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寿命一年戦記  作者: フーカ
ファンタジー編
3/13

召喚する者される者

 国家軍本拠地「ペイズ」。そこから東に広がる大森林「ボス」。ボスには、多くの獣や盗賊が住み着き、一流の冒険者でもない限り乗り物も使用せず足を踏み入れる者はいない。そんな危険地帯に名もなき一つの洞窟がある。


 水の滴る音とコウモリの鳴き声だけが支配する世界。中は冷たい風が緩やかに流れ、所々に周囲を照らすロウソクの火が備え付けられている。大人が一人やっと通れるような細い道を過ぎると広い間に出る。洞窟の最深部にして、読死本第四巻【黒の書】のマスター、クインツェの住処であった。


 クインツェは男にしてはあまりにも華奢で白い肌をしている。その白い肌を隠すように黒いマントで身を包む。銀髪の髪を掻き毟りながらクインツェは地面に魔方陣を描いていく。


「え、え~と……これで本当にいいのかな。で、でもやるしかないんだよな……うぅ、なんで僕がこんな目に……」


 クインツェは魔方陣を描き終わると、魔方陣の外にて【黒の書】を開き呪文を唱え始める。クインツェの周囲が黒い光を放ち始める。


「――――異世界の住人よ、告げる。

  汝の運命は我が元に、我が命運は汝の手に。

  黒の書に従い、応えよ」


 魔方陣からも黒い光の柱が湧き上がり、その柱はほんの数秒で消え去った。


 【黒の書】の特殊能力。それは異世界から一人、召喚出来る能力。ただし、どこの世界の誰が召喚されるかは、ランダム。召喚された者は、様々な強化を与えられる。あらゆる言語の習得や自動変換、ダメージ自然治癒、痛点の消失、その他身体的能力の大幅な強化等。それ故に、クインツェは大柄で屈強な戦士が召喚される事を願っていたのだが……。


「な、なんてこった……」


 魔方陣に召喚された者を見て、クインツェは頭を抱える。白い肌、長い黒髪、華奢で小柄な体――魔方陣の上で眠る地球から召喚された美少女――佐藤 朱音。


「もう僕は終わりだぁ! こんな女の子一人じゃ生き延びるなんて無理だよぉー!」


 召喚出来る者はたったの一人であり一度切り。黒の書のマスターであり、召喚者であるクインツェには、なんの戦闘能力も備わってはいない。五冊ある読死本の特殊能力の中で唯一、自己に能力を授ける事のない黒の書。頼れるのは、召喚された者のみ。


「ん……」


 召喚された朱音が目を覚ます。クインツェは初めて召喚した異世界の者に少し恐怖を覚え、物影に隠れて様子を見る。朱音は起き上がると辺りを窺う。


「何処だ此処は~? あー……意味わかんねー」


 可愛らしい見た目とは裏腹に朱音の吐く言葉は、汚い。クインツェはとにかくこの召喚した少女と共に生き延びるしかないのだと悟り、物陰から朱音の前へ姿を現した。


「クックック……ようこそ、我が世界へ異界の者よ」

「あ? 誰だお前?」


 クインツェは召喚した者として、召喚された者に舐められてはならない、主従関係をはっきりと最初に知らしめなければならないと、貫禄ある偉大な人間を想像し演じる。


「口の利き方には気を付けるが良い。私はお前をこの世界に召喚したマスターなのだからな」

「召喚? 何厨二病みたいな事言ってんだよ、おっさん」

「お、おっさんとはなんだっ! ぼ……、私はまだ32歳だぞ」

「あははっ、やっぱりおっさんじゃん」


 朱音はケラケラと笑う。早くもクインツェのメッキが剥がれ始める。このままではまずいと、クインツェは演技を続ける。


「私を怒らせない方が良い。死ぬ事になるぞ……」

「うっわぁ、完全な厨二病だ。32歳で厨二病って痛すぎるよおっさん、あははっ」

「黙れっ! 死にたいかっ!」


 そのクインツェの怒声に、朱音の笑い声が止み、笑顔が消える。朱音は格闘経験も豊富であり、そこらの大人の男相手でも負けない自信があった。一歩、また一歩とクインツェとの距離を縮めていく。


「な、なんだ……。や、やるのかっ! や、やめておけ、お前なんかでは私には……、ぼ、暴力は良くないと思うんだ」


 後ずさるクインツェ。恐怖に怯え、足は震えて足取りもままならない。朱音は無表情でじわりじわりと追い詰め、クインツェは背後の壁によって逃げ場を失う。朱音は優しく微笑むと、拳を振り上げた。


「おらぁっ!」

「ひぃっ!」


 朱音の拳撃が飛ぶ。クインツェの顔、数ミリ横に拳がすれ違い硬い岩の壁に拳がめり込む。


「うお!? おぉっ!?」


 驚愕したのは、クインツェではなく拳を繰り出した朱音本人だった。まるでプリンに拳を突っ込んだような脆い壁の感触。拳に痛みは全くなく、もちろん岩の壁が柔らかいなんて事もない。全ては【黒の書】の特殊能力である、召喚された者への強化によるものだった。


「なぁなぁ、これどうなってんの!? すげーんだけど!」


 朱音はテンションを上げ、クインツェに訊くが


「あ、しまった」


 クインツェは泡を噴いて気絶していた。


 その後、朱音の往復ビンタによって目を覚ましたクインツェは、朱音からマシンガンのように質問を浴びせられ、事細かに状況を説明した。


「――という訳でして、一年以内に読死本を5巻全部集めないと僕も朱音さんもこの世界からおさらばなんです……」


 低姿勢で17歳も年下の朱音にさん付けするクインツェ。すでに主従関係は決定していた。朱音は腕と足を組み、椅子に座りながらクインツェの話を聞いていた。元の世界――地球での生活に退屈していた朱音は、この話にとても興味が湧き上がっていた。朱音は屈託のない笑顔を浮かべると、椅子から立ち上がりクインツェの肩に腕を回す。


「面白い夢だな。お前名前は?」

「いえ、これは夢なんかではなく現実でして……。それと、僕はクインツェです」


 朱音は頬を抓り痛みがない事を確認すると、これは間違いなく自分の夢であると決定付ける。現実は現実でしかなく、異世界だとか召喚なんてものは御伽噺の中だけで現実に起こりえるなんて事は、未熟な脳を持った人間だけが見る妄想だと考えていた。だから現実は退屈だと。


「呼びづらい名前だな。クインでいいな」

「えっと……はい……なんでも」

「よーし、クイン。此処は私の夢の中だ。つまり私の思い通りになる。所謂無敵ってやつだ。厨二っぽい感じでいいじゃないか」

「いや、だから夢ではなくて……それとさっきから厨二って言葉使ってますが、どういう意味ですか?」


 召喚された際に言葉が通じるように、あらゆる言語が朱音には備わり自動的に日本語からこの世界の言葉へ、そしてこの世界の言葉から日本語へと翻訳されるのだが、この世界にない単語を翻訳する事までは不可能だった。


「厨二ってのはだなぁ」

「しっ! 誰か来ます!」


 朱音が厨二を説明しようとした途端、洞窟内に複数の足音が響いてきた。クインツェはすぐさま物陰に隠れるが、朱音は堂々と椅子に座ったまま動かない。クインツェが隠れるように指示を出すが聞く耳を全く持たない。夢だと思っている朱音にとって、怖いものなど一つもなかった。


 複数の足音は徐々に近づき、コウモリ達が洞窟の外へと飛び去っていく。細い道を通って、広間へと現れた複数の人影。その姿を確認した時、クインツェはもう終わりだと悟った。クインツェが見た人影、それは国家軍の兵士達であった。しかもその中の一人には、国家軍に十人しか存在しない選ばれし一級兵士の紋章を付けた者がいた。


「構えろ」


 広間に現れた途端、猫背で痩せ細ったつり目の、青いリーゼントと両手の鉤爪が特徴の一級兵士は他の兵に命令する。兵士達は一斉に銃を朱音に向ける。その数、六人。銃を向けられても朱音は動揺する様を見せずに、頬杖を突いてリーダー格の男を見据えながら話し掛ける。


「あのさー、いきなり失礼すぎるだろ。あんたら何者?」


 この世界に来たばかりの朱音は国家軍の存在など知らない。また、一級兵士の恐ろしさも。


「撃てっ!」


 一級兵士は朱音の質問に答える事なく、言い放った。


 六発の弾丸が合図と共に放たれた。空を切り裂き、銀色の鉄の塊が熱を持って朱音に襲い掛かる。朱音はまさかすぐに撃たれるとは予想しておらず、身動きを取る事が出来ない。弾丸は全て朱音に命中する――寸前に止まり落下する。朱音の体の周囲には目には見えない防壁が存在する。弾丸程度では、貫く事は不可能。これもまた読死本四巻、【黒の書】の恩恵であった。


 兵士達はざわめく。目の前の銃が効かない相手に恐怖を覚える。一人を除いて。


「へぇー、それが読死本とかいうもんの力って訳かぁ? なるほどねぇ、確かにすげーわ」


 猫背の一級兵士――クルデルタは、鉤爪を構えながら感心する。朱音は椅子から立ち上がり、そのまま椅子をクルデルタに向かって投げつける。それをクルデルタは鉤爪で軽く切り裂く。


「突然発砲するとか、マジでびびったんだけど!? こんな洞窟内で、めっちゃ音響くわっ!」


 さすがの防壁も音波まで防ぐ事は出来なかった。少し頭に来た朱音は、腕をぶんぶん振り回し軽く全員ぶっ倒す事に決めた。


「一級兵士であり、8番手であるこのクルデルタ様とやろうってかぁ? 良いねぇ、生きが良くて。刻みがいがありそうだ」


 クルデルタの紋章には、国家への功績度を表す数字の8が入っている。一級兵士には、1~10までの番号が割り振られており、1から順に国家に貢献した者の順番を示す。朱音はクルデルタの言葉を聞いて、笑う事が我慢出来ないといった様子で口を開く。


「ププッ! い、一級兵士? な、なんだその厨二ネーミング、ブフッ! は、腹痛い……、国家までもが厨二病かよ。ブフフッ!」


 言葉の意味は理解出来なかったが、馬鹿にされているという事だけは理解出来たクルデルタの表情が段々と鬼のような形相に変化していく。


「……てめぇ、むかつくよ」

「奇遇だなぁ、私もだ」


 二人は同時に地面を蹴りだし接近する。一般兵達は手を出す事が出来ず、またクインツェは物陰でぶるぶると震えていた。


 対面する朱音とクルデルタ。クルデルタの鉤爪が朱音の顔面目掛けて走る。だが、朱音にはその鉤爪がスローのように見える。頭を軽く右に振りギリギリの所で避けると同時に、上半身を左に捻って全力の右ボディーブローを放つ。その力は凄まじく、乗用車が100kmで壁に衝突した時に等しい程の衝撃がクルデルタを襲った。


 クルデルタは声を洩らす暇もなく、軽々と吹っ飛び壁に強く叩き付けられる。一般兵士達がすかさずクルデルタの元へ駆け寄る。


「ぐっ……ゴホッ!」


 普通の人間であれば、即死の攻撃を受けてもクルデルタは生きていた。だが、そのダメージは凄まじく口から血を吐き出す。内臓が完全にイカれてしまっていた。


「て、てめぇ……覚えていろよ……」


 クルデルタは兵士達に支えられ退散する。朱音はそんなクルデルタを追う事はせず、目を強く瞑って物陰で震えているクインツェの元へ向かう。


「いつまで怯えてんだ、お前は」

「ひぃっ! ……あ、あれ? 兵士達は?」


 クインツェは辺りをきょろきょろと窺いながらも、物陰から出る。朱音が軽く倒してやった事を告げるとクインツェは目を丸くして驚いた。


「あ、あの一級兵士を軽く倒すなんて……ははっ、これは生き残れるかもしれないっ! あ、朱音さんっ! これからも宜しくお願いしますっ!」


 クインツェは気が付くとこの洞窟にいて、無造作に置いてあった読死本を読んでしまい、更には洞窟の外はボスの森が広がり、多くの獣が徘徊し、逃げ出す事も敵わず途方にくれていた。ずっと不幸続きだったクインツェにようやく希望の光が見えた。


「――で、どうすんだ? 他の読死本とやらを待った奴らを倒して奪えばいいのか」

「いえ、五冊集めさえ出来れば、このルールを利用してなんとか出来ますよ」


 クインツェは【黒の書】のルール記載のページを開き、ある部分を指し示す。


 そこには、第二巻【銀の書】第三巻【黄の書】には記載されていなかった、3番目のルールが記載されていた。



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