年齢
淡々と述べるセラーネ様の言葉に、私は立ち上がってテーブルを強く叩いた。
「ちょっと待ってください!どうして私の近くにいる人になるんですか!」
「これは失礼致しました。この話は、かもしれない、という推測の域を出ません。貴女のその質問に応えるのならば、今王城に居る屈指の実力者達と貴女が一緒に居るのを見かけたことがあるのです。動機は知りませんが、遠隔操作なんて馬鹿げたことが出来る人は限られます。図書館からしらみ潰しに探していけば、犯人は見つかるでしょう」
「犯人探しは難しいとか言いながら、特定出来そうじゃありません?なんなんです?さっきの弱気な態度は」
リュサールの呆れたような態度に、セラーネ様は「確かに」と納得したように声を上げた。
「そうですね。情報をきちんと洗い出せば容易いことでした。そもそも、ここまで分かってるならわたくしなら簡単なことでしたね。何故、難しいことなどと思ったのでしょう。頭の回転速度が落ちているのでしょうか。⋯⋯あ。頭の回転というのは、実際に頭が回るわけではありませんよ。結論を出すまでのスピードが今は遅いという意味です」
「あぁ、はい、大丈夫、知ってますよ」
「おや、そうでした?人間の学習スピードというのは本当に恐ろしいと感じます。一年程前までは、あんなに小さな赤子だったというのに⋯⋯。そのうち、わたくしの知識にも皆が追いついてしまいそうですね」
しみじみと感傷に耽っているセラーネ様を無視して、リュサールが私の耳元に唇を寄せてきた。
「ラディ、失礼なことをお聞きしますけど、王族魔導師殿は何歳なのです?見た目は若そうに見えますけど⋯⋯」
「さぁ⋯⋯。聞いたことないなぁ。エルフだし、私達よりずっと長生きなんじゃない?」
「わたくしの年齢、人間になってからの歳月という話しだとすれば、それは八百から九百歳の間のどこかかと思われます。しかし、ちゃんと数えたことが無いので事実は不明です」
「うわぁ!?」
「わっ⋯⋯」
突然間に割って入ってきたエルフの端正な顔に私もリュサールも咄嗟に後ろに下がってしまう。
「せ、セラーネ様⋯⋯」
「お二人は、エルフの聴覚というものを侮っておられますね?こんなに長い耳なのですから、これくらいの距離のこそこそ話だなんて丸聞こえに決まっているでしょう。全く、失礼なお方ですね。さて、わたくしの年齢なんてもうどうでもいいでしょう。せっかくですし、お二人には少々頼みたいことがございます」
「頼みたいこと?僕にもですか?」
「えぇ。ついでに、貴女方の望みも叶えられるかもしれませんよ。いかが致しますか?」
セラーネ様の問いかけに、私はリュサールと共に顔を合わせる。
「私はやります」
「なら僕も。城には暫く滞在するつもりでいますし」
「なら良かったです」
「それで、手伝って欲しい内容っていうのは?」
私の問いかけに、セラーネ様の口がゆっくりと動く。その形のいい唇から発せられた言葉に、私達は手伝いを名乗り出たことを後悔した。その内容とは──
「す、スパイ⋯⋯?」
「えぇ。相手がスパイを送り込んでいるのなら、こにらもやり返してやろうかと思いまして、ついさっき思いつきました。そして今、脳内で容疑者のリストアップもしております。少々お待ちください」
「いやいやいやいや!ちょっと待ってくださいよ!図書館の人達って、凄く怖いんですよ!?心の中見透かされてそうだし、悪口もすっごく上手で怖いし⋯⋯。すぐバレちゃうよ。ね!リュサール!」
なんとか味方を作ろうと隣の彼に視線を向けるが、リュサールは私と同じ思考では無かったようで、楽しそうに笑顔を浮かべていた。
「いえ。僕はやりたいですよ。それに、僕は図書員に向いているらしいので。でも、ラディがどうしても嫌だと言うのなら、僕もこの話は辞退しますよ。どうします?」
「⋯⋯分かった。やるよ。やればいいんでしょ」
「ありがとうございます。ラディ様、リュサール様。それと、こちらが容疑者一覧です。確認してください」
「はっや⋯⋯」
どこが頭の回転が遅いのだろうと思いつつも、いつの間に用意してくれたらしい紙を受け取る。紙は四枚もあって、それぞれ顔写真と簡単な情報が書かれていた。
「⋯⋯これ、前もって準備してたんですか?」
「ん?いえ、今準備したものですが、なにか不備でもございました?」
「い、いえ。やっぱり、王族魔導師は凄いな〜って、関心しただけです⋯⋯」
セラーネ様から受け取った紙に書かれていた人は、当然だが図書員の人ばかりだった。しかし、騎士も何人か混ざっている。
「簡単にわたくしの口からも説明しましょうか。主な容疑者、遠隔操作が出来ると見ている人物は、今城に滞在されている学院の五締メ、学院生徒会書記のナナリー、騎士団のロマノ。この辺りがわたくしが特に疑っている方々です。わたくしはほとんど接点はありませんけれど、いつどこで恨みを買っているかは分かりませんから。⋯⋯それから、一応、実力としてはランカ坊っちゃまも当然可能ですが、リストからは外しています。とにかく、その方々との接触をお願い致します。このことはあとでフェマにも連絡を入れておきます。上手く彼と連携を取るといいでしょう」
「分かりました。あ、あとセラーネ様、最後に一つ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「どうぞ」
「実は、一般市民の私の友達が、調べ物で王国図書館を利用したいと言っているのですが、図書館が解放される目処とか、分かったりしませんかね⋯⋯?」
「はぁ。坊っちゃまが分からない図書館の事情を、出不精のわたくしが知っているはずないでしょう。それを知りたいのなら、大人しくこの件を解決した方が早いかと思われますよ」
セラーネ様の呆れた回答を聞いて、私達の用事は終わった。セラーネ様も、話は終わったと思ったらしく、なにやら分厚い本を読み出した。
「兄さーん。いるー?新人の図書員が、兄さんに聞きたいことがあるんだって⋯⋯って、げぇ!」
セラーネ様の部屋を出ようとしたところタイミング悪く、ネヒアと鉢合わせてしまった。彼はリュサールの顔を見た途端に、あからさまに嫌悪を浮かべた表情を見せた。
「おや、人の顔を見て、げぇ、とは随分といいご挨拶ですね。主人の婚約者に対して失礼だと思いません?」
「思う思う。嫌になるくらい思ってる。リュサール様が主人になんてなってほしくないな〜ってこれでもかと思ってるよ」
「ほう?相変わらず口のしつけがなっていませんね。僕の顔を見る度にガミガミと噛み付いてこないでくれます?猟犬」
「やだなぁ、それこっちの台詞ですよ〜。腹黒貴族」
リュサールとネヒアは、その後暫くもバチバチと火花を散らしながら言い争っていた。早く行かないと日が暮れると私が切り出して、その場は無理に喧嘩を終わらせたのだった。
(これ、喧嘩するほど仲が良い、のかな⋯⋯)
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マジでどうでもいい裏話
Qランカへ
セラーネ様が今でも坊っちゃま呼びしてくるのどう思う?
「辞めて欲しいかな。ほら、あの人って、大衆の前でも『ランカ坊っちゃま』って言ってきそうじゃん?それされると、なんか、今後暫く街を歩けなくなりそうだからさ。全く。師匠には早く弟子離れして欲しいものだよ」