表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遥かなる娘  作者: 無花果
7/7

第7話 遥への愛、深まる影

遥が生まれてから、悠斗の人生は遥を中心に回り始めた。

最初は「普通の父親」としてだった。

ミルクをあげ、オムツを替え、夜泣きに付き合い、初めての寝返りやハイハイを喜んだ。

凛も同じように、母として遥を愛し、家族三人で穏やかな日々を送っていた。

でも、年月が経つにつれ、悠斗の視線は遥にしか向かなくなっていった。

遥が3歳の頃、公園で遊ぶ遥を見て、悠斗は自然に手を差し伸べた。

凛が「お弁当作ってきたよ」と言うと

悠斗は「ありがとう」と言いながらも、遥の笑顔ばかりを追いかけた。

遥が小学校に上がると、悠斗は毎日のように学校の送り迎えをし

宿題を手伝い、運動会の応援に一番大きな声を出した。

凛が「私が送って行きますよ……」と言うと

悠斗は「仕事で疲れてるだろ? 俺が行くよ」と優しく断った。

凛は最初、微笑んで受け入れていた。

「悠斗、ほんとに遥のこと大好きだね」

でも、遥が中学生になる頃には、凛の笑顔に翳りが差すようになった。

家族旅行の計画を立てるとき、悠斗はいつも「遥が喜ぶ場所」を最優先にした。

凛の希望は「また今度」で片付けられることが増えた。

夕食の席で凛が仕事の話をしても、悠斗の耳は遥の学校の話にしか向いていなかった。

遥自身も、悠斗の愛情を強く感じていた。

「パパ、今日も一緒に帰ってくれるの?」

「もちろん。遥がいないと、俺寂しいからな」

遥は照れくさそうに笑った。

でも、その笑顔の奥に、どこか複雑な感情が混じり始めていた。凛は静かに耐えていた。

「娘が可愛いのは当たり前」

「悠斗は仕事で疲れてるから」

そう自分に言い聞かせてきた。

でも、遥が高校生になった頃、凛はついに気づいてしまった。

悠斗が遥を見る目は、もはや「父親の目」ではなかった。

優しく、切なく、熱を帯びた視線。

遥が家に帰ると、悠斗の顔がぱっと明るくなる。

遥が少しでも疲れた顔をすると、悠斗はすぐに肩を揉み、飲み物を用意し、話を聞く。

凛は、ある夜、悠斗に静かに聞いた。

「悠斗……遥のこと、どう思ってるの?」

悠斗は一瞬、言葉に詰まった。

「……可愛い娘だよ。俺の宝物」

凛は目を伏せた。「……それだけ?」

悠斗は答えられなかった。答えられない自分が、怖かった。

遥が18歳になった年。悠斗は、遥の成人祝いに小さなパーティーを開いた。

凛も笑顔でケーキを用意したが、その目はどこか遠くを見ていた。

パーティーの後、遥が悠斗に言った。

「パパ、ありがとう。ずっと、そばにいてくれて」

悠斗は遥の髪を優しく撫でた。

「……遥がいれば、俺は何もいらないよ」その言葉に、遥の頰が赤くなった。

凛はリビングの隅で、その光景を黙って見ていた。

翌朝、凛は悠斗に離婚届を差し出した。

「悠斗、もう……無理だよ」

悠斗は驚いて顔を上げた。

「凛……?」

凛は少しだけ笑って、それからゆっくり首を振った。

「ねえ、悠斗。私ね……ずっと見てたよ」

「あなたが遥を見る目、気づかないふりしてただけ」

悠斗は言葉を失う。

「最初はね、ただの“親バカ”だと思ってた」

「でも違った……だんだん、違うものに変わっていった」

一瞬だけ、声が震える。

「あなたの中で、私は……家族じゃなくなってた」

沈黙。

「遥のこと……娘じゃなくて、一人の女性として見てるよね」

悠斗は何も言えない。

「責めたいわけじゃないの」

「ただ、このままここにいたら……私、自分が壊れる」

凛はテーブルの上に離婚届を置いた。

「だから、私がいなくなる」

「その方が……きっと、二人にとってもいい」

少しだけ間を置いて、最後に。

「お願いだから、ちゃんと向き合ってあげて」

「遥のことも……自分の気持ちも」

悠斗は震える声で言った。「……ごめん、凛。俺……」

凛は首を振った。「謝らなくていい。

 悠斗は、遥を幸せにしてあげて。

   それが遥が生まれた意味だから....」

凛は荷物をまとめ、静かに家を出て行った。

残された家に、悠斗と遥だけが残った。

遥は悠斗の隣に座り、手を握った。「パパ……ママ、いなくなっちゃった」

悠斗は遥を抱き寄せた。「……ごめんな、遥。俺のせいだ」

遥は首を振って、悠斗の胸に顔を埋めた。

「私……パパが好きだよ。

 父親としてじゃなくて……もっと、近くにいたいって思ってる」

悠斗は遥の髪を撫でながら、目を閉じた。「……俺もだよ、遥」

二人は、その日から「父親と娘」ではなく、「悠斗と遥」として暮らし始めた。

世間から見れば禁忌の関係。

でも、悠斗にとっては、それが唯一の救いだった。

遥の笑顔が、悠斗のすべてになった。でも、心のどこかで——

凛の最後の言葉が、消えずに残っていた。「遥の生まれた意味……」

悠斗は、遥を抱きしめながら思った。

(俺は、本当にこれでいいのか?)答えは、出なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ