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後宮の遺品整理人  作者: cheeery


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雨明の末路



長い回廊を、二つの足音が響く。

仕事を終え、後宮の出口へと向かう道すがらだ。


日は西に傾き、朱塗りの柱が長い影を落としている。


雨明(ユイメイ)は無言で歩きながら、(ふところ)の重みを確かめた。


ずしり、とした心地よい重量感。

先ほど渡された革袋には、相場の倍以上の報酬が入っている。


(……さすがは後宮、払いがいい)


雨明(ユイメイ)は口元を緩めた。

これだけの金があれば、店の雨漏りも直せるし、しばらくは食うに困らない。


今夜は奮発して、市場で一番高い豚肉を買って帰ろうか。

そんな呑気な計画を立てていた時だった。


「……雨明(ユイメイ)


前を行く蒼玲(ソウレイ)が、不意に足を止めた。


彼が振り返る。

夕陽を背にしたその表情は、逆光で読み取れない。


「はい。なにか手違いでも?金額なら確かめましたが」

「いや。金の話ではない」


「なら私はもう帰りますよ」


蒼玲(ソウレイ)は静かに言った。


「キミが店に戻ることはない、という話だ」


雨明(ユイメイ)は眉をひそめた。


「……どういう意味でしょう?」


「言葉通りの意味だ。キミには、今日から後宮(ここ)に住んでもらう」


雨明(ユイメイ)は数秒、言葉を失った。


懐の金の重みが、急にただの石ころのように感じられる。

冗談を言っている雰囲気ではない。


彼の纏う空気が、先ほどよりも鋭くなっている。


「お断りします」


雨明(ユイメイ)は即答した。


「報酬は頂きました。仕事は終わりです。こんな息の詰まる鳥籠で暮らすつもりはありません」


蒼玲(ソウレイ)が一歩、距離を詰める。

なにを考えているかよく分からなかった。


「後宮の秘密は、外には持ち出せない。一度後宮の仕事に関わったものはみな、ここから出られないことになっている」


「……」


雨明(ユイメイ)は息を呑む。


(こいつ、騙したな……)


それを黙っていて私に依頼をしてきたのか。


「ではなに、私を今ここで殺すというのですか?」


「殺すのではない。後宮の遺品整理人として働いてほしい」


(なにが働いて“ほしい”だ)


ほしいじゃなくて命令だろう?


「衣食住は保証する。報酬も、望むだけ払おう。キミには……借銭(しゃくせん)があると聞いた。悪い取引ではなかろう?」


「そこまで調査するなんでぬかりないですね」


「……キミを取り込むためだ」


雨明(ユイメイ)は小さく溜息をつき、肩の力を抜いた。


彼女は現実主義者だ。

勝てない勝負はしないし、損な取引もしない。


(もともと金に食いついた自分も悪かったしな)


「はぁ……」


◆◆


最初の依頼の遺品整理を終えた後、蒼玲(ソウレイ)雨明(ユイメイ)を連れて、音もなく進んでいった。


煌びやかな中心部から離れ、灯りの少ない、木々がうっそうと茂る区画へと足を踏み入れる。

そこは、先ほどまでの華やかさがウソのように静まり返っていた。


「……ここだ」


蒼玲(ソウレイ)が足を止めたのは、古いこじんまりとした離れの屋敷だった。


周囲を高い塀と木々に囲まれ、外からは完全に隠されている。


「普段は誰も近づかない場所ゆえ、人目は避けられる」


彼は扉を開け、雨明を中へと招き入れた。


室内は埃とカビの臭いが充満した薄暗いガラクタ部屋だった。

残された調度品や椅子も朽ち果てる寸前の代物ばかりである。


「こんな部屋しか与えられずすまない。食事は毎日ここに運ばせる手はずだ」


蒼玲(ソウレイ)はひどく後ろめたそうにして視線を逸らした。


「あとこれ……夜食だ。冷めないうちに腹に入れておけ」


差し出されたものを覗き込むと、そこには赤ちゃんの頬のように白くて滑らかな、握り拳ほどの大きさの饅頭(まんじゅう)が二つ、並んでいた。


てっぺんがほんのりと桃色に染められ、可愛らしい桃の形をしている。


「桃饅頭……?」


雨明は目を丸くした。


(ここは夜食も出るのか……最高じゃないか!)


手に取ると、まだ熱い。

ふかふかの皮を割れば、中から濃厚な蓮の実餡がとろりと顔を出す。


雨明(ユイメイ)は大きな口を開け、桃饅頭にかぶりついた。


口いっぱいに広がる、上品で優しい甘さ。

疲れた脳に糖分が染み渡り、空腹で鳴りそうだった腹の虫が大人しくなる。  


(ん~……!生き返る!)


「……本来ならもっと良い部屋を用意すべきだが、この場所で、死を扱う人間を忌み嫌う者は多い。窮屈な思いをさせるが、我慢してほしい」


雨明(ユイメイ)はふっと小さく息を吐いた。


ずっと一人で生きてきた彼女にとって、この隔離された空間は、むしろこの上なく心地よい城だった。


(それに夜食付きは、最高だ)


蒼玲(ソウレイ)は、どこか拍子抜けしたような、しかし安堵したような表情を浮かべた。


「では、今夜は休め。依頼がある時はまたここを訪ねる」


そう言って背中を見せると、蒼玲はぴたりと足を止めた。


「それから……騙してすまなかった」


雨明(ユイメイ)はキョトンとした顔をする。


(騙したことには罪悪感を覚えるんだな……)


「変なやつ……」


彼が静かに扉を閉め、去っていく足音が遠ざかる。

雨明(ユイメイ)は一人残された部屋で、大きく伸びをした。


窓の外から聞こえるのは、虫の声だけ。

物事を悲劇的に考えるのは好きじゃない。


起きたことに対して順応していく。

それが彼女の方針だ。


(まぁ……なるようになるか)





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