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せっかくなので従業員募集

初めて通貨単位が明らかに……もう面倒なので、円の代わりにルビと思えばいいよー(笑)今のところ、お金に関して細かい描写を書く予定はない。

 たどたどしい手つきで、俺の頭を撫でる。


 しばらく無言で、俺も何を言っていいのかわからなくて……撫でる手が、ぎこちなくても優しくて。暖かくて。されるがままに撫でられた。


 やがて、彼は手を差し出す。


「?」


 それがどういう意味かわからず、じっとその手を見ているだけだった俺に、彼は小さな声で……けれども何故か、しっかりと聞こえた。


「俺と来るか?」


「……うん」


 頷いて手をとった。

 反射的に、答えて動いていた。


 差し出された手も、彼の服装も血で汚れていたけれど不思議と怖いとは思わなかった。






 ◇ ◇ ◇





「……懐かしい、夢だなぁ……」


 どこかぼうっとしながらも、上体を起こす。


 眩しい。

 そういえば朝方に寝たんだった。

 えーっと……お昼すぎくらい、かな?


 カーテンを開けて太陽の位置を確かめる。

 その際に大きなあくびをしたのはご愛嬌。


「さて、と」


 店は臨時休業にしたとはいえ、明日は通常営業の予定だ。あとで仕入れに行かないとな。

 そうそう、誰か雇用するかも考えておかないと。


 あ。

 そうだ。あの人とかどうだろ?

 いきなり本人突撃よりもまずは情報収集かな。つーわけで。


 精霊術の出番です。

 人探しは得意なんです、風精霊、とね。


「よろしく~」


 さてさて。じゃ、出かける準備もしておきましょうかね。









「イグニートさん、今日はお休みですか?」


「どちらかと言えば、それはこっちの台詞だな」


 思った以上に早く見つけてくれた精霊さん。わりと近くにいた。つか、ギルド内にいました。

 思い立ったら即行動!

 といっても、身支度はきちんとしましたよ。まぁ、少々髪が跳ねたりしているのは気にしない。そんな非道い寝癖ではないし。


 そんなのはどうでもいい。

 とにかく、ラフな格好ではあるけれどギルドに到着、目当ての人発見、で、声をかけたと。


 こんな真昼間にこんなところにいるってことは、今日は外に出ないってことかな?


「おーい、イグニ。この………あれ?」

「ども」

「マスター、どうしたんだ? 今日は休みだよね? もしかして、黒い狼のことで?」


 ドットさんが片手に紙を持ったまま近づいてくる。

 無駄に迫力。メインが弓なのにこの筋肉……あんた絶対前衛向きだよ。


「いえいえ、今日は従業員探しでお休みなんです」


 本当はしんどいからって理由だとは言いませんよー


「従業員探し?」


「えぇ。イグニートさんたちのお仲間の、転職希望の人がいたじゃないですか?雇用先が決まってるのか聞こうと思って」


 大男で愛想はあんまりなかったけど、場所を考えるとか弱い女の子とかはないよねー

 女性客中心だと考えれば、独身の若いイケメンさんもありだけど、それはそれでトラブルに発展しかねないしさ。


 そんなわけで、一応妻子持ち、元狩人っていうのはアリじゃないかと。

 一般的には俺ってまだ子供枠だし、弱っちいように見えるし。まぁ、用心棒なイメージも出来てよさそうってのもある。


「バランか。うん、いいんじゃないかな。ね、イグニ?」

「あぁ。料理の類も一応出来るしな……ただ、すでに雇用先を見つけているかどうかまでは聞いていないな……」


 ふむ、なかなか悪くないようだ。


「じゃ、本人に直接会ってきましょうかね……ってわけで、どなたか案内とかしてくれると助かるんですが? コーヒー1杯無料でどうです?」

「乗った!」

「おい、こら。ドット、お前……」


 ノリよく答えたドットは持っていた紙をイグニートに押し付けつつ、


「じゃ、俺は行くんでー!」


 素早く片手を上げて去る。その際に俺の腕を掴み引きずっていくことを忘れない……ってか、馬鹿力だな! お前、本当に前衛やれよっ!


 やれやれ、とため息を吐きつつ俺に軽く手を振るイグニート。

 止める気も、俺を助ける気もないらしい。

 仕方ない、俺も諦めて引きずられるか……


「確かバランの家にディアが転がり込んだ感じなんだよね~」


 道中、わりかしどうでもいい情報をもらいつつ。


「それで、黒い狼の件はどうなったの?あれで休業したんだと思ってたんだけど?」

「あぁ、じきに片付きますよ」

「……え、なにその断言」

「ちょっと昨日、義兄さんにどうにかしろって言っといたから」

「……え、なにそれ。黒い狼ってこの街にいたの?」

「まぁ、そんなかんじ」

「……え?」


 昨日の出来事を誤魔化したり。


「ドットさんは今日、お仕事の方はいいんですか?」

「あぁ、うん。今日は珍しく書類整理の日だからね」

「……書類整理!?」

「イグニは几帳面だからさ。いつ、どういう依頼を受けて結果はどう、報酬はどうした、とか。簡単にだけど記録してあるんだよ。狩人でこれをやってる人は2割くらいじゃないかなぁ」

「うん、初めて聞いたよ……」


 カインはそんなこと一切やってなかったな。

 狩人っていってもいろんな人がいるわけだよね。


 なんだかんだと話をしていたら普通の居住区まで来た。

 レニー達の家は商業区に近いから、こっちの方はあんまり来ない。


「マスター、ここだよ」


 表通りからは一本入った道沿いになるが、それでも明るい通り。

 同じような家が五つ六つ並んだところの一つを指差す。


 幅は狭いが、2階建ての家はそこそこきれいな建物だと思う。


「おーい、バランいる~?」


 ゴンゴン


 どう聞いてもノックというより扉をぶっ壊そうとしているような音に聞こえるが。本人は軽いノックのつもりなんだろう……

 しばらくして扉が開く。


「もー、ドットさん! そんな叩き方したら扉壊れるわよ」

「大丈夫だって!」


 ひょこっと顔を出したディアさん。

 文句もほどほどに、ドットと俺の顔を見て……あれ? っという顔になる。わかりやすい人だな。


「あ、バランいる?」


 俺のことは説明なしにドットは聞いた。

 戸惑いながらも相手がドットということで彼女は「え、うん。あがる?」と聞いてくる。


「じゃ、お邪魔さまっと。マスターも入って~」


 ……人ん家なんだけどね。


「お邪魔しますね。」


「どーぞ。バランー、お客さん~! ドットともう一人~」


 パタパタパタっと家の中に戻っていくディア。

 うーん、こういうのって若奥様ってかんじだね。微笑ましいというか。


 ドットは勝手知ったるというふうに……いや、知っているんだろうけどずかずかと迷わずに進む。とりあえず俺も付いていくしかない。

 

 入ったのは多分リビング。

 広々としたスペースで、真ん中に机が置かれている。


 ドットが迷わずに椅子に座ったので、俺も座って待つことにした。


 まぁまぁいい家だ。ちゃんと陽の光も入ってくるし。成人が3人で暮らすには窮屈そうだけど、夫婦と赤ん坊なら手頃な大きさかな。


「悪いな客人。待たした」


 やがて大男が出てきた……いや、バランがやって来た。


「いえ、急にすみません」


 ドットはどうでもいいらしい。

 すぐにどかりと俺の前の椅子に座る。


「……失礼だが、あんたは喫茶店の?」


「えぇ。レイン=ラルヴァリルといいます。ギルド前の喫茶店のマスターやってます」


 喫茶店のマスターがなんの用だ?

 目が語ってましたので、お答えしましょう。


「ところでバランさん、再就職先って決まりました?」


「……いや、まだだが……」


 ちらり、と目線がドットへ動く。

 どういうことだと説明を求めている模様。ふっふっふ、それには私がお答えしましょう!


「バランさん! ウチで働きませんかっ!?」


 おっと、つい勢いがついてしまった。


「……は?」


 あまりの勢いに呆然とするバランさん。すみませんね。

 コホン、と。


「実は思っていた以上に一人での営業が大変で。従業員を探そうと思って……で、あなたのことを思い出したんです。はっきり言って、今の常連さんは女性客ばかりで物騒さとは程遠いんですけれど、やはり区画が治安が悪いイメージですし。稀でしょうけれど荒々しいお客も来店します。そう考えると、元狩人の方っていうのは安心なんですよね」


「……」


「それに、駆け出し狩人さんとかに雑談混じりにアドバイスとかもいい顧客収集アイディアだなぁと思ったりもしてます」


 にやり、と笑って付け足すと聞いていたドットが乾いた笑いをこぼす。


「ぶっちゃけたなぁ」

「営業努力していると言ってください」


 一応お金に困っていないとはいえ、利益を確保するつもりでいるんですからね。 


「……こう言ってはなんだが、俺はあまり愛想ができる方ではない。だからといって、料理が上手いかと言われると首を振らざるを得ない。向いていないと思う」


 うん、ソウダネ。

 愛想がないわ、声はどっちかいうと低いし、体つきもでかくてごっつくて暑苦しい……じゃなかった。怖いって表現のほうがいいのかな。


 でも忘れちゃならんですよー


「さっきも言いましたが、区画が区画ですからね。愛想は僕が振りまく方なんでそのままで問題ありません。料理も全くできないわけじゃないでしょ? 軽食しか置いてないし、基本は僕が作りますのでその補助程度で大丈夫です」


「今まで狩人しかやってこなかった。器用ではないぞ」


「んー、随分謙遜しますね? やっぱこういう仕事よりも、力仕事とかのほうがいいですか?」


 もしかして遠回りに断られているのかな。

 でも、特にそういう顔はしていない。カインとかレニーとかわりと無表情多いからねぇ、そういうのを読むのは慣れているんですよ。

 

 多分この人は本当に不器用なのだろうねぇ。

 器用なら、あの時揉めるようなこともなかったわけだし。損な性格だ。


「ディアさんはどうです? 喫茶店なら、まぁ、危険は低いほうだと思いますけど?」


 少し離れた場所にいたディアさんにも聞いてみる。

 狩人をやめるきっかけはこの人だから、再就職も関わってもいいと思います。


「私は……それはやっぱり、そんなに危険じゃなさそうだしいいとは思うけど……」


 本人の意思を尊重したいってわけね。

 じゃ、次の話をしますか。


「ちなみに、お給金なんですけれどね。はじめは研修期間って感じで……まぁ、八日で五万ルビ。とりあえず続けられそうなら日給一万ルビとして月払い。定休日は五日に一回休みってところです。狩人時代と比べれば大分落ちると思います」


「……日給一万ルビか……確かにな」


 狩人を除く街の平均月給はだいたい二十五万ルビだったはずだ。

 だからそのまま平均を当てはめたが、狩人はハイリスクハイリターン。たまに収入ゼロの人もいるだろうけど、イグニートのチームなら倍の五十万くらいは稼いでいただろう。


「で、今のところ特に問題は起こってませんが……まぁいずれ問題が起こるとは思います。危険はほとんどないですけど、一応元狩人ってことで用心棒的な意味合いを持たせてほしいので、バランさんなら用心棒手当として月五万ルビ上乗せします」


 それでも狩人時代よりは落ちるけど、どうせこの話を蹴って街中の仕事をしたって危険のない仕事ってのは似たりよったりの賃金だ。


「……バラン、悪い話じゃないと思う」

「あぁ」


 お、よしよし。

 あともうひと押しか?


「勤務時間は七時から五時半。休憩は午前中と昼過ぎに一回づつ。ちなみに昼食は賄い料理作るので不要です」


「おぉ、賄い料理いいなー」

「お金払ったら特別に作ってもいいですよ?」

「払ったら意味ないだろ」


 って、こら。

 交渉の場に茶々をいれるんじゃないよ、ドット。


 しばし考えた様子だったけど、うん、と頷くとバランは真っ直ぐに俺を見た。


「こちらとしてはその条件に文句はない。本当にいいのか?」


 どこか不安そうに聞く。

 よほど自分が喫茶店に不似合いだと思っているようだ。


 まぁ、確かにごつくてデカイ男がやってる喫茶店てイメージわかないけどね。


 俺はにっこり笑って答えた。


「もちろん。勧誘に来たのは僕ですよ?」


 こうやって無事、喫茶店従業員を確保しました。



 ちなみに。

 まだそれほど体に負担がかかっていないディアもお昼時の忙しい時間だけ手伝ってくれることになった。


「賄い料理食べてみたかったの」


 なんて言って、お昼を出したらお給料はいらないとのこと。

 まぁ、適度な運動は必要だって聞いたことがあるし。そのへんも様子みながら決めていこうかな。

 彼女も元狩人だし、問題はないでしょ。男二人のムサイ喫茶店よりも華があっていいじゃないですか。


 そんなわけで、臨時バイトさんも確保!




ここで同年代くらいの親友とか女の子が出てこないとは!?

何が悲しくて妻(子)持ちのムキムキマッチョの男を導入しているんだろうね、私……(をぃ)

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