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寿命一年戦記  作者: フーカ
ファンタジー編
5/13

雨と満月

 空に黒い雲が集まり、雷鳴が鳴り響き雷光が走る。雨脚は次第に強さを増していき、雨音も激しさを増す。


 世界でも五本の指に入ると言われるインフォマ一の高級ホテル「ベシアン」。ホテルのフロントには、複数の豪華なシャンデリアと大理石で出来た光沢の美しい床、芸術的な造詣美の柱。壁には美術館を思わせる程の素晴らしき絵画が飾られている。


 そのフロントに二人の二級兵士、零と迅がいた。二人は受付嬢に国家軍の紋章と一枚の写真を見せる。その写真に写っている人物それは――如月 ユキであった。すでに国家軍は如月が読死本を所持している事は調査済みであり、ずっと如月の行方を追っていた。喫茶店で如月を見つけた二人は、上層部に連絡をする事なく自分達の手柄にしようと、如月の後を追っていたのである。


 受付嬢は二人が二級兵士である事を確認すると、如月達の泊まる202号室の部屋の鍵を渡した。二人は鍵を受け取り、エレベーターへと乗り込む。


「現在時刻24時10分」

「問題ない。如月嬢と本を回収後、速やかに撤退する」

「了解」


 エレベーターが目的の階に止まり、扉が開く。二人は息を潜め、202号室の扉の前に。


「24時12分、突入する」

「了解」


 扉の鍵を即座に外し、扉を開け放つ。その刹那、暗闇の部屋の中から銀色の光が零の額へ向かって奔る。瞬時に零は後方へと飛び退き、それを回避する。光は闇へと消え、轟く雷の閃光が窓から射し込み零を攻撃した人物を映し出す。


 銀色に光を反射させる良く手入れされた二本の刀を構え、眼光鋭く零と迅を射抜くメイド神楽の姿。すぐに二人は目の前の年端も行かぬであろう女性がかなりの腕の剣士であると見抜く。


 高級ホテルベシアンの部屋は広く、202号室には防音設備の整った30畳はある寝室が二つある。それぞれには如月と信が眠っている。神楽はドアから最も近いダイニングルームでもしもの時の為にと見張りをしていた。


「こんな夜更けに訪ねてくる客人がいようとは思いませんでした。どんなご用件でしょうか?」


 神楽の物言いは柔らかいが、隙など微塵もなく空気が張り詰める。


「我々は国家軍だ。如月ユキに用がある。出してはもらえないだろうか」

「お断りします」


 間髪入れずに神楽は拒否する。


「そうか、ならば仕方がない――力ずくだ!」


 零は部屋に大きく足を一歩踏み入れ腰の鞘から刀を抜くと、神楽へ突き出す。

神楽は瞬時に上体を反らし避け、同時に右手の刀で薙ぐ。零の体は完全なる無防備。刀は零のわき腹を抉る――筈だった。


 その刀を間一髪、迅が割り込み小剣で防ぐ。火花が散り、鉄同士がぶつかり合う鈍い音が鳴り響く。

すかさず零は突き出した刀を振り上げ、神楽を見定めて振り下ろした。


 一刀の者であれば、ここで命は尽きていただろう。しかし、神楽にはもう一本の武器があった。

左手に残されたもう一本の刀で、両腕で振り下ろされた刀を力に逆らい受け止めるのではなく、

力の流れに逆らわないように受け流した。

振り下ろされた刀は右へと受け流され、その先には――相棒である迅がいた。


 勢いよく振り下ろした刀の軌道を変える事も止める事も叶わない。ならばと零は刀の向きを変える。

刀は迅の体にめり込み、嘔吐しながら吹き飛び部屋の壁にぶち当たり気を失った。

刀の向きを変えた事により、刃ではなく刀の後ろ側の部分、みねが当たった為致命傷には至っていない。

だが、ずっと共にしてきた相棒をやられ零は怒りに震える。


 零は伝説の特級兵士キリヤに憧れ国家軍へと入り、強くなる為に血の滲むような努力をしてきた。

それでも努力だけではどうしても到達できない領域、それが一級兵士だった。

しかし、戦闘能力が足りなくとも一級兵士へ昇進出来る方法があった。それは、国家への功績度を上げる事。読死本を手に入れさえすれば、一級兵士になれる筈だった。

それをたった一人の女に邪魔され、あげくに相棒を傷つけられた。


 本来ならば二人一組で行動し、どちらか一方が戦闘不能に陥った場合、撤退するのが定石だった。

だが、今の零に撤退の二文字はない。刀を下段に構え、神楽を睨み付ける。どちらも隙を窺い動かない。


 暫くの静寂が続く。一粒の汗が零の額から頬を伝い、床へと落ちた。その一瞬――雷鳴が轟き、雷光を放ったその刻が合図。


 零は力強く一歩を踏み出し、下段から神楽へ向かって斬り上げる。その軌跡を神楽は二つの刀を交錯させ受け止めるが、零の斬り上げた刀は神楽の予想を上回る威力を発揮し、宙へと打ち上げられる。三メートルはある天井まで吹き飛ばされた神楽であったが、宙で体勢を変え天井に両足で着地する。上下で対面する神楽と零。


「はぁぁっ!」

「うぉぉっ!」


 両者が雄たけびを上げる。神楽は天井を思い切り蹴り上げ零に向かって加速し、両刀を振り下ろす。

零もまた再び刀を上空から向かってくる神楽へ向けて斬り上げる。


 交錯し衝突する三本の刀。


 その衝撃は凄まじく、暗い部屋の中を一瞬照らす程の火花が散り、耳を劈くような衝撃音が部屋中に響き渡る。大きな反動によって、両者の体は吹き飛ばされる。零は地面に叩き付けられ、神楽は壁に激突した。


 二人の手から刀が落ちる。凄まじい衝撃に耐え切れず二人の腕の筋肉は断裂し骨にはヒビが入っていた。

もう両者とも刀を握る事は叶わない。それでも――両者は立ち上がる。

零は自分の夢と相棒の為に、神楽は主君を守る為に。

両者には、揺ぎ無い信念があった。意地があった。覚悟があった。


 ――それを一人の男がぶち壊す。


 気力だけで立ち上がりお互いに視線を交わす零と神楽。そんな二人の耳に手を叩く音が不意に聞こえてくる。開け放たれたままの扉から一人の男が拍手をしながら現れた。二人の視線が現れた男へと移る。


「見事な熱い闘いでした。良いモノを見せて貰いましたよ」

「ラ、ランテーンさん……」


 笑みを浮かべながら現れた男は、一級兵士ナンバー9のランテーンであった。

零は上司にあたるランテーンの登場に焦る。

上に報告せずに勝手に行動を起こしてしまった事に対するお咎めを恐れた。

また神楽はランテーンを一目見て理解する。己を遥かに凌駕する強者である事を。


「零君、君は確か一級兵士になる事を夢みて国家軍に入ったのでしたね」

「は、はい……」


 零に歩みながらランテーンは訊く。零は恐れながらも答える。するとランテーンは自分の一級兵士の紋章を零に差し出す。


「え?」

「零君の闘いぶりは見事でしたからね。一級兵士に昇進です」

「ほ、本当ですか!?」


「えぇ――殉職での特進ですよ」


 それはまさに 一閃 


 雷光と共にランテーンのサーベルが、零の――首を――落とした。


「あはははっ! 汚い噴水ですねぇ!」


 零の首から大量の鮮血が噴出し、命の宿らぬ肉塊となり崩れ落ちる。

ランテーンは床に転がる零の髪を掴み、頭を持ち上げるとそれを壁に叩き付けた。

壁にべっとりとどす黒い血が付着する。歯が何本か折れ、床へ落ちる。

ランテーンは不適な笑みを浮かべながら、もう一度手にした頭を壁に叩き付ける。

気色の悪い何かが潰れる音が響くが、ランテーンにとってその音は心地良く感じた。


「あぁ、良いです。良いですね!」


 何度も、何度もランテーンは同じ行動を繰り返す。

その度にソレは変形し変色し、元の原型を留めなくなっていく。

神楽はあまりの異様な光景に嘔吐する。血の臭いが部屋に充満していく。

その臭いもまたランテーンにとっては好みの香りだった。


「……さて、読死本とその所有者を世界政府の手土産に持っていくとしますか」


 玩具にでも飽きたかのように零の頭だったモノを捨てると、ランテーンは神楽になど目もくれずに如月のいる寝室の部屋へと向かう。


 神楽は動けない。体が震えて言う事を聞かない。ガチガチと歯を鳴らし、涙が溢れ出す。

主君の命が危ない。己の命に代えてでも守らなければならない。しかし、蛇に睨まれた蛙の如く身動き一つ取る事が出来なかった。


 寝室の扉を開け部屋に入るランテーン。中にはアロマのラベンダーの香りが漂う。

ランテーンの嫌いな臭いだった。


 大きなベッドの上には、苺のプリントが入ったパジャマ姿でクマのぬいぐるみを抱きぐっすりと眠る如月の姿がある。そして、枕元には一冊の本。その本を手に取り中を開くと、そこには何も書かれていない空白のページがあるだけだった。


「これですね」


 本を懐に仕舞い込むと、のんきに眠る如月を見る。防音された部屋を一歩出た先には、惨劇の光景がある。だが、如月はまだそれを知らない。ランテーンは眠る如月の頚動脈に手刀を叩き付け一瞬で落とす。気絶した如月を抱えながら、窓を開け2階の部屋から飛び降りる。雨は弱まる事なく、更に激しさを増していた。


 午前一時、信は尿意を感じベッドから起き上がり部屋を出る。そこで、異臭に気付く。ダイニングルームの電気を点けると、血だまりの中の首のない胴体、元は人の顔だった筈の潰れたモノ、そして部屋の隅で小刻みに震え頭を抱えている神楽の姿。


「な、なんだよこれ……、おいっ! 一体何があったんだよっ!」


 神楽の双肩を掴み、問い質す。神楽は震えた声で、出来事の一部始終を告げた。


「わ、私は……何も出来なかった……何もしなかった! 私が命に代えてもお嬢様を守らなければいけなかったのにっ! 私のせいだ……私のせいでお嬢様はっ!」


 自分の非力さに腹が立ち、命を賭しても主君を守る為に動かなかった自分の卑劣さに嫌悪感を抱く。神楽は自分を責め続けた。そんな神楽の頭に信は手を置き、優しく撫でた。


「お前は悪くねぇよ。悪いのは、ユキをさらった奴だ」


 信は神楽にそう言うと、読死本を片手に窓を開け外へ飛び出そうとする。


「何処に……行くの?」

「そんなの決まってるだろ。仲間を助けに行く」


 信の言葉が神楽には理解出来なかった。如月が連れ去られたのは、多くの兵士が配備され厳重な警備がなされている世界政府。たったの一人で乗り込み助け出す事なんて出来る筈もない。信の言葉は自分の命を捨てに行くようなものだと神楽は感じた。


「貴方一人に何が出来るのですか……お嬢様から聞きました。貴方は空を飛ぶしか能がないと。軽々しく助けに行くなんて言わないで下さいっ!」

「言うさ」


 間髪入れずに信は断言する。


「約束する。俺は必ずユキを助け出す!」


 何故か自信に満ちた信の言葉を神楽は信じてしまいそうになる。期待してしまいそうになる。神楽の瞳に絶望から希望の火が灯る。


「それと俺の能力は空を飛ぶ事が出来る能力じゃないからな」

「え?」

「空を飛ぶ事も出来る能力だ。じゃ、行って来る!」


 そう言い残し、信は窓から大空へと飛び立つ。いつの間にか雨はすっかり止み、満月が姿を見せていた。

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