第2話 夏、帰省したその日
第二話です!一話もぜひ見てください。コメントも募集中です!
「——あ、お父さん!」
気づいたときには走っていた。 駆け寄るはずなのに、距離は縮まらない。いや、それどころか——父はなぜか俺に背をむけ、振り返りもせず遠くへ行ってしまう。
「待ってよ……今そっち行くから」
すると突然、あたりの空間がガラガラと音を立てて崩れていく。その瓦礫に隠れて父の姿が
呑み込まれていく。
「待って——!」
声が出ているはずなのに、瓦礫の音にかき消されて、すぐに消えてしまう。伸ばした手は空を切る。父の姿はもうとっくに見えなくなってしまった。
「……行かないでよ。お父さん……!」
そこで、目が覚めた。息が荒い。胸が燃えているようだ。見上げると、伸びきった紐の電灯と、静かな木の天井が広がっていた。蝉の鳴き声がジジジとうるさく泣き喚いているのが聞こえる。そこでようやく、先程までのあれは夢だったんだと気付いた。
——なのに、あの時の景色は色褪せるどころか、3年たった今はむしろ濃くなっている気がする。 慣れるなんて、きっと無理だ。でも、あの夢はきっと父との約束を忘れないための“戒め”だと、俺は考えている。
それを心に刻み、汗に濡れて冷えてきた身体をゆっくりと起こす。そして——腹が減っていることにようやく気づいた。夢の名残みたいな息苦しさも、現実の空腹には勝てない。朝飯を求めて廊下を歩き、リビングへ向かう。
リビングの扉を開けると、奥のキッチンの方からジューッと油の跳ねた音がする。続けて、醤油の少し焦げた、鮭の匂いが鼻をくすぐった。……ああ、腹減った。
「おはよう、ばあちゃん」
祖母は鮭をひっくり返しながら、いつもの調子で笑った。 次々と大量の料理を並べていくなかで、ふと思い出したように言う。
「そういえばねぇ……最近この辺り、夜になるとちょっと妙な噂があってさ」
「また?今度はなに?」
「新しくできたあの白い工場、わかるかい?公園の奥にあるやつ。あそこね、夜になると“誰
かが歌ってる”ってみんな言うんだよ」
俺は椅子に座りながら、話半分で耳を傾けた。
「工場の人の鼻歌とかじゃないの?」
祖母はかぶせるように首を振った。
「違う違う。人の声じゃない、って言う人もいるのよ。なんか……“ひどく澄んだ声”なんだって。ほら、あんた小さいころさ、頭に光る輪っかつけて遊んでたじゃない?あれ思い出すような、不思議な光がちらっと見えたって人もいるんだと」
「光る輪っか……?また変な噂拾ってきたな」
「噂話くらい楽しみにしてもいいだろう。ほら、いっぱい食べな!」
並んでいる料理を見ているだけで、腹の虫が盛大に鳴いた。気がつけば手を合わせていた。
「いただきます!」
手を合わせたあと、俺の箸はもう動いていた。祖母の料理を食べるたび、やはりどれも絶品
だと思う。すると、祖母は新しくもう一皿追加する。
「あんたがそうやって美味しそうに食ってるの見るのも随分久しぶりだねえ」
「そうだっけ?」
ご飯をばくばくと食べながら答える。
「そうよぉ。だって前に帰ってきたのだって……」
「ちょうど一年前の、お盆じゃないかい」
その言葉に、箸の動きがぴたりと止まる。
「え?そんなに帰ってなかった?」
箸先には、まだ食べられなかった米粒がひとつだけ残っている。視界の端で、祖母が肩をすくめた。
「あんたねえ……私だって結構心配してるんだからね?中学に入ってすぐに『都会で一人暮
らしする!』って言ってそのままほとんど帰らずに……」
このまま説教ルート確定だ、と悟る。俺は慌てて別の話題を放り込む。
「そういえば!おばあちゃんは、今日墓参り行くんだよね?」
「え?そうそうそのことなんだけどね?」
話題転換、成功。祖母は声のトーンを少し柔らかくして続けた。
「私ね、今日どうしても遠藤さんのところ行かなきゃならなくなっちゃってね。だから——
悪いけど、今日は一人で行ってくれるかい?」
白米を頬張りながら、俺は軽くうなずく。
「ほんと?助かるよ。まあ……ゆっくりしておいで。話したいことも、きっとあるだろうし」
そこで祖母は、少しだけ俺を見た。ほんの一瞬。だけど、その視線は、俺の心の奥を覗き込むみたいだった。俺はその意味に気づかないふりをして、また箸を動かす。部屋には扇風機の音と食器の重なる音だけが響いていた。気づけば茶碗の中は空っぽで、祖母は満足そうに微笑んでいた。
「食べ終わったら支度しな。暑くなる前に行ったほうがいいよ」
そう言われて、俺は小さくうなずく。また一年たって、約束を守っているよって、伝えたい。そう思いながら、箸を揃え、再び手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
その手は、ほんの少しだけど震えていた。
現在、カクヨムをメインに焼きそばにきという名前で行なっています。ぜひそちらの方も見てください。一章は毎日投稿予定です。




