現状にとても満足している
姉様に案内された執務室は、きちんと整頓されていて、真新しいかのように小綺麗な部屋だった。
「どうぞ、座ってくれ」
姉様の言葉に従って、私達はふかふかのソファに二人並んで腰を下ろす。姉様は向かいの椅子に座って脚を組んだ。
「それで、話とはなんだ?」
「姉様、その、私ね、リュサールと結婚することにしたの」
私の言葉に、姉様はぴくりと眉を動かす。その様子に、何かしでかしてしまったのかと、少し不安になってしまう。
「⋯⋯そうか。それは喜ばしいことだな。おめでとう。心からの祝福を君達に言い渡そう」
「副団長殿、お気持ちは大変嬉しいのですが、少々気が早いです。僕は、今抱えている問題を解決しない限り、ラディとは正式に婚姻を結べません」
「ほう?それは、一歩間違えたら婚約破棄とも取れそうな台詞だな。問題を片付けることが出来なければ、ラディとは婚姻を結ぶ気は無いのか?」
姉様の言葉に、リュサールが不機嫌そうに眉を顰めたが、すぐにいつもの調子の笑顔を貼り付け、小首を傾げた。今日は長い耳飾りをしていたらしく、それがからんと音を立てて揺れる。
「僕は、本気でラディを妻にするつもりですよ。その為に、今ある問題を片付けるのです。出来る出来ない。やり遂げるしかないのです。僕がラディと添い遂げるには、それが一番ですから」
「⋯⋯そうか」
「僕の覚悟が足りないかのような伝え方をしてしまって申し訳ありません。ですが、僕はちゃんと本気ですよ。遊びや地位名誉なんかで、この人と結婚したいだなんて思っていませんよ」
「⋯⋯はぁ、なるほど。君の気持ちは分かった。全く、羨ましいことだな」
姉様は背もたれに深くもたれ掛かり、溜息を深く吐いた後、天を仰いだ。
「私にも、そういう相手が居てくれたら、騎士団を辞めれたのかもな」
「え?姉様は、騎士団を辞めたいんですか?」
「いや、ただ、周りからは辞めろと言われているんだ。騎士団なんて、男が入る場所だと皆言っているからな。だから、私には向いていないと、入団前から散々言われてきた」
「なら、なんで入ったんですか?」
「私が不良だからだ。王女の務めはめんどくさくてな。王は基本、男がなるものだろう?そのせいで、女は基本的に王位を継ぐことはない。だから、私は産まれた当初から必要とされていなかったそうだ。でも、後から産まれたランカは、そうじゃなくてな。教育係がたくさん付けられていたこともあってか、才能をめきめき伸ばしていったんだ。そして、気付いたら図書員になっていた。あいつには期待してくれている人が大勢いるのに、私には一人もいなかった。男に勝てるわけなんて無いのに、当時の私はそれがどうも悔しくてな。ランカとは違う方法で、注目を浴びたかったんだ。方法はなんでもよかった。だから、たまたま騎士団試験の応募がかかっていたから、父上達には黙って受けたんだ。丁度よく、私には剣技の才能があったからな。⋯⋯って、なんだか、関係ない話までしてしまったな。忘れてくれ。もうとっくに昔の話だ。それに、私は現状にとても満足している。例え誰かが私に結婚話を持ちかけてきても、堂々とその手を叩けるくらいにはな」
なんて冗談めかして笑う姉様は、本当に男性の手を全力で叩いてしまいそうだった。
「でもまぁ、そうなると、本当に王位問題が出てくるな」
「姉様は、やっぱり継ぐ気は無いんですか?」
「あぁ。さっきも言ったが、私は王女に嫌気が差したから騎士団に来たんだ。此処に来た時から、王位はランカに譲ると決めている。元よりあいつの使命だしな。私は王位なんてまっぴらごめんだ」
「やっぱり、そうなんですね⋯⋯。それじゃ、王位を継ぐのは⋯⋯」
ランカ兄様も嫌がっていたなら、やはり私しか居ないのだろう。他所から新しい子供を連れてくるわけにもいかない。
「ランカは司書を続ける気でいるだろうし、今更司書を誰かに譲って王になるなんてこと、アイツがするとは思えない。よって、必然的にラディとなってしまうだろうな」
「ですよね⋯⋯」
姉様からの言葉に、また重たい重圧を感じてしまう。本当に、王位を継ぐのは私になってしまうのだろうか。
「⋯⋯ラディも、嫌か?」
「いいえ。嫌というわけでは⋯⋯。でも、私には女王なんてとても、荷が重いというか、プレッシャーというか、想像つかないというか⋯⋯」
「なら問題ない。仮にラディが王位を継ぐことになったら、私もランカも、ラディのサポートを尽くすと約束しよう。⋯⋯それに、もしラディが女王になったら、君も手伝ってくれるだろう?リュサール」
「えぇ、勿論」
「⋯⋯二人して、私が女王になる想定で話進めないでよ」
期待されているのは嫌というわけではないが、どうもむず痒く感じてしまう。しかし、その程度なら、案外肝が据わっているのかもしれない。
「⋯⋯私は、王位を継ぐなら、ラディが良いとおもうけどな。未熟な部分はまだあるが、そんなもの、後からいくらでも補えばいいし、そんなもの重要では無いと父上は言っていた。王に必要なのは、世の中を変える勢いのある度胸と勇気が必要らしいぞ」
「へぇ⋯⋯。私にはちょっと足りないかも⋯⋯」
「そんなことは無いと思いますけど。現に、貴女には王女になってほしいという声をリガルーファルでよく聞きましたよ」
「⋯⋯はぁ。もう分かった!ちゃんと考えとくよ。とにかく、もう話は終わり!さ、戻ろ戻ろ」
強引に話を終わらせ、私は姉様の執務室の扉のドアノブへと手をかけた。それと同時に、扉の向こうから誰か、男の人の悲鳴が聞こえてきたのだ。
「な、何事⋯⋯?」