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遥かなる娘  作者: 無花果
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第2話 娘との日常、始まる

遥がアパートに住み着いてから、最初の数日はぎこちなかった。

狭い1Kに二人で寝ることに、悠斗はベッドを遥に譲り、自分はソファで寝ることにした。

遥は「私がソファでいいよ」と言い張ったが、悠斗が「いや、俺がいい」と押し切った。

「だって、悠斗の方が背高いし、ソファだと足がはみ出ちゃうでしょ?」

「……だからって、娘にソファで寝かせる父親なんていないだろ」

「未来の悠斗は腰痛持ちになるんだから、今から予防しなきゃ」

そんなやり取りが毎日のように繰り返された。

朝、遥が先に起きてトーストと目玉焼きを作ってくれるようになった。

コンビニの食パンと冷蔵庫の卵で、簡単なものだが

悠斗にとっては久しぶりの「誰かが作ってくれた朝食」だった。

「おはよう、悠斗。今日はスクランブルエッグにしたよ」

「……お前、朝から元気だな」

「未来から来たんだから、我慢強いんだよ」

悠斗は苦笑しながらフォークを手に取った。

味は普通だったが、なぜか懐かしい気がした。

未来の自分が好きになる味なのかもしれない。


仕事から帰ると、遥はすでに夕飯の準備をしていた。

レトルトカレーや冷凍食品をチンする程度だが

テーブルに並べられた皿を見ると、妙に落ち着く。

「今日はハヤシライスだよ。悠斗の好きなやつ」

「……俺、いつ好きだって言ったっけ?」

「未来では好きだったよ。毎週土曜の夜に作ってた」

悠斗はスプーンを口に運びながら、遥の横顔を見た。

彼女はスマホをいじりながら、時折悠斗の反応をチラチラ窺っている。

夜になると、二人はソファに並んでテレビを見たり、スマホをスクロールしたりした。

遥は少しずつ未来の話をした。

「2045年って、スマホはもっと薄くなってて、巻けるようになってるんだよ」

「マジか……今の俺のスマホ、もう限界なのに」

「あと、自動運転は当たり前。タクシー乗らなくても、自分の車が勝手に会社まで連れてってくれる」

「……羨ましいな、それ」

そんな他愛もない会話が続くうちに、悠斗は遥の存在に少しずつ慣れていった。

でも、呼び方の件だけはまだ違和感が残っていた。

ある夜、悠斗がビールを飲みながら遥に言った。

「なあ、遥。やっぱり『悠斗』って呼ぶの、変じゃね?」

遥はテレビのリモコンを置いて、悠斗の方を向いた。

「変じゃないよ。慣れてきたでしょ?」

「いや、慣れてねぇよ。毎回『ん?』って反応しちゃうし……

 せめて『お父さん』か『パパ』に戻してくれよ。父親なんだからさ」

遥は少し考えてから、静かに首を振った。

「だめ。パパって呼ぶと、未来の記憶がよみがえっちゃうの。」

彼女の瞳が、少し潤んでいた。「だから、ここでは『悠斗』で。友達みたいに、普通に暮らしたいの」

悠斗はビールの缶をテーブルに置いた。

「あのさ、本当に俺が原因で離婚したのか?」遥は小さく頷いた。

「うん。詳しくはわからないけどママをちゃんと愛せてなかったんだよ、たぶん」

悠斗は胸がざわついた。「俺、そんな父親になるのか……」

「なる前に、変えようよ。だから、私がここにいるんだから」

悠斗は天井を見上げて、深く息を吐いた。

「……わかった。『悠斗』でいいよ。

 でも、時々『パパ』って呼んでもいいぞ。俺、嫌いじゃないから」

遥の顔がぱっと明るくなった。

「ほんと? じゃあ、特別なときだけね!」

それから、遥は「悠斗」と呼ぶのをやめなかった。

悠斗は最初こそ毎回引っかかっていたが、徐々にそれが「日常」になっていった。

そして、遥は本格的な「教育」を始めた。

「悠斗、ネクタイ曲がってるよ。こうやって直すの」

「髪、寝癖ついてる。ちゃんとブラシして」

「シャツはちゃんとアイロンかけること!」

「今日のプレゼン資料、フォント小さすぎ。見づらいって絶対言われるよ」

悠斗は面倒くさがりながらも、遥の指摘に従った。

すると、会社の評価が少しずつ上がっていった。

同僚に「最近、なんか雰囲気変わったな」と言われるようになった。

遥はさらに踏み込んだ。「女の子の気持ちって、こうなんだよ」

「ママは、こういう言葉に弱いと思う」

「『お疲れ様』より『今日も頑張ってたね』の方が刺さるよ」

悠斗は半信半疑だったが、メモを取るようになった。

「来年の4月、新卒で入ってくるママを、絶対に落とすんだから、がんばってよ」

遥はそう言って、まるでコーチのように悠斗を鍛え始めた。

悠斗は苦笑しながら思った。

(俺、未来の娘に恋愛指南されてる……って、どんな状況だよ)

でも、どこかで楽しんでいる自分もいた。

遥との生活は、予想外に心地よかった。

狭い部屋なのに、孤独じゃなかった。

来年の春が近づいてくる。

凛が入社する日が、すぐそこまで来ていた。



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