オーロラ・ダンス
空は一面のオーロラが覆っていた。
緑色のオーロラがカーテンのごとく、ひだを巻いてゆらゆらと揺れている。
真っ暗な街の上空を星とオーロラだけが輝いていた。
「悪くないねえ」花がため息まじりの声を出す。
「……この状況でよくそんなことが言えるよな」葵は呆れる。
「だってキレイじゃん」
「そりゃまあ、うん、そうだな。キレイ、だな」歯切れ悪く答えて葵は隣りの花を見た。
オーロラのあかりのもとで見る花は目を輝かせていた。薄ぼんやりとしか見えないのに、
不安とか恐れとか、そういった感情は一切いだいていないかのような顔つきに見えた。
葵は口元をほころばせる。
うん。そうだな。花とふたりっきり。こうして都会のど真ん中でオーロラを眺める。悪くないな。できれば手を伸ばして、その肩に、その髪に触れたいのに。もっと言えばその唇に触れたいのに。
「海も見ているかなあ」花は想い人の名前をぽろりと口にする。
「……あいつは今ごろ事態復旧に向けて猛烈な勢いで働いている」
あはは、そうだね、と花が笑う。
葵は唇をかみ締めた。いつまで続くんだ。この不毛な三角関係は。もういっそのこと、永遠に空にオーロラがあればいいのに。
葵はすがる眼差しでオーロラを眺めた。
*** *** ***
事態が起きたのは数時間前。
突然、停電が起きた。大停電だ。数百万人規模のこの街から灯という灯が消えた。
原因は太陽だった。
太陽面爆発が起きたのだ。それも未曾有の規模での大爆発だ。爆発は強烈な磁気嵐を起こし、地球を直撃した。
直撃した磁気嵐は激しいオーロラ嵐を起し、送電システムを破壊して、こうしてこの街にオーロラを見せているという事態だった。
……復旧の目処は立っていない。
*** *** ***
「あーもう。どーすんだよ。俺の起こしたデータがぜんぶぶっ飛んだんだぜ?」
「大変だね」
「ひとごとじゃねえだろう。お前の図面も真っ黒になっちまっていたんだぞ」
あははは、と花は笑う。困ったときほど花は笑うのだ。
「……悪い。俺のは半月分のデータ。花のは3年分のデータだったな」
「……しょうがないよ」
「花」葵は花へと手を伸ばす。花が笑いながら、オーロラを見ながら、泣いている気がしたからだ。
あと数センチ伸ばせば花の髪に触れられる、そのときだった。
携帯電話のコール音があった。
海からだ。
ちくしょう。あのやろう。いつもこんなタイミングで邪魔しやがって。――自分にはれっきとした恋人がいるくせに!
『のん気にオーロラを眺めている場合か』
「眺めてねえよ!」
『至急戻れ。……磁気嵐で人工衛星までやられた。軍事衛星もなにもかもだ。制御不能になったそいつらが地上に落下する危険性大だ』
「さらりと人類滅亡の危機を口にすんなや!」
葵の反論むなしく電話は切れた。
「海? 海からだったの? 海、大丈夫だって?」花が飛びつかんばかりの勢いで葵の腕をつかむ。
ああもう、と葵は花の手を見た。このまま引き寄せて押し倒しちゃおうかな。海は死んだと言ってやろうかな。そうしたら――花はどんな顔をするかな。どんなふうに涙を流すかな。それとも、あははは、と笑うのだろうか。
困って困ってどうしようもなくなって。ただ、笑うしかなくて。
「花」葵はオーロラを指差す。「見ろ。オーロラが踊ってる」
花は葵から手を離すと、声をあげてオーロラを見上げた。オーロラは緑色からほんのりと赤みを帯びて揺れていた。
葵は花に背を向ける。あきらめ切れたらどんなにいいか――。俺も、花も。
「葵くん」花がオーロラに顔を向けたまま呼びかけた。
「……忙しいのに、つきあってくれてありがとう」
葵は無言で花に片手を上げた。
頭上ではいつまでもオーロラが揺れていた。
(了)




