トラップ
ノアラとフォルテを部屋まで送った後、私はリュサールを連れて、再度騎士団へと足を運んだ。ノアラの処罰と、あの騎士の容態を聞くためだ。
「姉様、騎士団長、いますか?」
騎士団に入り、そう声を掛ける。騎士団は、先程の騒ぎなんて無かったかのように、皆鍛錬に励んでいた。姉様とダーシルテルタ騎士団長は私達に気付くと、すぐに駆け寄ってくれた。
「ラディ、戻ってきたんだな」
「はい」
「どう?二人の様子は。ノアラちゃんは勿論だけど、フォルテちゃんも、結構気に病んでるみたいだったからさ。少し心配しているんだ」
「一応、元気そうにはしていましたよ。でも、私にはどうしても、無理をしてるように見えてしまって⋯⋯。考え過ぎだと思うんですけどね」
考え過ぎだと信じたい。しかし、どう見ても、あの時のノアラは、明らかに自身のやってしまったことに対して震えているようだった。
「うーん、そうか。あまり考え込んで欲しく無いんだけどな。ノアラちゃんにも言ったけど、アイツの態度は俺も少し気になってたからさ。でも、相手も貴族だし、妙に横の繋がりが広くてさ。俺も困ってたんだ。でも、今回の一件で、初の謹慎処分くらいにはなるだろうね」
「そうですか⋯⋯。あの人は、今はどうなってるんですか?」
「ミヒリの治療を受けて、今は大人しくしている。ミヒリ、医療知識もあるんだな。驚いた」
「私も驚きました⋯⋯」
流石はなんでも出来るメイドだ。しかし、本格的な治療なんてメイドの仕事内容なのだろうか。それとも、ミヒリの元々の才能なのだろうか。
「呼びましたか?」
「うわぁ!?」
気付いたら後ろに突っ立っていたミヒリに、そんな驚きの声を上げる。今日は何故かよく背後に立たれる。これは気づけない私が悪いのだろうか。
「ミヒリ、ヤンフィの調子はどうだ?」
「今は寝ておられますよ。しかし、なにをしたらあんな酷い状態になるんですか?骨が何本も折られていましたよ」
そう言って、ミヒリはバインダーをフォルテに差し出した。
「カルテまで作ってくれたのか⋯⋯」
「簡単なものですけどね。私はただ医療知識が多少あるだけのメイドであって、医者ではありませんので」
「いや、十分だ。アイツはこの後、病院に連れて行かせる」
「そうしてください。では、他に要件が無ければ、我々はこれで失礼します。⋯⋯ロレッタ」
「はいはい。じゃーな。えーっと、フィナサマに、ミラータダンチョー」
明らかに言い慣れていない呼び方に、姉様と騎士団長も、吹き出してしまった。
「ふふ、あぁ、じゃあな。ロレッタ」
「あはは。あぁ、またな。騎士団はいつでもお前を歓迎するぜ。気が向いたら来いよ」
「⋯⋯考えとく。じゃーな」
ミヒリは一礼して、せっせと歩いていくロレッタを追いかけて騎士団を出ていった。
「二人はこれからどうする?」
「うーん。私は、セラーネ様に会いに行こうかと思うんだけど、リュサールはどうする?」
「城内を一人で歩き回るわけにはいかないでしょう?僕も付いていきますよ。でも、何故王族魔導師なんです?」
「兄様が忙しそうだから、今何度も押しかけるのは悪いかなって。それに、セラーネ様はフラットな目線を持ってるから、なにか新しい情報があるかなと思ったんだ。あと、帰ってから会ってないし、顔を見せに行きたいなって」
「なるほど。分かりました」
私の説明に、リュサールは納得してくれたらしく、頷いてくれた。
「あ、ちょっと待ってくれ。セラーネ殿に会うなら、ついでに渡して欲しいものがあるんだ。執務室から取ってくる。少し待っててくれ」
姉様は執務室に駆け足で入っていき、少ししてなにか本を手にして戻ってきた。
「セラーネ殿に会うなら、これを渡して欲しいんだ。読み終わったから、もう返したかったんだが、会う機会が無くてな。頼めるだろうか?」
姉様が差し出した本を受け取り、表紙を一瞥する。そこには、「戦争の歴史」となにやら難しそうな内容が予想できるタイトルが書いていた。
「分かりました。ちゃんと届けます」
「あぁ、助かる」
「それじゃ、私達も、これで失礼しますね。姉様、ダーシルテルタ騎士団長、お仕事頑張ってください」
二人に一礼して、私はリュサールの手を引いてセラーネ様の部屋へと向かうのだった。
***
「リュサールは、セラーネ様の部屋に行ったことがあったっけ?」
「いいえ。お会いしたことはありましたけど、お部屋に行ったことはありません」
「へぇ⋯⋯。セラーネ様って、どんな印象?」
「へ?うーん。気前は良いけどなんだか倒れそうで不安になるご老人というか⋯⋯」
「あ〜⋯⋯」
(そうだった。あの人、外に出る時は老人になるんだった⋯⋯)
若い方の姿ばかり見ているせいで忘れそうになるが、あの人はいつも老人のふりをしているのだ。
(いや、ふりというより、実際老人なのか?)
「多分、今は老人じゃないと思うから、セラーネ様に会っても驚かないでね」
「え?はい」
リュサールに前置きで警告だけして、セラーネ様の部屋の前にまでたどり着く。用意されたトラップだなんてもう慣れたものだ。
(いや、設置されてた?何も感じなかった気がする⋯⋯。普通に歩いてきただけで辿り着けた⋯⋯)
ドアノブを掴んだところに、急に不安がどっと込み上げてくる。今まで、セラーネ様の部屋までの道のりの中、トラップが何も仕掛けられてなかったことなんて一度も無かった。
「⋯⋯ラディ?」
「⋯⋯大丈夫。開けるね」
一つ深呼吸をして胸の鼓動を必死に抑えて、扉を開ける。そこには──
「セラーネ様!⋯⋯セラーネ、様?」
腹部から血を流し、吐血して倒れているセラーネ様が居た。
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