰かともなるけれど。


「鵜呑みにすると思うか?」


「してくれると助かるとしか言えませんねぇ」


 こればっかりは自分にはどうしようもない。

 どうするつもりもないとも言えるけれど、要はギルドが都合のいい方……この場合、カインが崩壊とは無関係である方……を取ればそれが事実として勝手に処理してくれる。


 むぅっと更に眉間にしわを寄せて考え込むイグニート。


 バランはこの話を聞いた時点で、すでに訳がわからん、とすっぱり切り捨てた。

 まぁ、カインのことなんて真剣に考えるだけ無駄ってものだしね。


「僕としては、こちらに迷惑がかからないのならなんだっていいですからね」


 カインであろうと、別人であろうと邪魔なやつを蹴散らしてくれるのは大歓迎だ。もっとも、俺の場合はカインがやったと知っているわけだけれど。


「……ギルドもカインではない誰かの仕業なら、それに越したことはないと追求せんだろうな……」


 ふぅ、と呆れたようなため息のあと、食事を再開する。

 ギルド側としても、余計なとばっちりなどごめんだろう。


「ま、多分もうすぐしたらここに来るよ。本人」


 近くにいれば、なんとなく分かってしまう。

 精霊が気を利かせて教えてくれるのか、第六感的な何かなのかはよくわからないけれど。

 予想というよりは確信。


 何気なく漏らした言葉に反応したのは、マーニャさんだった。


「来るって、カゼロインスが?」


「多分ね」


「もうすぐって……近いうちにってこと?」


「んー……早ければ十分もすれば来るんじゃないかな」


 そして言うんだろうな。焼き飯食いたいって。

 久しぶりに会うとこれだもんなぁ……うん。もう用意しておくか。よし。


「冗談だろう? いくら魔馬で一日とはいえ、休憩なしの全力疾走でその時間だ。王城崩壊から今では単純に無理だ。そもそも、十分くらいで来るという根拠がわからん……」


 とか言いつつ。

 イグニートは馬鹿にした風でもない言い方。なんというか、自分に言い聞かせるような?


「あー……あの人、常識から外れてるみたいですから細かいことは気にしないほうがいいですよ」


 俺としてはカインが常識だったから、あの距離をこの時間で移動できないという世間のことのほうが驚きだった。

 いやぁ、懐かしいなぁ。

 細かいことは気にするなって俺も言われたんだよな。


「……ねぇ。前から思ってたんだけど………カゼロインスと仲はどーなの? いいの?」


 黙り込んだイグニートの代わりか、それともただ純粋に気になっていたのか。

 マーニャさんが突然そんなことを聞いてくる。


「仲はいいと思いますよ?」


「…………ダメだ。弟と仲のいい黒い狼とか想像できねぇ」


 いつの間に食い終わっていたのか、ジャックが会話に混ざる。

 ドットも食べ終わっていた。


「いやいや、でも黒い狼も元は人の子……子供時代とかどうだったのさ?」


「ドットったら……元は人の子って、今は人間じゃないみたいな言い方になってるから」


「まぁまぁ、マーニャ。それくらい気にしない。で、どうなのマスター?」


 コーヒーの準備をしつつ、子供時代を振り返って……みなくとも答えは出ている。


「すいませんが、僕はカインの子供時代は知りませんねぇ。カインに拾われたのが十年くらい前なんで、成人はしてなかったですけど、子供でもなかったですから。この街に古くからいる人の方が知ってるんじゃないですかね?」


「「「え?」」」


「ん?」


 みんなびっくりしたような顔をして凝視してきた。

 微妙に怖い。


「ど、どうしました?」


「どうしたって、おま……」


 あんぐりと空いた口が塞がらないって感じになったジャック。

 なにこれ、面白顔コンテストに出したい…!!


「拾われたってどういうこと?」


 いち早く立ち直ったマーニャさんが聞いてきた。

 あぁ、なるほど。

 それで驚いてたのか。ふむ。


「生まれた村は魔物に襲われてなくなっちゃったんですよね。で、一人行き場がなかった僕をカインが拾ったんです。それでラルヴァリルの名前もらって、弟として今に至るって感じですねー」


 さらっと言ってみた。

 当時はそれなりに大変だったけど、わざわざ今言わなくてもいいしね。


「…………」


「あれ? そんな神妙な顔せずとも、昔の話ですし。結局、今はこうやってカインの無駄に稼いだお金がたんまりあるんで好きに生きてられるわけで……可哀想ってわけでもないんですけどね?」


 そうなのだ。

 カインは金遣いが荒いが、物への執着はない。あれでも最高峰狩人なので稼ぎはいい。実は、お金は貯まる一方なんだ。


 おかげでお金に困ったりしたことはない。


 今ものんびり暮らしていられる。周りが思うほど辛い生活は送っていないのだ。

 ま、カイン絡みのトラブルは諦めてるけれどね。


「でも、なんだって……その、カゼロインスはマスターを拾ったんだろ? そんなことする性格には思えないけど……?」


「偶然かもしれませんし、気まぐれかもしれません。本人もわかってないですから」


「そうなの?」


「そうなんです。でも、理由なんてどうでもいいですよ」


 俺は思わず笑ってしまう。


 どんなに滅茶苦茶でも、どんなにトラブルに巻き込まれても。

 俺はカインとは縁を切るつもりはない。


「今は俺を大事な弟だと言ってくれるんです。それで十分ですよ」


 俺に無茶振りをするし、面倒事を押し付けてくるけれど。

 最後は結局、仕方ないなぁ、で終わってしまう。


 それはきっと、俺が本当にダメな時は絶対に助けてくれるという信用。

 俺が手を伸ばせば気づいてくれるという信頼。


 本当に俺を大事に思ってくれているという実績。


 これ以上望むものなんてない。

 




 あの日。

 家族も友達も村も、たくさんの魔物が押し寄せて来て、すべてが飲み込まれ失った。


 たまたま近くにいたカインが、村に押し寄せた魔物を次々と屠っていった。


 それは村を助けに来た勇者でも英雄でもない。


 ただ、魔物を殺すことに生を見出していただけの戦闘狂。


 凄惨な光景だっただろう。

 悲劇が渦巻いていたのかもしれない。

 それともただただ、残虐で醜悪なだけのモノだったかもしれない…………


 自分の身だけを守っていた俺は、そこで何が起こったのか、どうなっていたのか知らないけれど。

 すべてが終わったあとに、残ったのは俺とカインだけだった。





過去のこと、さらっと言いました。

なんとなく中途半端ですが、今回はここまで。

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