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寿命一年戦記  作者: フーカ
ファンタジー編
4/13

仕える者

 国家軍本拠地『ペイズ』。世界の秩序と平和を守る為に、約16万4千人もの兵士が日々活動している。国家軍は16万4千人の兵士の頂点に立つ英雄兵「キリヤ」を筆頭に、16万4千人の中から選ばれた10名の一級兵士、1000名からなる二級兵士、一万人からなる三級兵士、そしてそれらを支える一般兵士で成り立っている。


 現在、国家軍は政府から重大な任務を受けている。それは、読死本のありとあらゆる情報の収集と、読死本全巻の収集である。しかし、キリヤは政府からの情報を元に読死本「黄の書」を持つ者を追い詰めたが、取り逃がすという大失態を犯してしまった。


 その大失態について詳しく聞く為に、国家軍を統制する国防省の使者が応接間にてキリヤと対面していた。


「君程の実力を持つ者が、何故たった一人の少女を逃してしまったのか。上の連中はキリヤ君がわざと逃がしたのではないか。と、疑っているものでね。詳しい事情を聞かせてくれないか」


 冷房の効いた部屋であるにも関わらず、醜く肥えた体をした使者は額から流れ出る脂汗をハンカチで拭いながら、キリヤに問う。


「読死本の能力はやっかいなモノでして、一人相手であればどうにかなりましたが、途中でもう一人読死本を持った青年が現れ、私一人では手に負えず逃がす結果となりました」

「ほう……つまり、この近辺に二冊の読死本があるという事だね。これは朗報だな。わかった、多くの功績を残した君だ。信じようではないか。引き続き読死本の収集任務に就きたまえ」

「はっ!」


 使者はソファーから立ち上がり、扉へと向かう。そんな使者を見るキリヤの表情は苛立ちに満ちていた。使者は扉のドアノブに手を掛け、キリヤに振り向く。すぐさまキリヤは表情を戻す。


「それと今までは政府と国家軍内部のみの秘密としてきたが、今後は全世界に読死本の存在を知らしめ、読死本収集を懸賞金付きで発表する事になったから、宜しく頼むよ」


 使者はそう言い残し、出て行った。使者がいなくなったのを確認すると、キリヤは大声で叫ぶ。


「あーっ! なんで毎回毎回、俺があんな糞親父どもの相手しなきゃなんねーんだよっ! 俺の特技はこんな事の為にあるんじゃねーぞっ!」


 キリヤは自分の顔の皮膚をおもむろに掴むと、それを剥がした。剥がされた後の顔には、額に大きな傷跡のある別の顔が現れる。男の名はディスガイズ。一級兵士ナンバー5の称号を持ち、変装を特技とする為にキリヤの身代わりとしてよく働かされていた。


「外まで声が洩れますよ。気をつけて下さい」


 そう言いながら部屋に入ってきたのは、糸目の優男風な一級兵士ナンバー9のランテーンであった。


「だってよー。キリヤは人使い荒すぎなんだよ。自分が喋るの苦手だからって毎回毎回俺に押し付けやがってよ。マジで納得いかねーっつの!」

「まぁまぁ、頼りにされてるって事で良いじゃないですか。それにしても、読死本を世界に……ですか。面白くなって来ましたね」


 ディスガイズを宥めながらランテーンは細い目をさらに細くし、不適な笑みを浮かべた。




 世界各地のありとあらゆる情報が集まる街インフォマ。インフォマには、世界最大級の通信設備が整っており、インフォマから世界各地へと様々な情報が発信される。そんなインフォマで、今最も熱いニュースがある。それは国家軍が全勢力を挙げて、読死本の収集に動き出したという事だった。


 読死本は、この世界において噂の範疇の域を出ない代物だったが、政府の発表により読死本は実在する事が全国民に知れ渡る。政府が発表した情報は次の通りだった。


1、読死本は全部で5冊存在する。

2、国家軍は全勢力を挙げて読死本の収集をしている。

3、読死本を発見した者には、一冊につき懸賞金一億ゼル(一生遊んで暮らせる金額)を授ける

4、読死本による呪いを解除する術を用意している

5、懸賞金の期限は一年とする

6、偽物で懸賞金を騙し取ろうとした者には、厳しい処罰を与える


 莫大な懸賞金により、世界の人々の注目は読死本へと集まった。 


 インフォマ繁華街にある喫茶店で、信と如月はテーブルの上にインフォマ情報部から発行された新聞を広げ、読死本についてのニュース欄を読んでいた。信は読死本による呪いを解除する術を用意しているという記述に目を留める。


「ユキ、此処見てくれ。俺達助かるぞっ!」

「……はぁ」


 信が喜ぶ様を見て、如月は深く溜息を吐く。もしも、本当に呪いを解く術を持っているのであれば、力ずくで本を奪うような真似はしない。これは、読死本を手に入れる為の嘘だと如月は考える。それよりも如月が気になったのは、期限は一年とするという部分であった。


 この記述から予想出来るのは、政府の人間が読死本を読んでしまい、自分の呪いを解く為に読死本を集めようとしているのではないか、という事。今まで全く読死本に対しなんの反応も示さなかったにも関わらず、急に読死本の収集に出た事を考えるとその可能性は高い。そうなると、如月達にとってはやっかいな事になる。少なくとも一冊は政府の元に読死本がある事になり、国家軍との衝突は避けられないだろう。


「ユキ。早速政府本拠地のグラニモに行こう」

「……はぁ」


 如月は再び深い溜息を吐くと席から立ち上がる信を無視して、新聞を読みながら思考を働かせる。読死本の噂自体は、100年以上前から存在していたと言われている。だが、実在すると世界で認められたのは今回が初めて。何故か――。読死本自体は所持者以外からは、ただの真っ白なページの本にしか見えない。(ルール【5】参照)よって、他者に読死本が本物であると証明する事は難しかった。


 しかし、今回は政府からの発表であり、ようやく読死本の存在が知れ渡る事になったと考えられる。


「でも……」


 如月には、一つ腑に落ちない部分があった。一年以内に5冊の読死本を集めなければ死を迎えるというルールがあるにも関わらず、実際に読死本によって死んだ者の存在が未だに発表された事はない。もし、家族もしくは友人、恋人が読死本によって死を迎えたとすると、残された人間は読死本が本物であると認識する筈である。しかし、そんなニュースは過去に一つもない。何者かによって、事実を抹消されているのだろうか――。


「おーい、ユキ何してんだよ。早く行くぞ」


 一旦喫茶店を出た信は如月がいない事に気付き、戻ってくる。如月は新聞を筒状に丸めて立ち上がると、信の顔面に向かって思い切り新聞を振り抜いた。心地良い破裂音が喫茶店中に響き、多くの客達の視線が一瞬如月達に集まるが、すぐに視線を戻しそれぞれの世界に戻っていく。


「いってーなっ! 何すんだよ!」


 信は顔を擦りながら怒鳴る。そんな信に顔を寄せて耳元で小声で如月は言う。


「あんた馬鹿? 本当に解呪なんてしてくれる訳ないでしょ。嘘よ、嘘。ちょっとは人を疑う事を覚えたらどうなの?」

「俺の名前は信だ。信じる事を――」

「あーっ! お嬢様見つけたっ!」


 信の言葉を遮り、揉める二人の間に突如現れた一人の女性。腰に二本の刀を携えた、綺麗な黒髪のポニーテールが特徴的なメイド姿の女性は如月にいきなり抱き付いた。


「か、神楽!? なんでこんな所にあんたがいるのっ」

「屋敷からいなくなったお嬢様を探してたんですよ! もう、逃がしませんからねっ!」


 神楽と呼ばれた女性は、インフォマから北に位置する水の都「イロハース」の如月領主家に仕えるメイド兼用心棒であった。そして如月ユキはその如月領主家当主の娘である。


「神楽、わざわざ探しに来てくれたのに悪いけれど、私は全ての読死本を集めるまで帰れないわ。それに国家軍に狙われているしね。家に戻れば迷惑をかけてしまう」


 如月は周囲に聞こえないように神楽に耳打ちをする。


「……だったら、私も手伝わせて下さい! 領主様からお嬢様を守るように言い付けられております」


 真剣な眼差しで如月を射抜く神楽。如月に神楽の申し出を断る理由はなかった。それに、例え断っても無理やりにでも神楽はついて来るだろうと長い付き合いの如月には容易に予想出来た。


「わかったわ。危険な旅になるけれど、宜しくね神楽」

「はいっ! この命に代えてもお嬢様は私が守りますっ!」

「あ、あの~……」


 如月と神楽の会話に入り込めず、ずっと放置されていた信が申し訳なさそうに声を掛ける。神楽は信を怪訝な表情で見つめ、如月は面倒くさそうに説明をした。神楽は如月に近づく男は信用ならないと、如月の説明を聞いても警戒を解く事はしなかった。逆に信は同じ旅仲間として迎え入れようと握手を求めるが――。


「お嬢様を守るのは、私一人で十分です。貴方と馴れ合うつもりはありません」

「あ、あぁ……そう」


 差し出した手で自分の頭を掻き、信は如月に視線を移す。如月はやれやれといった表情で神楽を見る。


「神楽、今日はインフォマに泊まるわ。ホテルを探しておいて」

「はい、お任せ下さいっ!」


 神楽はポニーテールを揺らしながら、ホテルを探しに走り去って行った。


「俺、あの子に嫌われてるのか?」

「さぁ、どうかしらね」


 如月は適当に返事をすると、砂糖の一つも入っていないブラックコーヒーを啜る。


「お前、よくそんな苦い物飲めるな」

「あんたがお子様なんでしょ」

「ぬぐ……俺だって飲めるぞ」

「そう、じゃーどうぞ」


 如月は自分のコーヒーを信の前に置く。だが、信はコーヒーを見つめたまま動かない。

その姿に如月はにやりと笑い訊く。


「あらぁ? 飲めるんじゃなかったの? やっぱりお子様ねー」

「いや……だって、これ飲んだら間接キスじゃ……」


 信のその言葉に一瞬で如月の顔が茹蛸のように真っ赤になる。


「まぁ、ユキが気にしないってんなら、いただきます」

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ったぁ!」


 コーヒーを口に運ぼうとする信の手からコーヒーを奪い取る如月。その際に中のコーヒーが少し零れ、信の手に掛かる。


「あっちぃー! な、何すんだよ!」

「う、うっさいわね! あんたが変な事言うのが悪いんじゃないっ!」

「な、なんだよ変な事って」

「し、知らないわよ馬鹿っ!」


 如月は信と目を合わせずにコーヒーを再び啜り始める。

微妙な間が二人を支配する――


「お嬢様、ホテルの予約取って来ました。早速案内します」


 会話する事もなくなった所で丁度良く神楽が戻ってくる。旅の疲れを癒す為に、神楽の案内で如月と信はホテルへと向かった。


 ホテルに到着すると信は感嘆の声を洩らす。神楽が案内したホテルはインフォマで最も有名で高級なホテルだった。一泊するのに、社会人の平均月収程度はかかると言われている。


「なぁ、マジでこのホテルに泊まれるのか? 俺、金ないぞ」

「生憎部屋が一つしか取れませんでしたので、ここに泊まるのは私とお嬢様だけです。貴方は野宿でもしたらいいじゃないですか」

「……」


 神楽の非情な仕打ちに言葉を失う信。さすがにそんな信を不便に思ったのか、如月が助け舟を出す。


「良いわよ、一緒の部屋で」

「お、お嬢様!? 駄目ですよ! 殿方と同じ部屋なんてっ! 何があるかわかったものじゃありません!」


 神楽は焦り、絶対阻止の構えを見せる。


「あら? 神楽が私を守ってくれれば問題ないんじゃないかしら?」


 それは神楽の自尊心を擽る言葉だった。


「……わ、わかりました。私が全力であの獣からお嬢様をお守りします!」

「俺が獣……」


 こうして無事、信は野宿を回避する事が出来た。


 高級ホテルの部屋だけあって、中は広々としていた。信は普段ならば喜ぶ所だが、神楽に心をズタボロにされて傷心していた。部屋に入ると信は喫茶店で如月としたやり取りを

もう一度する。


「俺、あの子に嫌われてるのか?」

「さぁ、どうかしらね。それより本を開いて、地図のページを確認して」


 如月に促され、信は渋々本を開く。読死本には、1ページ目~2ページ目までルールが記載されており、3ページ目~は、それぞれの読死本に個別に能力の取り扱い方法が記載されている。その後、数十ページに渡り白紙が続き、最後のページから数えて2ページ目~は、世界地図が記されていた。


【8】読死本は他マスターの居場所を探知する能力を所持している。


「ルールにもある探知能力は、世界地図上に点滅している点がマスターのいる場所を示すって事で間違いなさそうね。ほら、インフォマに二つの点滅する点がある。つまり私と貴方ね」


 世界地図上でインフォマに位置する場所で、銀色と黄色の点滅する点が二つあった。その他に、ペイズの東に位置する大森林「ボス」に黒色の点滅反応。インフォマとプリマの南に位置する世界政府の本拠地「グラニモ」に金色の点滅反応。四つの反応が確認出来る。


「あと一つ反応が足りないのは、きっとまだ持ち主がいない状態なんでしょうね」


 読死本所有者にとって、探知能力が役に立たないマスターの存在しない読死本を探す事は、雲を掴むような話になってしまう。如月達は、ただ探知出来るようになるのを願う他なかった。


 次の目的地は、読死本の反応が最も近くにあるグラニモとするのが効率的ではあったが、国家軍と争うには、信・如月・神楽の三人だけでは戦力的に不安を感じた如月は、遠回りになるが大森林ボスにいるであろうマスターを仲間に加え、戦力の増強を図る事にした。



 深夜24:00。雨がしとしとと降り始め、静寂な闇を雨音が支配する。一軒家の屋根に二人の二級兵士が信達が泊まっているホテルを見つめながら立っていた。


「時間だ。突入するぞ」

「了解」

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