ふたつの護符
雨明は手元にある木玉と小燕を交互に見つめた。
雨明は散らばった箱の中身を見た。
たくさんの銀貨。
それから銀貨の下敷きになっている古い書類に気がつく。
雨明はそれをそっと引き抜いて広げてみた。
紙の端には宮正の印が赤々と押されている。
記された文字を追った雨明は思わず眉をひそめた。
そこに書かれていたのは小燕に対する解雇の通達だった。
(なぜ小燕の名前が……!?)
「あの、それじゃあ私は失礼します」
小燕が立ち去ろうとする。
「待ってください!」
雨明はとっさにそれを引き留めた。
(小燕を追い出そうとしていた?)
「あなたは宮正様になにか恨まれるようなことをしたんですか」
突然の問いかけに彼女はきょとんと目を丸くした。
「いいえ……私は下働きですから恨まれるとかはないと思うんですけど……ただ、よく怒られました。こんなんじゃもらい手がいなくなるとか、針仕事が雑だとかもっと身だしなみに気を配れとか……私にだけ特段厳しかったんです」
雨明は再び解雇状の文字をじっと見つめた。
日付は宮正が亡くなる数日前のものになっている。
「宮正様が亡くなる前になにか特別な言葉を交わしませんでしたか」
雨明が尋ねると小燕は記憶を探るように視線をさまよわせる。
「宮正様が亡くなる前に一度だけ、呼び出されて……ふたりで話をしました」
「彼女はなんと?」
「私の家庭の事情を知っていたようで……置いていった母親を恨んでいるかと聞かれました」
小燕は少しだけ目を伏せて当時の記憶をたどる。
「もちろん、母を恨んだことなんて一度もありません。なので、恨んでいませんと答えました。そしたら、宮正様はそう……と返事を」
それから宮正様は自分の身は自分で守れるようになれと短く告げたという。
「あと、早く良い縁談を見つけて幸せになりなさいと……言ってくださいました。あの時だけいつもの雰囲気と全然違くてすごく優しかったんです……」
雨明は手の中にある解雇状を強く握りしめた。
通常後宮の下働きは、二十代半ばを過ぎるまで実家へは帰れない。
だが年季が明けるのを待っていては、娘は完全に婚期を逃してしまう。
だから解雇という名目で一刻も早く外へ出そうとした。
(これはおそらく……)
雨明は解雇状を握りしめたまま傍らの蒼玲を見上げた。
「蒼玲様、宮正様の出身地を調べてきてもらえませんか?」
「ああ、分かった」
意図を察したのか蒼玲は無言で頷いて足早に部屋を出て行く。
二人きりになった部屋で雨明は小燕に向き直った。
「小燕、あなたの故郷はどこですか?」
「えっと、私は南の翠柳村という小さな村の出身です」
(小さな村……)
雨明はその地名を頭の中で反芻して静かに問いかける。
これは……偶然の重なりが事実の発覚に繋がるかもしれない。
「小燕様、もし隠されている事実があるとしたら……あなたはそれを知りたいと思いますか?」
小燕は戸惑いながらも、雨明を見つめた。
どういう意味だという表情を彼女は雨明に向けた。
やがて蒼玲が戻ってくる。
彼は小燕に聞こえないよう雨明の耳元へ顔を寄せた。
「調べたぞ、宮正様の故郷は南の翠柳村出身だ」
小燕の口にした地名と完全に一致していた。
密かに囁かれたその言葉に雨明は小さく息を呑む。
(やはり……推測は間違っていないらしい)
小さな村で出身地が一致し、この護符が合うわけがない。
(宮正様は小燕の実の母だ)
雨明はもう一度小燕に向き直った。
「もう一度聞きます。隠された真実があったとしたら、知りたいと思いますか?」
小燕は戸惑ったまま、でも胸元の護符を握りしめてしっかりと頷く。
「私は知らないことがあるのは好きではありません。私を育てた養い親は母のことをあまり教えてくれなかった。立派な母のことを隠されていたのが嫌でした」
その決意を聞いて雨明は小さく息を吐き出した。
そして手元にあるもう半分の木玉を彼女へ差し出す。
「小燕、このお守りの片割れを持っていたのは……」
雨明は真っ直ぐに少女の目を見据えて告げた。
「あなたに厳しく接していた宮正様です」
小燕は目を丸くして手元の木玉と雨明を交互に見る。
「木目が完全に一致していたので、間違いありません」
「え……?でも、宮正様がどうして」
「それは彼女があなたの本当のお母様だからですよ」
「……っ」
信じられないというように小燕の唇が微かに震える。
「おそらく宮正様はご自身の命が長くないと悟っていたのでしょう」
雨明は足元に散らばる大量の銀貨を見下ろして静かに告げた。
「あなたをこの後宮に残したくなかったんです。普通に働いて年季が明けるのを待っていては、外に出る頃には婚期を逃してしまう。だからあえて解雇をして一刻も早くあなたをここから逃がそうとした。解雇されても困らないようにたくさんの銀を添えて」
雨明の静かな声が部屋に響き渡る。
「あんなに厳しく叱っていたのも、外の世界であなたが一人でも生きていけるようにだったのかもしれません」
娘の幸せだけを願った母の切実な想いがそこには隠されている。
「う、ぅ……」
小燕の目から大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちた。
「どうしてお母様は本当のことを教えてくれなかったのでしょう……」
掠れた声が静寂の部屋に落ちる。
もし本当のことを伝えていれば、少しの間でも親子として過ごせたかもしれない。
でもそれ以上に宮正は娘を確実に外へ逃がすことを優先したのだろう。
真実を知れば心優しい小燕は絶対に病の母を見捨てて出ていかないだろうしな。
(憎まれ役を買って出た母の不器用な愛……か)
雨明は何も言わず、ただ泣きじゃくる彼女の背中を見つめていた。




