あと一歩
リュサールの後ろを歩きながら裏口から会場へと入っていく。道中は先程の出来事もあり、話すこともノアラ達のことや昔話ばかりで、手も繋がなかった。
「遅くなりました」
「失礼します⋯⋯」
到着した私達を見つけて、リュサールのお父さん⋯⋯リガルーファル伯爵とその夫人がこちらに歩み寄ってくる。
「リュサール遅いよ。一体何をしていたんだ」
「少々お戯れを。ね、ラディ」
「え?」
急に肩を抱かれたかと思えば、三人の視線が私に向かって一斉に注がれる。伯爵達の視線は、品定めされているようにも感じて、妙な悪寒を覚える。
「えっと、少しだけ、リュサールとお茶を。でも、会場の方に呼ばれてからは、真っ直ぐにこちらに向かいました」
「⋯⋯そうですか」
「リュサール。結界の用意は粗方終わりました。舞台に立って、魔力の流れに違和感が無いか確認してください」
「分かりました。ではラディ、僕はこれで失礼します」
「うん。頑張って」
一礼をして去った彼を手を軽く振って見送る。そのせいで、私はリュサール抜きで伯爵達と居合わせることとなってしまった。
(⋯⋯何をどう切り出せばいいんだ)
「殿下、リュサールとは、随分と仲がよろしいようですね」
「え、は、はい!仲良くさせて頂いています⋯⋯」
「仲良く、か。殿下は、リュサールとのその先を見据えているのかい?」
「え?」
その先、というと、間違いなく婚姻のことだろう。私がずっと否定してきているもの。認めたくないもの。
「⋯⋯殿下、彼は不安なのですよ。貴女がリュサールを結婚相手として認めたくないというのに、リガルーファルの妻の証である真っ黒なドレスを着ているから。まるで矛盾していらっしゃるのよ」
「え、あ、これは!朝、フォルテ達に無理矢理着せられただけなんです!そんな、結婚を認めるとか、考えてなくて⋯⋯」
「そうですか。⋯⋯では、今すぐにそのドレスを脱ぎなさい」
「⋯⋯え」
伯爵夫人は、先程までにこにこと浮かべていた笑顔が嘘かと思う程の冷たい視線と声色で私のことを追い詰めてくる。
「着替えの心配ならなさらなくてもよろしいですよ。控え室にドレスは用意されていますから」
「そ、そういう問題じゃなくて⋯⋯」
「そういう問題じゃないなら、どのような問題です?聞かせて頂けますでしょうか、殿下」
「⋯⋯それは、その。私は」
リュサールと婚姻を結びたいです、と言える勇気がない。ただ震えて、黙り込むしか出来ない。
「⋯⋯その、彼は、素敵な人です。私には、勿体ないくらい。私は、そんなリュサールと一生を過ごすことが出来るのなら、きっと、私は世界一の幸せ者になれる」
「なら、答えは出ているようなものではなくて?」
「勇気が、出ないんです。彼に好きと言う勇気が。彼の愛情を受け止める勇気が。あと一歩、足りないんです。⋯⋯あの、伯爵、伯爵夫人。こんなの、私のわがままですけど、もう少し、待っていてくれませんか。伯爵達を落胆させるような決断はしないと、お約束します」
頭を下げ、心からの言葉を伯爵達にぶつける。伯爵達がどんな顔をしているのか分からない。既に、落胆させてしまったかもしれない。
「ふふ。あなた、待っていてくれ、ですって」
「⋯⋯はぁ。そこまで言えるなら、さっさと婚姻を結べばいいものを」
「え?伯爵、私のことが嫌いなのでは?」
「嫌いさ。王族というだけで大して何も凄くない小娘が偉い立場に居るんだから」
「うっ⋯⋯」
「⋯⋯でも、息子にとってはそうじゃない。何物にも代えがたい、大切な人だと理解している。だからこそ、貴女が息子の想いを否定し続けていることが許せなかった。ただ弄んでいるだけなのかと思っていたしな」
「要するに、貴女のことはずっと認めていらしたのよ。リュサールの為を思って、あれこれ考えてたのだけれど⋯⋯でもやっぱり、好きな人と結ばれることが一番の幸福よね」
伯爵達の言葉に、心が満たされていくのを感じる。ずっと嫌われてたと思ってたのに、私の勘違いだった。
「⋯⋯話、纏まりましたか?」
「ん?」
妙に聞き覚えのある、昨日会ったばかりな気がする声が後ろから届いてくる。振り返れば、予想の通り、ランカ兄様が腕を組み、柱にもたれかかってこちらをじっと見ていた。
「なんで居るんですか?」
「大好きなお兄様との再開一言目がそれ〜?ラディひっど〜い」
なんて、にやにやと愉しそうな笑みを浮かべている。その笑顔が、私にとっては恐ろしく写る。
「別に好きじゃありませんよ。それで?仕事、サボってきたんですか?」
「まさか。仕事で来たんだよ」
「仕事?」
「そ。舞台の周りに結界張ったのは俺だよ。本来なら、王族魔導師の仕事なんだけど、師匠が忙しそうだから代打」
「へぇ。大変そうですね」
「大変だよ。⋯⋯あ、リガルーファル伯爵。ラディを借りてもいいですか?少し、話がしたくて」
「構いませんよ。私達の話はもう終わりましたから」
「ありがとうございます。それじゃ、私達はこれで。⋯⋯行こうか、ラディ」
「あ、はい。では、私達はこれで失礼します」
伯爵達に一礼をして、兄様に連れられるまま、会場の端の方へと移動する。
「ちょっと兄様、もしかしてだけど、さっきの話聞いてた?」
「うん。途中からだけどね。意外と素直に認めるじゃん。もっと時間掛かるかと思ってた」
「私は認めるつもりありませんでしたよ。でも⋯⋯」
「でも?」
「⋯⋯なんでもありません」
ふい、と顔を逸らすと、兄様が玩具を見つけたように愉しそうな声色で喋りだした。
「リュサールが魅力的過ぎて認めざるを得なかったんです〜⋯⋯って感じ?」
「んな!?」
言おうとして辞めたことを全て口に出され、顔が熱を持って紅潮していくのが分かる。なんでこの人はいつもいつも、余計なことばかり口にするのだ。
「兄様!思っててもそういうことは言わないでくださいよ!」
「あれ?マジでそうだったの?リュサールすご〜い。意外とやるね〜。ま、元から結構積極的だったし、時間の問題だったか」
「⋯⋯リュサールには、まだ内緒にしててくださいね」
「はいはい。ほんと、ラディって恋愛に対しては変に奥手っていうか、身を引きたがるよね。最初にリュサールを落としたのはラディの方だろうに」
「落としたつもりはありません!」
「またまたぁ」
「⋯⋯そういう兄様は、結婚しないんですか?もう二十五でしょ。王子がいつまで独身でいるつもりです?」
話を誤魔化すようにした質問に、兄様は目を逸らし、表情の明かりを消してしまった。
「⋯⋯そのうち。真面目に働こうと思ったら、誰かと婚姻を結んでもいいかな。でも、多分俺には無理だよ。誰かを愛することなんて出来ないから。愛が必要ないっていうなら、いつでもしていいけどね」
「⋯⋯一生のパートナーに、愛が必要無いって、言わないでくださいよ」
「それじゃ、俺は一生結婚出来ないね。王位は、ラディにでも譲るよ。いい女王になりそうだし」
「兄様!そんな冗談言わないでくださいよ」
「割と、冗談じゃないんだけどな」
「え?」
兄様の呟きに、心からの驚きがつい漏れてしまう。兄様は、私を女王にするつもりなのだろうか。
「はは、ごめんごめん。暗い話しちゃって。忘れて」
「⋯⋯はい」
「良い子。⋯⋯それじゃ、俺、結界見てくるから、ラディはリュサールの舞見てなよ。本番程派手では無いだろうけど、舞姫のリハーサル見れる機会なんて、滅多に無いんだから」
「分かりました。そうします」
走り去った兄様を見送って、近くの椅子に腰を下ろす。
(私が女王⋯⋯?)
目の前の問題でさえ片付けられないのに、そんなに大きな問題をぶつけないでほしい。
私は、将来、どうなっているのだろう。自分の一年後でさえ、少しも予測が立たなかった。
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マジでどうでもいい裏話
セラーネ様は外に出ることも人間と話すことも基本嫌いなので、当然舞姫の舞台にも足は向きません。なので、城に在中していた頃も、舞台の結界作業は前任司書であるユマラに頼んでいました。彼女はリュサールのことを、「引きこもりコミュ障エルフ」と評価しています




