我々の花園
「着いたッス!ここが温室ッス。急に明るくなるから、気をつけるッスよ」
「え?う、うん⋯⋯」
ノアラがそう忠告をした後、他の部屋とは違う取っ手に触り、奥へと押していく。
「眩しっ⋯⋯」
扉が開けられた瞬間、真っ先に飛び込んできたのは陽の光だった。今まで薄暗い夜みたいな場所にいたせいで、目が焼けるような思いをする。
「だからノアラ言ったのに」
「気を付けても無理でしょこれは⋯⋯。でも、なんでここだけこんなに明るいの?」
「それは、我々の花園だからですわ」
コツコツとヒールの音を鳴らして、木漏れ日の中から表れた令嬢の一人にそんなことを言われる。真っ白なタイルの上に立つその姿は、完成されたお嬢様そのものだった。
「花園⋯⋯?あ、その前に貴女達は?」
令嬢は三人居て、三人ともリガルーファル伯爵とその夫人のような漆黒のような美しい髪をしていた。ドレスは色とりどりで、この家の中では少し目立ちそうだ。
「あぁ、自己紹介が遅れましたわね。殿下、お初にお目にかかります。私、長女のショルア・リガルーファルと申します」
「殿下、初めまして〜。私はシュルズと申します。リガルーファルの次女ですわ。どうか、末永くよろしくお願いしますわね」
「は、はい⋯⋯」
「殿下。昨日もお会いされましたが、改めて名乗らせて頂きます。私はシャミア・リガルーファル。三女です」
「ど、どうも⋯⋯」
今まで身近に居なかったまともなお嬢様にどう接したらいいか分からなくなる。今の私の態度では、あとで陰口なんて言われてしまうのだろうか⋯⋯。
「そうだ。折角ですから、殿下も一緒にお茶なんて如何かしら?リュサールと殿下のお話も是非、聞かせてほしいですわ!」
「え⋯⋯!?」
「まぁシュルズ。それは素晴らしい提案ね!ノアラ、フォルテ!殿下の椅子を持ってきなさい。ほらさっさと行きなさい何をぼさっとしているの!」
ショルアさんの怒声に、肩がびくりと反応する。怒鳴られた当人達の方を見れば、頭を下げて、さっさと走っていってしまった。
「⋯⋯あ、あの。あそこまで言われなくても良かったのでは」
「はぁ。殿下はあの二人のことを理解されていらっしゃらないのね。非常に残念だわ。あそこまで言わないとまともに仕事もろくに出来なくて口も悪い役立たずなのですことよ?殿下は人を見る目を育まれることはなかったのですね。惜しい方ですこと」
「はぁ」
よく分からないが、馬鹿にされていることだけは分かる。前世でうっすらと記憶に残る悪役令嬢像そのものだ。
「⋯⋯お姉様!お茶に致しましょう。先程淹れたばかりの紅茶が冷めてしまいますわ」
「あらそうね。⋯⋯あぁでも、殿下の分の椅子がありませんわ。どこかにありましたかしら?」
「でしたら、私が席を外します。丁度舞台の日ですし、クルリくんに会いに行ってきます」
「え」
一番まともそうなシャミアさんがお茶会から抜けることになってしまった。
(そういえば私、まともなお茶会ってミヒリとしかやったことない⋯⋯)
一通りのマナーや作法は教わったが、上手くやれる自身が一切無い。
「では私はこれで。殿下、また舞台でお会い致しましょう」
「は、はい⋯⋯」
手を伸ばそうにも、伸ばす理由が見つからず、私の横を通り抜けていくシャミアさんを見送る。彼女そのまま扉を開き、温室を出ていってしまった。
「では殿下、席までご案内致しますわ」
「は、はい⋯⋯」
私はショルアさんとシュルズさんに連れられるまま、温室を歩いていく。温室には、色んな花々が可憐に咲き誇っていた。柔らかい日の日差しが仕込んでいることや、リガルーファルらしくない白で統一された内装は、先程ショルアさんが言った通り花園のようだった。
「こちらですわ、殿下。ささ、お掛けになってくださいな」
「は、はい。失礼します⋯⋯」
シュルズさんが引いてくれた椅子に、腰を下ろす。二人も、私と対面するように腰を下ろす。
「少しお待ちくださいな。今殿下の分の紅茶を⋯⋯って、カップが無いじゃありませんの!」
「あの間抜け共が遅すぎるせいね。私達よりも到着が遅いだなんて。何処で何をしているのかしら」
「またお皿でも割っているのではなくて?」
「何枚目よ。だから、ちゃんとしたメイドを雇いなさいと、お父様に何度も進言しているというのに」
「⋯⋯⋯⋯」
今すぐに逃げ出してしまいたい。でも、友達の悪口に言い返したい。なのに出来ない。今の私に出来ることは、ドレスの布をぎゅ、と握るだけだった。
「あ、えっと、此処って、他と違って明るいんですね」
「えぇ。そうなのよ。小さい頃にお父様におねだりをして用意してもらいましたのよ。素敵でしょう?」
「は、はい⋯⋯」
「リガルーファルはどこもかしこも暗いのですから、一部屋くらい、光がたくさん差し込む部屋がらあった方がよろしいのです」
「それはそうだと思いますけど⋯⋯。でも、反対はされなかったんですか?」
「いいえ。リガルーファルに産まれた女は、皆産まれたその瞬間から姫なのよ。他の親の手駒としか思われていない貴族と違って。だから、お願い事はなんでも引き受けてくださるわ。大事だから」
ショルアさんのその言葉に、何も言えなかった。前世の私なら、喉から手が出る程成り代わりたいと思うだろう。しかし、今の私はそうは思わない。
「⋯⋯お待たせ致しました」
居心地悪い思いをしていたところに、淡々とした声が響く。足音もなく、その人は私達のテーブルまで姿を現した。
「遅いわよフォルテ。何をやっていたの?」
「申し訳ございません。ノアラが、少々粗相を働いたもので」
フォルテはカップを手に持ったまま、深く頭を下げる。
「ふぉ、フォルテ⋯⋯」
「殿下、遅れてしまって申し訳ございません。こちら、殿下のティーカップでございます」
「あ、うん。ありがとう⋯⋯」
フォルテからカップを受け取った瞬間、シュルズさんが流れたように紅茶を注いでくれる。
「召し上がれ」
「⋯⋯頂きます」
「⋯⋯では、私はこれで失礼します。時間になりましたら、お呼び致しま」
フォルテはまた一礼をして、温室を去っていこうとしたが、それは温室に入ってきた大声によって阻止された。
「殿下!!ようやく見つけました⋯⋯」
「え、どうかされたんですか?」
メイドの身なりをしているその人は、よほど慌てていたのか、ぜぇはぁと息を整えていた。
「お、落ち着いてください!どうしたんですか?」
「今、リュサール様から連絡があって、殿下だけ、会場に来て欲しい、とのことです⋯⋯」
「え?私だけ?」
「はい。お付には、フォルテかノアラのどちらかを指名されていました」
「だったらうちが行く。すぐに馬車を出すから、念の為、魔法具で向こうに居るヴァリーさんに話通しといて。鳩紙の使い方は分かる?」
「問題ありません。すぐにお伝えします」
「よろしく」
メイドさんはまた慌てたように走って温室を後にしていった。
「⋯⋯申し訳ございませんお二方。そういう事情ですので、私はこれで失礼します。お茶会は、また次の機会にお願いします」
「えぇ勿論。いつでも歓迎致しますことよ」
「リュサールとの話は、またその時にでも聞かせてくださいまし」
「あ、あ〜⋯⋯。はい」
「⋯⋯殿下、行きましょう」
「あ、うん」
私は二人にお辞儀だけして、フォルテと共に温室を後にすることとなった。
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