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後宮の遺品整理人  作者: cheeery


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6/9

宮正の私室


広大な後宮の奥まった区画にその部屋はあった。


宮正という女官の頂点に君臨した女の私室。

蒼玲(ソウレイ)に促されて足を踏み入れた雨明(ユイメイ)は、小さく息を吐いた。


長年ここで暮らしていたはずなのに生活の匂いが全くしない。

壁際を黒塗りの重厚な棚が隙間なく埋め尽くしている。


私物と呼べるような装飾品は一つも置かれていなかった。


「……見事なまでになにもないですね」


雨明(ユイメイ)が肩から道具袋を下ろしながら呟く。


「規律に異常なほど厳しい女性だったと聞いている」


蒼玲(ソウレイ)は部屋の冷ややかな空気を確かめるように見渡した。


(これなら早く終わりそうだな)


雨明(ユイメイ)が整理の段取りを考えようとした、その時だった。

開け放たれた扉の向こうから、ひょっこりと顔を出す者があった。


「……あのう」


そこに立っていたのは若い下女だった。


「こら!なにをしている!許可なく立ち入ってよい場所ではないぞ。所属と名を名乗れ」


蒼玲(ソウレイ)が鋭い視線を向けて咎めると、彼女はびくっと肩をすくめる。


「申し訳ありません!下女の小燕(シャオエン)(シャオイェン)と申します!」


どうやら女官長から教育を受けていた下女らしい。


「なんの用だ」


彼女は慌てて頭を下げつつ、告げた。


「昨夜ここで清掃をした時に、忘れ物をしてしまって……」


怯えながら弁明する下女を見て、雨明(ユイメイ)はひらひらと手を振った。


「別に構いませんよ」


(こんなにキレイな部屋なら物を盗みだすことも出来ないだろうし、忘れ物くらいならすぐに終わるだろう)


蒼玲(ソウレイ)は短く息をついて入室を黙認した。

彼女は足早に部屋の隅へと向かい、床板の隙間などを探し始める。


静まり返る部屋で雨明は何気なく小燕(シャオエン)に話を振った。


宮正(きゅうせい)様って、どんな方だったんですか?」


雨明(ユイメイ)が目録を広げながら尋ねると彼女は手を止めた。


「……それはもう恐ろしい方でしたよ」


思い出したかのように小燕は小さく身をすくませた。


「少しの粗相でも容赦なく叱り飛ばされました」


決して生易しいものではなかったという。


「私だけじゃなく、下女はみな怯えていて……正直、好きな人はいなかったと思います」


彼女は周囲を気にするように声を潜める。


(相当厳しくしていたんだな……責任感のある人物だったというのは部屋も見て分かる)


小燕(シャオエン)が床板の隙間を探し続ける背後で、雨明は踏み台の上に立ち上がり、棚の最上段へ手を伸ばした。


奥の方は薄暗くてよく見えない。

手のひらで埃を払いながら探ると、硬い木の感触があった。


「……なにか箱のようなものがありますね」


蒼玲(ソウレイ)が見上げる中で雨明はそれを手前に引き寄せた。


ずしりとした予想外の重みが両腕にかかる。


「おっと……」


油断していた雨明はバランスを崩し、思わず手を滑らせた。


(まずい……!)


重たい木箱が頭上から落下していく。


「危ない!」


蒼玲(ソウレイ)の短い声が響き、雨明の腕が力強く引かれる。

バランスを崩した体は彼にしっかりと受け止められた。


……衣越しに伝わる体躯は想像以上に筋肉質だった。


(やっぱり何者だ?こいつ……)


雨明(ユイメイ)は疑いのまなざしでじっと蒼玲(ソウレイ)を見つめる。


「……雨明(ユイメイ)。いつまでそうしているつもりだ」


頭上から降ってきた呆れたような声にハッとする。


「失礼しました。助けてくれてありがとうございます」


雨明(ユイメイ)が慌てて腕の中から抜け出して床へ視線を落とす。

落ちた木箱は板が割れ、中身が床に散らばっていた。


じゃらりという重たい金属音。

薄暗がりの中で何かが鈍く光を反射していた。


ふと自分のつま先のすぐそばになにかが落ちているのに気づく。

目を凝らすとそれは半分に割られた小さな木玉だった。


口の開いた古い布袋からこぼれ出たらしい。


(これは一つの木材を二つに割って作る合わせ木だな……)


一般的には無病息災や魔除けに使われるお守りだ。

その瞬間、彼女の甲高い声が響く。


「あった!」


ようやく忘れ物が見つかったらしい。


「良かったですね、無事見つかって」


「はい……これは大事なものだったんです」


彼女が大事そうに包み込んでいるのは、古い紐が通された小さな木玉だった。


(ん……?)


雨明(ユイメイ)は自分が持っている木玉を見下ろす。


(なんかこれと似てるな)


「それ、少し見せていただけませんか?」


小燕(シャオエン)は不思議そうな顔をしながらも木玉を差し出した。

雨明は自分の手にある片割れとそっと並べてみる。


(やはり……同じものだ)


しかも木目もぴったりあっている。


こうしたお守り自体は大量生産されている安価なものだ。

だが木目という自然の模様は完全に唯一無二である。


どれだけ似せて作っても同じ柄は絶対に存在しない。


(つまり、これが元は一つの木だったという揺るぎない証拠だ)


「これは宮正(きゅうせい)様からもらったものですか?」


雨明(ユイメイ)が静かに尋ねると、小燕(シャオエン)は驚いた顔をしたのち、首を横に振る。


「いえ、これは私の母が残してくれたお守りなんです」


彼女は戻ってきた木玉の表面を愛おしそうになぞった。


「顔も覚えていないくらい幼い頃に母は私をおいて遠くへ働きに出たっきりで……」


母が自分に残してくれたものだと聞かされているという。


「離れていてもずっと仕送りを続けて育ててくれたんです」


姿は見えなくても大切に想われているのだと語った。

いつか会える日のためにこのお守りを大事に持っているらしい。


ぴったりと重なり合った二つの護符。

片方は小燕(シャオエン)の母親が娘に残したものだという。


しかしなぜもう片方が宮正の隠し箱から出てきたんだ?



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