孤独なんだという寂しさ
「ん……」
硬い床の上で目を覚ます。此処は一体、何処なのだろう。上体をなんとか起こし、最後に起きていた時の記憶を手繰り寄せ、情報を集めていく。
「あ……。私、落ちたんだ」
上を見上げれば、天井はとても高い場所にあり、空いた穴なんて見えない。それに、あの高さから落ちたのなら、生きているのが不思議なくらいだ。
周辺を見渡せば、そこは辺り一面真っ青に凍っており、所々光を受けて輝いていて、綺麗だった。まるで、なにか人ならざるものでも出てきそうなくらい、幻想的だ。
「凄い……。所々、結晶が剥き出しになってる……。あれも氷なのかな」
立ち上がり、歩きだそうとした瞬間──
「ぎゃっ!?いったぁ……」
思い切り滑って転んでしまった。当然、地面も氷で出来ているのだから、歩き出したらそれは滑るものだろう。
「……いたた。とにかく、早くなんとかしてここから出ないと!姉様とネヒアにも合流しなくちゃだし」
そうして歩きだそうと一歩踏み出すが、また転んでしまった。
「いった!もう〜……歩くのムズすぎ。スケートなんてやったこと無いんだってば〜……」
文句を言いながらも、歩いて調査をしないことには何も始まらない。何度転んでも、いつかは感覚を掴めるはず。そう信じて、何度も立ち上がった。
そして、掴んだ。
「お、お〜!歩ける!歩けてるというより、滑れてる!」
広いスケートリンクみたいな氷の上を、たった一人で滑れている。それが楽しくて、氷を蹴って、進んで、滑った。
「楽し〜!こんなに楽しいなら、前世でもスケート場とか行けば良かった!……って、それどころじゃなかった!早くここから出ないと!……って、どうやって?」
天井は塞がっており、出ることは出来ないだろう。それ以前に、あんな高い天井までどうやって登るのか、という話になる。
「うーん……。どうしよう。此処に落ちてくる前、足元が氷に変わったりしてて、不思議なことばかり起きてるし、異世界にでも迷い込んだりしたのかな……。いやいやいや、既に此処が異世界なのに、更に行く異世界があってたまるか!」
私のぶつぶつと考えのまま出てきた独り言は、広い空間に響いて消えていった。それが、今は孤独なんだという寂しさが、私を襲ってくる。いつもは、私が話せば、誰かが返してくれた。なのに、今は誰も私の言葉に返事をしてくれない。何故なら、私しか居ないから。
「……懐かしいな。この感じ。今世って、私の傍に必ず誰かが居たんだな。前世と違って」
口にした途端、マイナスな感情が一気に押し寄せてきて、グラスから溢れたそれが、涙として消化されていくのが分かった。瞳から流れた寂しさは、止まることを知らず、段々と溢れてきた。
「フィナ姉様っ、ネヒア……。心配かけて、ごめん、なさい……。セラーネ様、ランカ兄様、ユエナちゃん……。誰でもいい。誰でもいいから、会いたいよぉ……」
そうして、私は泣いた。泣いて、泣いて、泣き喚いた。誰も居ない氷の空洞には、私の涙を拭ってくれる誰かなんて居なかった。だから、自分の手で拭うしか無かった。
そして、散々泣き喚いた後、私は立ち上がった。皆に会う為に。その立ち上がった瞬間、私は何処かから視線を感じた。
「ん?誰か居るの?」
問いかけるも、そこには誰も居らず、私の声がただ響くだけ。しかし、気のせいには思えなかった。何故なら、何処から見られてるのか、まるで手に取るように分かるからだ。だから、私はその視線を感じる方へと向かっていった。
「うわぁ、急に狭くなって、なんか不気味……」
視線の先を追っていったら、そこには小さな穴があり、丁度今の私くらいの身長で入れるような大きさだった。その穴を潜った先は、先程までのだだっ広いスケート場とは比べ物にならないくらい狭く、洞窟というのが相応しかった。
「そういえば、ランプ持ってきてたよね……。何処に入れたっけ……」
鞄を地面に起き、その中を探れば、すぐに目的の品は出てきた。
「あ、あったあった。あとマッチ……。あ、あった」
マッチの箱から一本マッチを取り出し、火をつける。それをランプの中の蝋に付ければ、一気に周囲が明るくなった。
「よし。これで大丈夫。蝋燭は……あぁ、ネヒアに持たせてたんだった!てことは、これ一本だけか。急がないと……」
ランプを手に持ち、意識を集中させて、視線の先を辿っていく。狭い洞窟を一人きりで歩くのは、心細くて、今にも死んでしまいたくなるが、今世はそんなこと出来ない。だって、私の周りには、優しい人ばかりなんだから。その人達を置いて、易々と死ぬわけにはいかない。だから、私は意地でも此処から出なくてはならないんだ。
そうやって視線を追っている道中、不思議な感覚が体に流れ込んでくるのを感じた。よく分からないが、ネヒアを解放する時に、セラーネ様が力を貸してくれた時に似てる気がする。しかし、あの時とは、違う。それらは、私の中に流れて、私の中に住み着いていく気がした。視線の先に近付けば近付く程に、私の中に力が溢れてくる感覚がした。そんな奇妙な流れを感じながら進んだ先、そこに辿り着いた。
「此処は……」
そこには、大きな氷の結晶体があった。とても大きなそれは、眩く輝きを放ち、部屋一帯を明るく照らしている。蝋燭を無駄にしないようにと、私はランプの火を消した。
「なんなの、此処……。綺麗だけど、なんか、不思議な感じ……」
歩いていた先程までとは比べ物にならないくらい、体の中に何かが流れてくるのが感じる。恐る恐る、その結晶体に近付けば、あまりの眩しさに、目を瞑りたくなってしまいそうだった。
「っ……!なんて眩しさ……。でも……!!」
結晶体に触れた瞬間、手が触れたところから、光が放ち始めた。目を開けられない程の輝きに、きゅっと瞼を懸命に閉じる。それと同時に、地面が激しく揺れるのを覚えた。しかし、私はその中でも何故かふらつく事も無く、普通に立っていられた。
激しい轟音、眩い光。それらは、少しずつ歪に形を変えて、私の中へと入ってこようとしてきた。しかし、既に流れていたそれらと反発し、私の体の許容量を超えたことから、強烈な力が、私の中へと入ってくることは無かった。その時、私はようやく理解した。私の中に流れていたものが、魔力だった、と──
「──ィ!!らでぃ」
何処かから、声が聞こえてくる。いつも、私の為を思って、心配して、ちゃんと叱ってくれる、優しい声。
「──ディ嬢、らでぃ、様、しっかり」
こっちは、いつも私の事を一番気にかけてくれて、私の知らないことを沢山教えてくれる、優しい声。
二人の声が心地よくて、安心出来て、眠ってしまいそうになる。
「ラディ!!!いい加減起きろ!!!」
「はいっ!」
「あ、起きた」
フィナ姉様の激しい怒声が、眠りそうな私の頭を叩き起した。
「全く……。心配したんだぞ。何日も居なくなりやがって……」
フィナ姉様が、私に抱きついてきた。優しいその手は、泣きそうなその声色は、本当に私の事を心配してくれていたんだ、ということがいっぱい伝ってくる。
「本当に……心配したんだぞ」
「ごめんなさい、姉様。心配かけちゃって。でも、私はこの通り、ちゃんと元気に生きてるよ」
フィナ姉様の背中に手を回し、私よりも大きなその背中を撫でる。少しの間、そうして抱き合っていると、ネヒアが突然声を上げた。
「……ん?ラディ様、その魔力どうされたんですか?」
「え?」
「それ、氷属性のエネルギーですよね?何処で何をしてきたんですか……」
「氷属性、エネルギー……。まさか、本当にあれって!」
「ちょ、ラディ!?どうしたのだいきなり!」
私は、フィナ姉様の抱擁から抜け出して、ランカ兄様から教わった、氷属性の基礎魔法を発動させる。
「コールド!!」
詠唱を唱え、魔法を発動させれば、的にした木はみるみると凍りつき、最後には緑の影も無く、全て凍りきってしまった。
「これは……」
「……目的達成、ですね。この数日、何処で何してたかは知りませんが、無事に吸収出来たみたいで良かったです」
「……その、二人とも数日って言ってるけど、私達、はぐれたのって、数時間前じゃない?」
私の言葉に、姉様もネヒアも、目を丸くするばかりだった。
「え、いやだって、私達は数日かけて、この雪山の山頂まで登ったんだぞ」
「そうですよ!急にラディ嬢が居なくなったもんですから、フィナ様と一緒に探しながら、山を登ったんですよ!?それで、山頂に着いたら、お嬢様が倒れてたのを見つけたんですよ!」
「山頂……?」
ネヒアの言葉を聞いて後ろを振り返った時、そこには、この世のものとは思えない程、幻惑的な光景が広がっていた。
「日の出だ。綺麗だろう?」
「はい……。確かに、これは山を登らないと見れませんね……」
「ですよね。俺もこの景色は好きです。まぁ、雪山を登るのは、もう懲り懲りですけど……」
私も、もう一人になるのは懲り懲りだが、この綺麗な朝焼けを、三人で来たこの思い出を、忘れることは無いだろう。
「……ねぇねぇ二人とも!写真撮ろうよ!」
「構わないが、私はカメラなんて持ってきてないぞ」
「大丈夫です!私が持ってきていますから」
鞄の中を探り、カメラを取り出す。前世のものに比べたら、少し大きくて、白黒写真しか撮れない原始的なカメラ。しかし、それで充分だ。
「カメラ、俺が持ちますよ。ラディ様だと、全員入り切りませんよ」
「それじゃお願い」
「仰せのままに。それじゃ行きますよ。はい、ポーズ!」