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遥かなる娘  作者: 無花果
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第4話 出会いと 揺らぎ始める心

2026年4月。新年度の空気が社内に満ちていた。

入社式の翌日、新入社員たちが各部署に挨拶回りに回る時期。

悠斗の営業部にも、緊張した面持ちの新人が何人か訪れた。

その中に、遥が何度も繰り返し教えてくれた「凛」がいた。

ショートカットの黒髪。白いブラウスに紺のスカート。

清楚で柔らかい笑顔、少し天然が入っているような雰囲気。

名札には「佐藤 凛」と書かれている。

「はじめまして、佐藤凛です。経理部に配属になりました。よろしくお願いします!」

彼女が頭を下げると、周りの先輩たちが「お、可愛い子来たね」「頑張って〜」と軽く盛り上がった。

悠斗はデスクからそっと彼女を見ていた。(……遥の言ってた通りだ。笑顔が、そっくり)

遥のマニュアルが頭に浮かぶ。

『最初の1ヶ月は距離を詰めすぎない。でも、覚えてもらえる存在になる』

挨拶が終わって凛が去ろうとした瞬間、悠斗は勇気を出し立ち上がった。

「佐藤さん、ちょっと待って」

凛が振り返る。「え……はい?」

「営業部の佐伯悠斗です。経理とよく連携する部署だから、これからよろしくね」

凛は少し驚いた顔をして、それからぱっと笑った。

「はい! よろしくお願いします、佐伯さん!」

その笑顔が、遥の笑顔に重なって——悠斗は一瞬、胸が締め付けられるのを感じた。

でも、すぐに頭を振って自分を落ち着かせた。(違う。凛は凛だ。遥は……遥)


それから数日、悠斗は遥の教えを忠実に実践した。

コピー機の前で鉢合わせしたとき。「佐藤さん、資料多い? 俺が半分持つよ」

「あ、ありがとうございます! でも大丈夫です……あ、でもちょっと重いかも」

「じゃあ、一緒に運ぼうか」

小さなやり取りを積み重ねるたび、凛の反応が変わっていった。

「いえ、自分でやりますから、大丈夫です」

「佐伯さん、いつも助かってます」「佐伯さん、これお願いしていいですか?」

「佐伯さんって、優しいですよね」「佐伯さん、ありがとう」

丁寧語が、少しずつ柔らかくなっていった。

そして、入社1ヶ月が過ぎた頃。社内の新入社員の歓迎会が開かれた。

居酒屋の座敷で、ビールが回り、自己紹介が始まる。

凛は悠斗の隣に座っていた。

ゲームの罰ゲームで、凛が「好きなタイプ」を発表することになった。

「えー……優しくて、頼りになる人、ですかね」

周りが「俺じゃダメだ!」、「それ俺じゃん」と男性社員が反応し盛り上がる

その中の一人が「例えば、この中では誰?」と質問する。

凜は悠斗の顔をチラッと見る、周りがすかさず「まさか、悠斗?」と茶化す

凛は顔を赤くして、慌てて首を振った。「ち、違いますよ! そんな……」

でも、チラチラと悠斗の方を見ている。

悠斗はビールを一口飲んで、静かに言った。

「俺も、佐藤さんみたいな明るい子、タイプだよ」

凛の耳が真っ赤になった。「え……佐伯さん……」

その夜、飲み会が終わって駅に向かう途中。

凛が少し離れて歩いていた悠斗に、駆け寄ってきた。

「佐伯さん、さっきの……本当、ですか?」

悠斗は足を止めて、凛を見た。遥の言葉がよみがえる。

『好きかものサインが出たら、ちゃんと反応して』

悠斗は深呼吸して、微笑んだ。

「嘘じゃないよ。佐藤さんのことちょっと気になってるんだよね」

「本当ですか?」「うん、本当」「凛って呼んでもいい?」

凛は突然の言葉に目を丸くして、それから小さく頷いた。

「……はい。いいですよ悠斗、さん」

二人は並んで歩き始めた。

4月の夜風が、少し冷たい。

悠斗は凛の横顔を見ながら、胸の奥で複雑な感情が渦巻くのを感じた。嬉しい。

これが、遥が望んだ未来への第一歩だ。

でも、同時に——遥の顔が浮かぶ。家に帰れば、遥が待っている。

「おかえり、悠斗。どうだった? ママとは?」と、笑顔で聞いてくるだろう。

悠斗は小さく息を吐いた。(遥……ありがとう。お前の教えが、ちゃんと効いてるよ)

アパートのドアを開けると、遥がキッチンで何かを作っていた。

「おかえり、悠斗。遅かったね。飲み会、どうだった?」

悠斗は靴を脱ぎながら、静かに言った。

「……凛と、話せたよ。名前で呼んでもいいって」

遥の手が、ぴたりと止まった。それから、ゆっくりと振り返って、笑顔を作った。

「やったね! 悠斗、すごい!」でも、その笑顔は少しだけ、ぎこちなかった。

「まだ始まったばかりだけど……これから、ちゃんとやるよ」

遥は頷いて、鍋をかき混ぜた。「うん。がんばって。ママときっとうまく行くよね」

その声は、どこか寂しげだった。

悠斗はソファでくつろぎながら「お前が存在してるってことは、上手く行くってことだよな」と笑う

遥はキッチンで遠い目をして頷いていた

(遥……お前は俺の娘だ。

 でも、今の俺は……凛と、ちゃんと向き合わなきゃいけない)遥の未来のためにも。

心のどこかで、遥の存在が大きくなっていた。



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