図書館ヤバい
「ん、んん⋯⋯」
閉じていたらしい目を開ける。私は、眠っていたのだろうか。ふかふかのベッドに、見慣れた天井。顔を横に向ければ、涙ぐんだ顔をしているリュサールがいた。
「リュサール⋯⋯?」
「ラディ!大丈夫ですか!?身体、どこか痛んだりとかしてませんか!?」
「え?うん。少し、頭が痛いけど⋯⋯」
額を手で抑えながら、なんとか上体を起こす。そして周りを見渡せば、ノアラとフォルテまでいることに気付いた。
「殿下!起きたんスね!」
「良かった。アルノって子から話を聞いた時は、心配したんだよ。特にリュサール様が」
「そ、その話は別にいいだろう」
わざとらしく咳き込んだリュサールに、つい苦笑が零れてしまう。
「って、そういえば、アルノは?あの子が知らせてくれたの?」
「はい。慌てた様子で庭園まで走ってきて、僕達に簡単に状況を伝えてくれたんです。僕達を貴女の部屋まで案内した後は、また走って図書館まで向かったそうです」
「そう⋯⋯。って、そっか。私、図書館で倒れたのか。え?それじゃ、誰が私をここまで運んでくれたの?」
「騎士団の人間と聞きました。詳しいことは分かりませんけど、命令だとか、なんとか?」
「その話はあたし達も混ぜて話そうよ」
「え?」
突然聞こえてきたそんな声に、疑問の言葉を咄嗟に口から漏らしてしまう。入口の扉の方に目を向けると、見知らぬ女性と、ランカ兄様が立っていた。
「あの、どちら様で⋯⋯?」
「えー!?ラディちゃんは親愛なるお・に・い・さ・ま♡の名前も忘れちゃった系〜!?あ、もしかしてクズで仕事の出来ないノロマの王子なんて王子と認めないプライド高めお女子ってコト!?流石は天に名を馳せる悪徳姫様ラディ・ピアグレータ様だなんつって〜!」
その場の空気が瞬く間に凍っていく。このテンションに、全員がついていけない。ただ一人、兄様は額を抑えて溜息を深く吐いた。
「師匠。どう考えても師匠のことでしょ⋯⋯」
「え!?こっち!?マジで!?あたしちょっと信じらんな〜い。ちっちゃい頃、いぇーいってハイタッチまでした仲なのに!?」
「え?」
私は、このテンションの高い青髪の女性と話したことがあったのだろうか。記憶をどれだけ掘り起こそうと、全く思い出せない。
「それいつの記憶?そんなほぼ赤ちゃんの頃の話、覚えてられる人なんていないでしょ」
「え〜?ランカは覚えてるっしょ?」
「覚えてるわけないでしょ。いいからほら。さっさと自己紹介して」
「はいはーい。全くもう雑な弟子なんだから。こほん。聞いて驚け少年少女よ!あたしの名前はユマラ・ミナフェイル!前任王国図書館司書にして、この怠けきってしまった第一王子ランカ・ピアグレータの師匠だよーん!」
「ユマラさん⋯⋯。って、貴方が!?」
何度か名前は聞いたことはあったが、この人がエルフの耳を触りまくると噂のユマラさんだったらしい。
「そだよー!その様子じゃ、あたしの名前くらいは知っていたみたいだね〜。どうどう?皆はなんて話してたのー?」
「え?えっと⋯⋯エルフの方々が、よく耳を触られていたって⋯⋯」
「そうそう!正解大正解!ぱちぱちぴんぽーん!ラディちゃんはエルフの耳触ったことある?あ、ちなちなちなみに〜、あたしが触った中で一番ふにふにだったのは意外にもセラーネエルフだね〜!」
「は、はぁ⋯⋯」
今まで会ったどの人よりも高いテンションについていけず、中途半端な相槌を打つことしか出来ない。
「てか、そんなエルフの耳事情なんてどうでもいいから、さっさと本題に入りなよ」
「え〜!?もっと話したくない?エルフの面白事情」
「別に」
「も〜!ランカは冷たいなぁ。反抗期?二十五歳でしょ?恥ずかしくないの?」
「それ以上喋ったらエッケンブルクまで師匠のこと飛ばすよ?」
「いいよーん。テレポですぐ帰ってくるから〜。まぁでも、これ以上お喋り続けたらランカの沸点火山がどっかん噴火しちゃってヤバみ海峡〜って感じだから、あたしがここに来た理由から話そっか」
ユマラさんは、こほん、と一つ咳払いをして、何もない空間から一枚の封筒を取り出した。
「実は、国王陛下からこの封筒が朝届いてね〜。そんで、なんかめっちゃ図書館ヤバい〜って内容で、急いでる感じ?だったから、テレポ使って速攻城に来たってわけ。そんで、陛下にちゃちゃ〜っと挨拶だけして、ランカの仕事っぷりでも見てやろうかな〜。ついでになんかいい本無いかな〜つって図書館に来たってわけ。そしたらなに?騎士団とこの国の忠犬が居たり、図書員の魔力メーターがぶっちして暴れ回ってんじゃん!おまけにラディちゃんはなんか呻いてて限界超えちゃってますオーバーって感じじゃん?だから、一旦それ全部片付けて、あたしがそれっぽく話通して、騎士にラディちゃんを部屋まで届けさせたってわけよ!どう?中々ファインプレーっしょ?」
「はいはいそうだね。流石は前任王国図書館司書だね」
「でっしょ〜!?や〜、ランカもやっとあたしの偉大さが分かったのね。遅すぎ遅すぎ〜」
ユマラさんは嬉しそうにランカ兄様の肩を抱くが、兄様は鬱陶しそうにユマラさんに身を任せているだけだった。
「あ、んでそうそう。こっからはラディちゃんの身体の中にある魔力についての話になるんだけど⋯⋯そっちの人達に聞かせてだいじょぶそ?」
ユマラさんがリュサール達に目を向ける。リュサールはその視線に答えるように口を開いた。
「えぇ。僕はリガルーファルの者です。でも、この二人はただのメイドで⋯⋯」
「いや、その、自分、殿下に黙ってたことがあるッス!」
「え?」
リュサールの話を無理に遮り、ノアラがそう声を上げる。しかし、勢いよく声を張り上げたものの、どうしたらいいか分からなくなったのか、その後にすぐ、しょんぼりと顔を伏せてしまった。
「その、黙ってたというより、嘘ついたの方が正しいんスけど、その、舞台があった日、殿下の腕にタトゥーが出来たじゃないッスか」
「そうだね」
「その時、魔力探知で、魔力に異常が無いか調べた時、なんも無いって言ったッスけど、あれ、嘘ッス⋯⋯。実は、殿下の魔力に、明らかに殿下のものではない異物が流れ込んでたんス。自分達がここに来たのも、その異物の正体を調べる為だったんス。リガルーファルの書庫にもそれらしい手掛かりが無かったから、国の知識が集まる王国図書館になら、何かあるかなって⋯⋯」
「そう⋯⋯」
「あ!殿下に黙ってたのは、秘密にしてやろうとか、そういうのじゃないッスよ!?ただ、このこと知ったら、殿下のこと、不安にさせちゃうかなと思って、言えなかったッス⋯⋯」
「⋯⋯黙っててごめん。でも、本当に、殿下が知ることじゃないんじゃないかって、うちらは思ったの」
ノアラとフォルテが二人でそう言って頭を下げてくる。私の事情なのに、関係の無い二人に頭を下げさせて、苦労をかけさせてしまった。
「⋯⋯私は気にしてないよ。でも、もっと早く、言ってほしかったかな」
「殿下⋯⋯」
「次からは、隠し事しないでね。私達、友達でしょ?」
「⋯⋯はい!」
ノアラは涙ぐんだ顔で満面の笑みを浮かべ、私に抱きついてきた。私はそんなノアラの背に腕を回した。
「ああいうキャラって『はいッス』とか言わないんだ」
「師匠ちょっと黙って」
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ユマラの台詞は私のエネルギーも吸い取ってきます。シュエムとは別のテンションモンスターです