僕を好きになって
「あ、リュサール!」
彼の姿を見つけた私は、シャミアさん達の話の輪から抜け出して、駆け足で彼の元へと一目散に向かう。
「ラディ!舞台は見ていましたか?」
「うん!凄かった!めっちゃ綺麗だった!マジで女の人だった!」
興奮気味に彼の手を握って心からの感想を伝えれば、リュサールは呆けたようで、ぽかんと口が開いていた。
「⋯⋯一番最後のは、喜んでいいのかどうか、よく分からないですけど、ありがとうございます。貴女に見てもらえたなら、僕も嬉しいです」
「うん!昨日急に呼び出されたことなんてどうでもよくなったくらいには凄く素敵だったよ!」
「⋯⋯それ、まだ根に持ってたんですか」
微妙そうに表情を歪ませるリュサールを見てか、夫人が声を掛けてきた。
「リュサール、殿下、馬車の準備が整いました。人数が多いので、四台の馬車を用意しています。貴方達は、一番奥の馬車ね」
「え、ま、待ってください夫人。ノアラとか、フォルテとか、誰か付いてくれたり⋯⋯?」
「あら。必要ありまして?」
夫人は優雅に扇子を広げて、にこにこと淑女らしい美しい笑みを浮かべる。だというのに、謎に圧力をかけられているような気がして、身震いしてしまう。
「イ、イエ。ヒツヨウアリマセン⋯⋯」
「そう。ならば馬車は二人で決まりね。残りは、私とギーヴル。シルヴィ達。あとは、ヴァリーにポンコツメイド共と、葬儀屋と乗ってもらいましょうかね」
「え、ま、待ってください奥様⋯⋯!僕、一度戻らないと⋯⋯」
「え〜。つれないッスね〜。今日は打ち上げ来てくれるって言ってたじゃないッスか〜」
ノアラが後ろからクルリさんの肩を組んできたことに、クルリさんはひどく驚いた様子を見せた。
「え、や、その。言いましたけど、で、でも、僕が連絡無しに遅くなったら、リリウムさんが困っちゃう⋯⋯」
「⋯⋯」
ノアラはクルリさんの言葉に顔を顰め、組んでいた腕を下ろした。諦めたのかと思えば、何故か大きく息を吸い込んだ。
「フォルテー!今日クルリ打ち上げ来てくれるってー!」
「え?」
「ほんと!?」
御者と思われる人と何か話していたらしいフォルテは、話していた御者を押し飛ばし、ノアラとクルリさんの方へと駆けていった。
「クルリ!今日は一緒に来てくれるの!?」
「え、あ、いや⋯⋯。ノアラさんが、勝手に言っただけで、僕は一度帰るつもりで⋯⋯」
そう言いかけるクルリさんだったが、ノアラの鋭い眼光に気付き、一度口を閉じた。そして、苦虫を噛み潰したような顔で、再び唇を動かした。
「⋯⋯はい。一緒に行きます⋯⋯」
「ほんと!?ほんとのほんと!?一緒にご飯食べれる!?」
「はい⋯⋯」
舞い上がりそうなフォルテとは対照的に、クルリさんはひどく暗く沈んだ表情を浮かべていた。心ここに在らずといった様子で、目から光も抜け落ちている。
「そうとなれば、さっさと馬車に乗るッスよ!」
「おー」
「はぁい⋯⋯」
強引な女子二人に連れていかれるまま、クルリさん達は馬車へと乗り込んでいった。
「ラディ、僕達も行きましょうか」
「あ、うん」
歩きだそうとした私の前に、リュサールが手を差し出して道を塞いできた。
「お手をどうぞ」
「⋯⋯どうも」
リュサールの差し出してくれた手を大人しく取り、馬車へと向かう。
馬車に乗る時も、自然とエスコートをしてくれた。
「はぁ。やっと一息つけます⋯⋯」
リュサールは馬車の椅子に深く腰掛けた途端に、肘を伸ばして軽く伸びをしながらそんなことを言う。
「お疲れ。朝からあのドレス着てたんでしょ?大変だったんじゃない?」
「まぁ、それなりに。でも、いい経験にはなりました。もう二度としたくありませんけど」
「⋯⋯そう。でも、舞台って、満月の日にやるんでしょ?それって、来月もやるってことになるんじゃ⋯⋯」
「そうでもありませんよ。舞台は、邪龍の封印が解けないようにするための延命措置みたいなものですから。だから、封印が安定していたら、無理して舞台をやる必要は無いんです。⋯⋯まぁ、最近は弱まっているので、来月どころか、今月中にまたやりそうな気はしますけど」
「へぇ⋯⋯」
遠い目をしたリュサールに、どう言葉を返していいか悩む。フォルテが私に話を聞くのが下手といっていたのは、こういったところなのかもしれない。
「殿下、リュサール殿、馬車を出しても宜しいでしょうか」
馬車に付いている小窓から、御者がそう声を掛けてくる。
「あ、はい!出発してもらって大丈夫です!」
私の声に、御者は小窓を閉める。やがて、馬が嘶いたと思えば、馬車が揺れ始めた。出発したのだろう。
「うわっ。結構揺れるね」
「この辺りは少し道が険しいですから。乗り物酔いとか、大丈夫ですか?」
「大丈夫。少しびっくりしただけ」
「そうですか?なら良いんですけど」
そこで会話が一区切りついてしまい、二人とも黙ってしまう。聞こえるのは、馬車ががたんごとんと揺れる音だけだ。
「⋯⋯あ、あのさ、リュサール」
「なんです?」
「身体、大丈夫なの?リガルーファルの人達、結構心配してたけど」
「えぇ。問題無いですよ。ラディの心配することじゃありません」
「⋯⋯リュサールって、肝心なことはいつも隠したがるよね」
「そんなことありませんよ。貴女が知る必要の無い、どうでもいいことです」
どうでもいいはずなんてない。家族が心配することをそんな風に言っていいはずがない。
気付けば、私はリュサールに跨り、壁に手を付けて、押さえ込んでいた。
「お行儀悪いですよ」
「知ってる。でも、それ以上にマナーが悪いのはリュサールの方でしょ」
「⋯⋯どういう意味です?」
「あの真っ黒に染まっていったドレス、あれ、リュサールに生死に関わるんじゃないの?」
「⋯⋯⋯⋯」
「それを、どうでもいいなんて言わないで。⋯⋯ねぇ、リュサール。私に出来ることがあるなら言ってよ。なんでもする」
「⋯⋯本当に?」
少し潤んだよう瞳で見つめられれば、首を横に振りたくなる自分が居る。でもそれ以上に、彼を助けたくて、受け入れたい気持ちの方が遥かに大きかった。
「⋯⋯うん」
「そう。⋯⋯なら、僕を好きになって」
「⋯⋯いいよ」
「え?」
素っ頓狂な声を上げるリュサールに顔を近付けて、そっと唇を重ねる。
「⋯⋯言われなくても、結構前から、好きだったんだよ」
リュサールは珍しく顔を真っ赤にして、目を見開いて、驚いているのか照れているのかよく分からない顔をしていた。
「⋯⋯照れてる?」
「照れてる、っていうか、信じられない、というか、夢?」
「現実だよ。もう一回する?」
「結構です」
リュサールはそう言って笑みを浮かべた、かと思えば、私の身体を持ち上げ、リュサールが座っていた椅子に座らせる。視点がぐるりと一回転したかと思ったら、今度はリュサールが私を押さえつけていた。
「僕からするので」
リュサールの顔が迫ってきたかと思った時には、既に唇が重ねられていた。
「リュサール⋯⋯」
「⋯⋯そういう顔しないでください」
「だって、そっちがキスしてきたから」
「先にしたのはラディじゃないですか」
額をくっつけながらの至近距離で、そんな会話をする。お陰で、ずっと心臓が煩くて鳴り止まない。
「⋯⋯だって、リュサールがしつこいから。仕方なく認めただけ」
「ふーん?それ、認めてなかっただけで、僕のことはずっと好きだったってことです?」
「⋯⋯さぁね」
愉しそうなリュサールを見ていたら、なんとなく認めたくなくて、適当に誤魔化してしまう。しつこいリュサールを無視して、私は窓の外に目をやった。
そんな少し熱っぽい空気が流れる馬車で、リガルーファルまでの時間を過ごすこととなってしまった。




