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心配の必要なし



「おはようございます」


「……はよ、ございます」


「あぁ、僕には気を使わなくていいですよ。年下ですし」


 翌日。

 朝七時からで良いんだけど、最初だからかバランさんは十五分前に来た。


 朝一番のお客さんはまだいないのでちょうどいい。


「だが、雇用主だ」


 わりと生真面目な人だ。

 でも、俺も肩こりたくないので却下。


「じゃ、雇用主として堅苦しいのはなしってことで。僕のはクセみたいなのがあるんで許容してください。バランさんは僕とは違うでしょ?」


「…………」


「僕も結構気安く話しかけてますし、おあいこって事ですよー」


「……わかった。気に入らなければ言ってくれ」


「はいはい。じゃ、取りあえずこっちに来てもらえます?」


 まず基本的なことから。

 この喫茶店の奥は居住スペースになっている。ちなみに二階と三階もあります。


 二階・三階は完全俺のプライベート空間。二階に俺とカインの部屋がある。他にも客室とか物置とかいろいろ。一応二階には別に入口も付いていますよ。非常口みたいに……誰かのせいで避難経路の確保とかしちゃうあたり、悲しい性だな。


 三階はほとんど屋上。


 一階の奥には軽く休憩も出来るスペースがある。

 とりあえず荷物なんかはここに置くようにしてもらう。


 制服は特に作っていない。

 一応、服の上にエプロンを付けるだけとなる。黒いエプロン……まぁ、全くおかしいという訳じゃないのでよしとしよう。


「えーっと。まずメニューを覚えておいてください。とりあえずの主な仕事は注文を聞く、運ぶ、皿洗いってところです。あとは掃除ですね」


 メニュー表を渡して目を通してもらう。

 ま、喫茶店のメニューなどどこも似たようなものでしょうとも。


「最初に言いましたが、無理に愛想を振りまく必要はありません。まぁ、やたら凄んだりとかされるのは困りますけど、そんな心配は必要ないと思いますし。最低限の声かけ……注文を聞くとき、品物を持ってきたときのお待たせしました、とか。そういうのだけしてくれれば文句はありません」


「それでいいのか?」


「えぇ。サービスのいい店なら商業区なんかにいくらでもありますから、そっちへ行ってもらっていいですし」


「……」


「ここの客層は、ギルド所属の狩人や商人、それとギルド職員さんです。その程度で問題を起こすようなら別の店に行ってもらったほうがいいんです」


 きっぱりとした言葉に少し面食らった様子。


「お忘れですか? 狩人さんなんかは街に戻ってきてそのままここに入ってくることもあります。正直、身だしなみが綺麗でない人は多くいます。そういう人が入れる喫茶店です……サービスのいい店がお客を選ぶように、うちも選んでるだけですよ」


 愛想がない程度で問題を起こすなら、剣やら斧やらを持ったまま入ってくる狩人をどう思うのか。

 さらに、衣服や武器に血がついたままだったら?

 何日も旅をしていた人が、お腹が空いて身奇麗にせずにまっすぐここに入ってきたら?


 そんなことに文句を言う客はうちにはいらない。


 そういう人でも入れる喫茶店。

 それが最初にあるのだから。


 カランカラン


「いらっしゃいませ」


 おっと。誰かがいらっしゃった。

 バランも対応しようとするけど、手で制止する。


「お好きな席へどうぞ」


 まだ若い狩人が二人。

 入口近くの席に座った。


「まぁ、とりあえず僕が行くので見といてください」


 二人はバランが何も言わなかったことについては全く気にしていない。というか、気づいていないだろう。


「ご注文は?」


 普段は覚えきれるからやっていないけど、今はバランへの見本をしているところだ。

 ペンとメモを手に聞く。

 慣れるまではこうやって間違わないよう書いてもらおうと思ってね。


 二人共モーニングセットのご注文、と。


「じゃ、バランもカウンターの中に入ってくれる? 一応、作っているところ見といて」


 しばらく作ってもらう予定はないけど、一応ね。

 手際よくパンと飲み物を用意していく。これはもう、慣れじゃないかなと思う。センスもあるだろうけど。


 ところでバランは年上だけど従業員ってことで、呼び捨てになった。

 その代わりと言ってはなんだけど、バランも俺のことは呼び捨てでお願いした。これから一緒に働くのに、敬称なんてつけてたら面倒だしね。


「よし。これで完成。これくらいの量なら一気に運べるけど、量が多くなったら食べ物と飲み物は別で運んでください。その時は、飲み物を先に運ぶようにしてくださいね」


 慣れるまでは無理して運ばないこと。

 これは鉄則だよね。

 慣れてしまえば、倍以上の量を一気に運べるんだけど。


 まぁ、俺もバランもぼちぼちやっていくしかない。









 カランカラン


「いらっしゃいませー」


 なんだか、音が鳴ったらいらっしゃいませ、ってのは癖になったな。


 そんなことを頭の隅で思いながらお客様の顔を拝見……っと。

 常連になりつつあるギルド職員のお姉さん、メイルーさんですか。今日はランチですかね?


「お待たせしました、オムライスです」


 カウンター近くのお客様へオムライスを渡す。

 バランは洗い物中。


 思ったとおりカウンターに座った彼女だが、いつもはいないバランに「?」状態。


「メイルーさん、何にします?」


 カウンター内に戻りがてら声をかけると即座に「ミートドリア」と返事が来る。

 決めてきてたんですね。もう立派な常連さんです。


「で、マスター。なんでバランさんが?」


「雇用しました」


 端的に答える。

 彼女がバランを知っていた経緯なんかは別に気にならない。ギルド職員と元狩人。知ってて不思議は何一つない。


「なんか意外というか……でも、そうですよね。あんまり若い女の子ってのも不味いか」


 一人うんうん頷いている。

 お昼時で忙しいので放置しておこうっと。


「それよりもですね、マスター?」


 ……無理か。


「はい?」


「黒い狼のことなんですけど!」


 ……まぁ、言われるとは思ってましたよ。


「進展ありましたか?」

「ありましたよ、っていうか、もう……頭が更に痛いですよぉーーーー!!」


 カウンターで泣かないでくださいよ。

 まぁ……一応聞いてあげますかね。

 

「聞いたほうがいいですか、そっとしておいたほうがいいですか?」


「聞いてください」


「……だそうですよ、バラン。たまには雑談に付き合ってあげてはどうです?」

「……遠慮する」

「ますたぁぁぁぁぁぁーー、何ですかそれ、私の話は聞きたくないんですかぁぁぁぁ!?」


 厄介そうだったのでバランに振ってみたけど……やっぱりダメだったか。

 だがしかし。

 こちらもこちらの都合というものが存在するので。


「聞きたくはありませんねぇ」


 にこっと邪気のないような笑顔で答えておく。


 目に涙を貯めたメイルーさんがピシリと固まった。

 ふふふ、面白い人だな。


「ミックスピザとクリームパスタあがり。お願いしまーす」

「了解した」


 バランも午前中だけで慣れてきたようで、出来上がったばかりの料理を問題なく運んでいく。

 思った以上に出来る人だった。

 細かいところまで気がまわるようで、表情や感情は不器用でも料理や給仕に関してはわりと器用。


「ますたぁー、聞いてくださいよぉぉぉ」


 お客の反応も悪くない。

 案外掘り出しだったのかも。これはラッキー。


「まぁすぅたぁぁぁぁ」


 やっぱり一人でやるよりも断然楽だなぁ……


「無視しないでくださいって。ねぇ? 聞いてます?」


 おぉ。ちゃっかり空いたお皿を下げてきてくれるとは、出来る人だ。

 バラン、あんたはすでにそんな技能を習得していたのかっ!?


「うぅぅぅぅ、ますたぁー……お願いします、聞いてくださいぃぃぃ」


「……あぁ、もう。はいはい。聞きますよ。何ですか?」


 目の前でこんなけ言われると流石に無視できなかった。

 意志薄弱とは俺のことだ。

 とはいえ、最初から聞く気はありましたけどね。負け惜しみじゃないですよ?


「あのあとドミル王国、大変なことになっちゃったんですよ! なんでも、夜中に黒い狼を捕らえたらしいんですけど!」

「はいはい」

「そのあと、なぜだか王城崩壊したらしいんです!!」

「へぇー」

「なんでも突然柱が壊れたらしくって。でも、その前にサザラ公妃様が壊れるかもしれないからって避難させてたらしいんですけどね。どうやらその時の証言から、王城を崩壊させた犯人は黒い狼らしいんです」

「ふーん」


「…………ふーん、じゃありませんよっ!!」


 おぉ。

 怒った。


「黒い狼、つまるところカゼロインス=ラルヴァリル、んでもってマスターのお兄さんが!!」


 ……いや、そんなわかってることを力強く言われても……


「一国のお城を壊したんですよっ!?」


 拳をぐっと握りしめて、力強く言った。

 熱いね、メイルーさん。いきなり泣いたり怒ったり力説したり……まさか情緒不安定なのか?


「マスター! 分かってます? お城を壊したんです、何十、何百人が働いている、お国の象徴と重要機関ですよ? それを壊したんですよ? どういうことかわかりますかっ!?」


「あぁ、うん。えぇっと。ドミル王国は混乱中で、カインの賞金がどうとか言ってる場合じゃなくなったね?」


「ちっがぁぁぁぁぁう!」


「え、違うの?」


「違わないけど、そういうことじゃなくって! あぁ、もう!!」


 女性がそんなに頭を掻き毟るものじゃありませんよ。


「……相変わらず無茶苦茶だな、カゼロインスは」


「今に始まったことじゃないからねー」


「ドットに聞いたときは驚いたが……本当に兄弟なんだな……」


 流石にバランも元狩人だけあってカインを知っていたし、興味もあるようだ。

 ていうか、若干俺にも呆れた様子なのはなぜなんだろうね?


「あのですね、マスター?」


 お。復活したね。

 随分お疲れの様子だよ、メイルーさん。すぐにドリア作るから大人しくしといてね。


「これはテロですよ。ドミル王国対黒い狼の戦争になるかもしれません。とんでもない事態なんですよ? いくら何でも死んでしまうかもしれません!!」


「大丈夫ですって。心配性ですねぇ」


「マスター!!」


「今回のことでドミル王国は懲りて、カインに手は出さなくなると思いますよ。仮に今後も命を狙うなら本格的にドミル王国が滅ぶだけです。今のカインはちゃんと一回目は殺さないように気をつけてますからね。その分、二回目がないようにたっぷり脅すんで……ま、大丈夫ですよ」


 よっと。

 出来上がりーっと。

 ご注文のドリアを「どうぞ」とメイルーさんへ差し出す。


 これでひと段落かな?


「…………あの、マスター?」


「はい?」


「えっと……大丈夫っていうのは…………誰が大丈夫なんですか?」


 なんと不可解な質問だろう。

 そんなの決まっているじゃありませんか。


「ドミル王国の国民でしょう?」


 偉い人のせいで巻き添えくってご臨終なんて可哀想すぎる。

 キレたらカインは見境がなくなってしまうから、俺も庇いきれないしね。運がなかったと諦めてもらうのは……やっぱり可哀想。


「カゼロインスの心配はしないんですか?」


「だって必要ないでしょう? あの程度の国が足掻いたところで、遊ばれるのがオチですよ」



「…………」



「ですから心配せずに、ゆっくり召し上がってください」


 出来れば熱いうちにね。




わりと社会経験が不足していなかったレイン君でしたが。

やっと、常識はずれなところの一角が出せましたね。

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