青春だなぁ
「つっかれた〜⋯⋯」
街でネヒアとの偶然の再開を果たした私達は、そのまま三人で市街地を見回った。ネヒアは普段あまり表通りを歩くことはないようで、お店一つ一つに新鮮な反応をしていた。そして楽しみ過ぎて気付けば日が暮れてしまっていた。元々星が町を照らさないうちに帰ることにしていた私達は、その後ネヒアと別れ、リガルーファルへと帰ってきたのだ。
ベッドに体を預ければ、深く沈んでいく。リガルーファルの寝具は、お城にも負けていない。ここ数日、私を快適な睡眠へと招いてくれた。
(ネヒアには明日の夜帰るって言っちゃったし、身支度しないとな〜。まぁでも、帰るの夜だし、昼から片付け始めても間に合うよね。それにしても、なんか、三日いるかどうかも怪しいのに、凄く濃かったなぁ⋯⋯)
舞台から始まり、リガルーファルの家の事情やここで暮らす人達。どれも脳の処理に時間が掛かる程の情報量だが、大切な思い出だ。
(今日はもう寝よう。明日も多分早いし⋯⋯)
そうやって布団を被り直した時、ドアの向こうからノック音が聞こえてきた。幽霊がふよふよと当たり前のように浮いている屋敷のせいで、びくりと身体が反応してしまう。お陰で先程までの睡眠に入る準備をしていた脳は一気に覚醒してしまった。
「あ、あの、殿下、起きてるッスか⋯⋯?」
特徴的な口調と活発な声は、ノアラのものだ。正体が分かり一先ずの安心感を覚えるが、すぐにそんなもの消え去っていく。こんな夜更けに訪ねてくるのだ。フォルテならともかく、ノアラには、そんなことをするイメージが無い。もしかしたら霊がノアラに化けているのでは⋯⋯なんてことも疑ってしまう。私は霊に好かれやすい体質と言われたせいで余計な考えばかりが頭をあっちこっち走っていく。
「殿下⋯⋯?やっぱ、寝てるッスかね」
「あ、起きてる起きてる!今開けるね!ちょっと待ってて!」
散々考えを巡らせたというのに、ノアラのいつもより寂しげな声でそう言われては、開けないわけにはいかなかった。
急いでベッドから飛び降り、部屋の鍵を開ける。
「ごめんなさい、こんな遅い時間に⋯⋯」
ランプ片手にそう言うノアラにはいつもの元気が無く、別人かと思うくらいに静かで、どこか項垂れているように見えた。
「その、迷惑なのも、無礼なのも承知の上ッスけど、殿下、街から帰ってきた時に、明日には帰るって言ってたから、相談するなら、今しか無いと思ったんス。他の人には聞かれたくないから、この時間を選んだッス。睡眠の邪魔したのは、本当に申し訳ないと思ってるッス」
「そう謝らないで。とにかく、中に入って。誰にも聞かれたくないなら、私の部屋が一番でしょ?」
「ありがとうございます。それじゃ、お言葉に甘えてお邪魔するッス」
私は、ノアラを部屋に招き、扉を閉めた。
「どうぞ、適当に座って。⋯⋯なんて、正確には私の部屋じゃないんだけど」
「いや、今は殿下の部屋ッスよ」
と言って、ノアラはドレッサー用に置かれていた椅子を引っ張り、ベッドの傍に置き、その椅子に座った。それを見て、私もベッドに腰を下ろした。
ランプはベッド横のテーブルに置かれた。蝋燭も付けていないため、明かりはそれだけだ。
「⋯⋯それで?相談って?」
「⋯⋯その、その前に、殿下に確認なんスけど、女の子同士の恋愛って、どう思うッスか?」
「え?」
予想外の質問に、思わず面食らってしまう。リュサールや邪龍についての相談かと勝手に想像してたせいで、張り詰めていた緊張の糸がゆるゆると緩んでいく。しかし、恋愛相談をされる準備はしていなかったため、今度は別の緊張が私を襲ってくる。
「えっと、別に普通のことだと思うけど、それがどうかしたの?」
これは心からの言葉だ。現に、私は幼少期、女の子と添い遂げるつもりでいたからだ。
「殿下は、本当に変わってるッスね。でも、それで良かったッス。そうじゃなかったら、こんなこと言おうと思わなかったッスから」
「こんなこと?」
「えっと、その、驚かないで、っていうのも無理かもしれないッスけど、驚かないで聞いて欲しいッス」
「う、うん⋯⋯」
ノアラのあからさまな緊張がこちらにも伝染ってきて、固まってしまう。
ノアラはそんな私に目もくれず、一つ深呼吸して、私の顔を見つめてこう言った。
「じ、自分、フォルテのことが好きなんス⋯⋯」
「⋯⋯え?」
思わず大声を上げそうになった口を咄嗟に塞ぐ。予想外なことを言われたが、今までのノアラの行動をよくよく思い返せば、分からないこともない。
「えっと、それって、恋愛的な好きってことでいいんだよね⋯⋯?」
「そうッス。でも、フォルテはクルリのことが好きなんス」
「へぇ⋯⋯」
「他人の恋愛事情を勝手に言うのはどうかと思うのはそうなんスけど、許してほしいッス。それで、相談っていうか、背中を押してほしいんス」
「背中を?応援とか?」
「そうッス!その、自分にとって一番大事なことは、これからもフォルテと一緒に居ることッス。それには、今の関係を崩さない方がいいんス。それは分かってるッス。でも、自分は、ワガママだと思われても、フォルテに、自分の気持ちを伝えたいッス。でも、そんなことしたら、嫌われちゃうかもしれないッス。それに、自分は、クルリのことも、癪だけど別に嫌いしゃないんス。ずっと同じ孤児院で暮らしてたし、いいやつってことも知ってるッスから。だから、フォルテがクルリのことを好きなら、単純に応援したい自分も居るんス。でも、フォルテの隣は自分が良いし、好きって伝えたいし、うあー!って感じッス⋯⋯」
「そっかぁ⋯⋯」
青春だなぁ、なんて同年代らしからぬことを思う。前世でまともな青春生活を送れなかったせいで、余計に眩しく見える。
「うーん。好きって伝えた後、ノアラはフォルテとどうなりたいの?恋人?」
「それは、分かんないッス。でも、自分の気持ちを抑えるのが苦しいんス⋯⋯」
「それってさ、ただ、ノアラの自分の気持ちを一方的にフォルテにぶつけてるだけじゃない?それだけ言われても、相手はどうしていいか分かんないと思うよ。これまで通り接していいのか、それとも、もしかしたら関わりたくないのかな、とか。どの道、前みたいに、っていうのは難しいと思う」
「⋯⋯確かに。でも、自分は、恋人とかよく分かんないッス。その、自分の一番はフォルテで、フォルテの一番も、自分であってほしくて、フォルテの隣は自分がいいんス。でも、フォルテがクルリのことを好きなら、それも叶わないかもしれなくて⋯⋯。一番いいのは、これからも三人で仲良くすることだっていうのは分かってるッス。分かってるッスけど⋯⋯」
「⋯⋯恋愛感情が存在してる限り、難しいだろうね。誰かが我慢しないと」
(中々に拗れてんなぁ⋯⋯。つまり、ノアラ→フォルテ→クルリってことでしょ?うーん。どっかが結ばれたら、誰かが仲間外れみたいなことになっちゃわないかなぁ⋯⋯)
「話聞いてる感じ、クルリさんは二人のどっちかを好きとかじゃないんだよね?」
「そうだと思うッス。クルリはフォルテにはタメ口で話してるッスけど、あれは昔、フォルテが頼んだことで、クルリからやったわけじゃないッスから。⋯⋯ま、これで実はフォルテが好きでした、とかだったら、自分はもう身を引くしかないんスけど⋯⋯」
はは、と苦笑いをするノアラに、こちらはどんな顔をしていいのか分からなくなる。
「そ、そんなこと言わないで⋯⋯」
「冗談ッスよ。⋯⋯でも、本当に解決口は無さそうッスね。やっぱり、自分が我慢することが一番いい方法ッスかね」
「そんなことないよ。今は、まぁ、そうかもしれないけど、でも、もう少し悩んだら、また違う答えが見つかるかもしれない。ノアラは、その、そう!焦ってるんだと思う。フォルテの隣にいられなくなるかもしれないって。だから、呑気だと思われるかもしれないけど、もう少し悩んでみてもいいと思うんだ」
なんとか結論付けた私の言葉に、ノアラは瞬きをするのみで、何も言葉を返さない。広がる沈黙の間に、気まずさを感じてしまう。
「⋯⋯自分が恐れてるのは、関係が変わることだけじゃないんスよ」
「え?」
「殿下みたいな、変わった考えをお持ちの方には分からないと思うッスけど、普通の人は、自分みたいな人間を、異端児って呼ぶんスよ」
そう言って、ノアラは静かに、自身の昔話を語り始めた。
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