社交経験
その日の夜、私は黒いドレスから着替えて、いつものリボンがたくさん施されたドレスを身にまとっていた。
「うん。やっぱ、これが落ち着く」
真っ黒なドレスも素敵だったけれど、やはり着慣れているものが一番だ。
(でも、リュサールに嫁いだら、毎日あれ着なくちゃいけないのかな⋯⋯)
身支度も整え終わったところで、トランクの方へと歩いていき、荷物の最終確認をする。
本来ならば食事を頂いた後、少し休憩してから城へ発つつもりだったが、それだと到着が深夜になると言われてしまったため、夕食後すぐにリガルーファルを出ることとなった。だから、この部屋に来るのもこれが最後だ。
「よいしょ⋯⋯」
見かけと中の荷物よりずっと軽い魔法具のトランクを持って、私は部屋を出ていった。
***
「殿下ー!お待ちしていたッスよ〜!」
「ぐえっ」
食堂に入って早々、ノアラに抱きつかれ、トランクを落としてしまう。
「ちょっとノアラ。殿下に対して流石に不敬ですよ」
ヴァリーさんがノアラを引き剥がし、いきなりの拘束から解放される。
「すみませんね、殿下。このポンコツメイドが」
「仲良くなったんスよ。友達とのスキンシップのハグッス」
「友達ぃ?いつそんな偉い立場になったんだか」
ヴァリーさんとノアラのそんな喧騒から逃げるように、美味しそうな食事が並べられているテーブルへと向かう。
「あ、で、殿下⋯⋯」
「クルリさん!クルリさんも来てたんですね」
「は、はい⋯⋯。えっと、その、すみません⋯⋯」
クルリさんは会って早々にそう謝罪の言葉を述べる。その意味が分からず、呆然としてしまう。思えば、彼は会う度に私に一回は必ず謝っている気がする。
「え、えっと⋯⋯?」
「え、あ、え、その、すみません⋯⋯」
なんて泣きそうな顔と声で子供みたいに謝ってくる。その姿は、私よりも年上だなんて信じられない。たった十歳程度の子供にしか見えない。しかし、その原因は私が密かに彼に抱いていた違和感が原因なのかもしれない。
「⋯⋯あれ?そういえば、今日はマント着ていないんですね。それに、魂籠も持ってないですね」
「うっ。はいぃ⋯⋯」
「社交経験の一環よ」
「うひゃあ!?」
背後から現れた長身の女性に、クルリさんはひどく怯えたようで、身体を縮こまらせて、両手をぎゅ、握っている。
「り、リリウムさん⋯⋯」
「ふふ。舞台の打ち上げぶりね〜、ラディちゃん」
「え、あ、はい。あの、ラディちゃんって⋯⋯」
この世界で私をちゃん付けする人になんて会ったことがないため、つい口を出してしまう。前世だと特に珍しいことでも無かったのに。
「あら、この呼び方はお嫌いだったかしら?私、名前を覚えるのは苦手だから、人間は皆なるべく名前で呼ぶようにしているの。それに、殿下なんて何百人も居るでしょう?王女殿下もそうだし、どれが誰だか分からないもの」
「あぁ、なるほど。珍しいだけで嫌とかでは無かったので⋯⋯」
「ふふ。貴方ならそう言ってくれると思ったわ〜」
優雅にそう微笑むリリウムさんからは、不思議な癒しを感じた。何故だろう、リガルーファルの女性に怯えていたせいだろうか。心が軽くなっていく気がする。
「うぅ⋯⋯。あ、あの、おばあさま、やっぱり今からでも魂籠だけでも持ってきちゃ駄目ですか⋯⋯?今日、凄く人が多くて、心がざわざわして⋯⋯」
「ダメよ。それじゃ、いつまで経っても成長出来ないでしょう?それに、今回のはノアラちゃんから頂いた折角のチャンスなのだから〜」
「チャンスじゃないですピンチですぅ」
クルリさんは頭を抱えて、とうとう背を屈めてしまった。
「もう。こんなところでうずくまらないの。迷惑でしょう?」
「うぅ⋯⋯。僕はいつも迷惑でしかないですぅ⋯⋯」
「そんなこと無いのよ。私がクルリくんのことを迷惑だなんて言ったこと、一度だって無いでしょう。自分が自分を迷惑と思っちゃダメよ。太陽も月も振り向いてくれないわよ〜」
「僕は蛍がいればそれで十分です。太陽も月も、僕には眩しすぎます⋯⋯」
(太陽や月が眩しい⋯⋯。何かの謎解き?)
葬儀屋は不思議な職業だと思っていたが、それを生業としている人はもっと不思議なのかもしれない。
「⋯⋯というわけだから、まずは街の灯りに慣れてもらおうと思って、今回は連れてきたのよ〜。それに、ラディちゃん、に会う機会も、これからそう多くはないと思うしね。お顔だけでも見ておきたかったのよ〜」
「確かに、そうですね。私も今日は、お二人に会えて良かったです」
「あら〜!とても嬉しいわ〜。聞いた?クルリくん。クルリくんにも会えて良かったですって〜」
「僕はついでですよ。魂を運べない僕はただの粗大ゴミでしかないですから⋯⋯」
「全くもう卑屈なんだから〜。ここに来た意味が無いじゃないのぉ。ラディちゃん、気にしないでねぇ。いつものことだから。本心では、きっと貴方と仲良くしたいと思っているから〜」
「べ、別に思っていません⋯⋯。僕が殿下なんて高貴なお方と友達だなんて生まれ変わっても無理ですから」
目をきょろきょろと彷徨わせながらそんなことを口走ってくる。そのせいで、全然彼と目が合わない。合ったかと思えば、ふいと逸らされてしまう。
「はぁ。⋯⋯ラディちゃん。まだお喋りしていたいところだけれど、私はこれから伯爵とお話があるのぉ。それに、私があまり貴方を拘束するのもよくないから、美味しいご飯でも食べていらっしゃいな」
「はい。では、私はこれで失礼しますね」
「えぇ。またね」
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