考え直した方が良い
「⋯⋯す、凄い人だったね」
「わけわかんない言葉で話し始めたかと思ったら、ちゃんと真面目に仕事こなしてた⋯⋯」
「てか、さらっと殿下をラディちゃんって呼んでたのも凄いッスよね⋯⋯」
ユマラさんが去った途端、急に皆静かになり、ぽつりぽつりとそんなことを呟く。
「相変わらず嵐みたいな人だな⋯⋯。父上も余計なことしなくてよかったのに⋯⋯」
「でも、兄様だけだったら、この事態に対処出来なかったんじゃないです?」
「それはそうだけどさぁ⋯⋯。別にユマラ師匠じゃなくたって⋯⋯。はぁ。暫く滞在するつもりなら、フェマ外に出せないじゃん⋯⋯。どうしようかな⋯⋯」
兄様はなにか深く考えているようで、腕を組んで唸っていた。そして暫くして、深く溜息を吐いた。
「⋯⋯はぁ。もう一回考え直した方が良いかも。こういう時、パパ〜っと次の作戦を思いつける騎士団長と姉さんが本当に羨ましいよ。⋯⋯ごめん、俺ももう図書館に戻るね。まだやることが残ってるから」
「分かりました。忙しいのに、色々とありがとうございます」
「やめてよそういうの。俺達兄妹でしょ?困ってる妹を助けるのは、兄として当然の責務だよ」
兄様はどこか困ったように笑いながら、ベッドに腰掛けている私の頭を撫でた。
兄様からそういった言葉を聞く機会に恵まれないせいで、少しだけ違和感を感じてしまう。でも、心の奥がじんわりと温かくなった気もした。
「あぁそうだ。それと、ノアラとフォルテだっけ?君達、図書館で調べ物をしたいんだよね?」
「あ、はい。でも、自分達は貴族でもないし、図書館には⋯⋯」
「その件、俺に任せてくれないかな?俺は、学院長やレメリアと違って、知識は全ての人に与えられて当然のものだと思っている。だから、このまま放っておくつもりは元々無かったんだ。近いうちになんとかするつもりではあるけど⋯⋯君達はいつまでここにいるの?」
「そうッスね⋯⋯。旦那様に大分無理言ってこっちに来たんで、居れて一週間くらいッスかね。でも、それより前に帰るつもりではいたッスよ。一般市民の出入りは自由って聞いてたんで」
ノアラが腕を組んで、じとりと伏せた目つきでランカ兄様を睨みつける。それを見て、兄様は顔を逸らしてあらぬ方向に視線を移した。
「いや、それは俺が悪いわけじゃないし⋯⋯。悪いのは全部あの学院長⋯⋯。って、あ〜言い訳しても仕方ないか。厄介事はどうせ全部俺が片付けなきゃなんだから。というわけで、俺はもう行くね。城を歩き回るんだったら、必ずラディと一緒に居るんだよ。お客さんだけであちこち歩き回ってたら、変なこと疑うような奴が出てくるから」
「分かったッス。第一王子殿下もどうかお気をつけてほしいッス。貴方の後ろには、恨み言をずっと言っている女の幽霊が居るッスから」
「え?」
兄様がノアラの言葉に、長い髪を靡かせて後ろを振り返る。しかし、当然そんな女性なんて居ない。いや、私には見えないだけで、ずっと存在はしているのだろう。今この瞬間も。
(また始まった⋯⋯)
「⋯⋯何もいないけど。非科学的なこと言わないでくれる?」
「いや、幽霊は非科学もなにも実際に居るッスよ。ねぇフォルテ」
「うん。いるいるー。ずっとシアンナシアンナって言ってる。誰かの名前?」
「え、あ〜⋯⋯」
兄様は「シアンナ」という名前にびくりと身体を震わせ、何かから逃げるように二人から顔を逸らした。その様子に、ノアラとフォルテは顔を見合わせて肩を落とした。
「⋯⋯もしかして、女ッスか?」
「いや、違くて。てか、だって、向こうから婚約者居るっていうのに俺に寄ってきた方が悪くない?俺ただそれを受け入れただけなんだって!」
「兄様⋯⋯」
今回のことで、兄様のことを少し見直したが、それは撤回した方がいいかもしれない。やはりこの人は変わってない。
「ちょっとラディまで呆れないでよ!今は本当に誰とも連絡取ってないから!てかそれどころじゃないし!俺って元々女より仕事だったし!」
「言い訳する男は駄目な男って、奥様が言ってた」
「うっ⋯⋯」
「そうッスよ。祓おうと思ってたッスけど、それならこのまま憑かれていてもらった方がいいんじゃないッスか?どんな事情かは別に聞きたくもないッスけど、自業自得なことだけは分かったッス」
「え〜⋯⋯。いや、まぁでも、精霊との交信に影響ないならいいか。俺にはどうせ見えないし、恨み言とやらも聞こえないからね。存在を認識出来ないなら、それは居ないも同然だよ」
「司書殿は持ち直すのが早いですね」
「それほどでもあるかもね。俺は頭の回転が早いってよく褒められるからね〜。⋯⋯って、あ!こんなことしてる暇ない。図書館戻らないとだった!んじゃ、俺は本当に行くね。明後日までには図書館の件なんとかするからー!」
兄様はそう言い残し、ばたばたと慌ただしそうに部屋を後にしていった。私はそんな兄様を送り出す意で、控えめに手を振った。
「⋯⋯ノアラ、フォルテ、兄様に憑いていたっていう幽霊、放置して良かったの?」
「はい。大丈夫ッス。あの霊は力があまりありませんし、本当にただムカついたから文句言ってるだけみたいだったんで、散々言いまくって満足したら、そのうち勝手に消えると思うッス。もし暴発の危険性がありそうな霊だったら、あの場で祓ってるッスよ」
「そ、そっか⋯⋯」
相変わらずついていけない幽霊話に、控えめに相槌を打つことしか出来ない。しかし、兄様に危害が無いということには安堵した。
「それで、これからどうするの?図書館には近付かない方が良さそうだし」
「それなら、騎士団とかはどうかな。兄様に会ったんだし、姉様にも、二人のことを紹介したいんだ。それに、リュサールとのことも報告したいからね」
リュサールの方に視線を向けると、少し驚いたようだったが、すぐに表情を和らげて、私と目を合わせてくれた。
「⋯⋯そうですね。なら、行きましょうか」
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マジでどうでもいい裏話
ユマラは前の話でリュサールを「リガルーファルの末っ子」と言っていましたが、あれは「男兄弟の間では」という意味です。というか、リガルーファルの女性はあまり表舞台に立つことが無いので、直接リガルーファルと関わるような人じゃないと存在すら知る機会がありません。逆に、男兄弟達の方は、四分の三舞姫ですし、長兄はあちこち顔を出してるので、結構有名ではあります。
なので、ユマラの知識では、リュサールはリガルーファルの末っ子というわけです。