葬儀屋
3章です
「ありがとうございます」
御者に頭を下げ、馬車が遠ざかっていくのを見送る。大分山奥まで走ってきたが、リガルーファル家というのは、どれだけ不便なところにあるのだろうか。
「御者の人が、向こうに着いたら迎えが来るって言ってたけど、ここで待ってればいいのかな……って、あ!」
森の向こうに揺れる白髪を見つける。その人はランプで照らした先に私を見つけると、真っ直ぐこちらへ走ってきた。
「ラディ!来てくれたのですね!良かった……」
「そりゃ来るよ!行くって言ったし。……てか、その格好は?」
リュサールは、真っ白なドレスに身を包み、髪も昔みたいにふんわりと巻いていた。少しだけ、ユエナちゃんの影がうっすらと見える。彼女が女性のまま育ったら、こんな感じに育ったのだろうか。
「あぁ、これですか?ちょっと、明日の準備とリハーサルで、忙しくて……。まぁ、気にしないでください。それより、早く行きましょう。この辺りの夜道は危険ですから。あぁ、荷物持ちますよ」
「え、あ、ありがとう……」
トランクをリュサールに渡せば、空いた右手を取られて指を絡め取られてしまった。
「ちょ、リュサール!?」
「言ったでしょう?この辺りの夜道は危険だって。この森、虫だけじゃなくて、色々と居るんですよ。例えば〜……お化けとかね」
リュサールの言葉と同時に、ひゅん、と後ろから何かが動く音が聞こえた。それに驚いて体を震わせれば、リュサールは何が楽しいのか、優雅な所作で口元に手を当て笑った。
「ふふふ。冗談ですよ、多分ね」
「た、多分……?そこは言い切ってよぉ……」
「だって、僕は見たこと無いですけど、姉さん達は信じてる人多いんですもん。満月の前日……つまり今日には、葬儀屋も来ているんですよ」
話しながら歩き出したリュサールに置いていかれないよう、手を繋がれたまま歩き出す。
「葬儀屋……?なんで葬儀屋?そういう霊的なものって、陰陽師とかじゃないの?」
「おんみょうじ?というのは知りませんけど、ベラリヤの葬儀屋は、皆霊感が強く、魂を屠る力を持っているんですよ。なので、悪霊を討伐したり、名の通り亡くなった方の葬儀を行ったりもします。と言っても、手続きなどの面倒事は、葬儀会場の職員達が行いますけどね。でも、魂があの世へ渡れるよう見送ることが出来るのは、葬儀屋のみです」
「魂があの世へ渡れるよう見送る?死んだら、魂って勝手にふよふよ〜って飛んでくもんじゃないの?生きてる人間が見送る必要ってあるの?」
私の率直な疑問に、リュサールはちらりとだけ視線を寄越し、話してくれた。
「僕も詳しいことは存じませんけど、体から抜かれた魂は、葬儀屋達の持つ魂籠に収められるらしいんです。その後、葬儀屋があの世まで見送ってるとかなんとか」
「へぇ。なんか、不思議な職業だね」
「そうですね。そもそも葬儀屋自体が少ないことや、彼らが職業について中々話したがらないので、葬儀屋というものについて詳しく知っている者は少ないでしょうね。不思議と思うのも無理ない話です。……さて、着きましたね」
「……此処が?」
到着したらしい目的地は、ホラーゲームにでも出てきそうないかにもな洋館だった。月明かりの下ということや、周りが鬱蒼とした森ということも相まって、余計にいらない雰囲気が倍増されてしまっている。
「嘘、でしょ……?なんか出そう……」
「人の家を見て最初の一言目がそれですか。まぁ、気持ちは分かりますけど。僕も昔は苦手でしたし」
「ねぇリュサール、少し準備していい?何に襲われてもいいように魔力を巡らせておきたくて……」
「襲われませんよ。リガルーファルをなんだと思ってるんですか。いいから行きますよ。ちなみに中結構暗いですからねー」
「あぁ待って!お願い待って!ちょっと心の準備をーー!!」
そんな私の願いを込めた叫びも虚しく、リュサールは私の手をぐいぐいと引いて大きな門を跨ぎ、リガルーファルの敷地内へと入っていった。
「お邪魔しまーす……」
「ただいま戻りました」
「はい、森での霊は、それ程問題ではありません」
大きな趣のあるドアを開けて聞こえたのは、そんな台詞を話す少し低い中性的な声だった。少年か少女か分からないローブに付いたフードを深く被ったその人は、執事の身なりをした人と入口で話をしているようだった。
「ふむ。承知致しました。それならいいのです。報告、ありがとうございます」
「……いえ。た、ただの仕事なので。それじゃ、その、僕はこれで失礼します……」
「え〜?釣れないですねぇ。この後お茶でも御一緒に、と思ったのですが……」
「え、あ、その。ま、間に合ってます。あ、す、すみません。レーニェさんが嫌というわけじゃなくて、僕と一緒じゃ、楽しくないので。その、僕もう帰ります。それでは、また明日来ます……!」
フードを被った人が執事の人に深く頭を下げ、こちらに猛ダッシュで走ってきた。私は咄嗟のことに避けることが出来ず、その子とぶつかってしまう。からん、と何かが落ちてそのまま床を回って滑る音が聞こえた。
「うわっ!?」
一瞬よろめいたが、隣に居たリュサールが私のことを支えてくれた。そのお陰で、私は大した怪我は無かった。
「大丈夫ですか?」
「うん、私は大丈夫。ありがとう。……でも」
フードを被った人は派手に尻餅をついたようで、辛そうに顔を歪めていた。そして、ぶつかった衝撃なのか、いつの間にかフードが外れてしまっていた。
「いったぁ……」
「……その髪」
少年に見えるその子の髪は、左が白、右が紫のツートーンカラーになっていた。その綺麗な髪はローブに隠れて長さは分からないが、かなり長いように見える。目にかかった少し長い前髪から覗いた瞳は、ペリドットをはめ込んだような透き通った黄緑色だった。
「だ、第二王女殿下!?な、な、何故、こちらに……」
「ちょっと、この人に呼ばれちゃって。……それより大丈夫?大分顔色悪いみたいだけど……」
彼に歩み寄ろうと一歩踏み出そうとした時、足元に何かが落ちているのが分かった。さっき音がしたものだろうか。小さな提灯のようなひょうたんのような変な形をした陶器だ。それを触ろうと手を伸ばした時──
「触るな!!!」
「へ!?」
その大声に、伸ばしていた手を思わず引っ込める。
「え、あ……」
少年は大声を上げたと思えば、顔を真っ青にして、そうやって声にならない言葉を漏らしていた。
「す、す、すみません!暴言を吐いたつもりは無くて、その、えっと、それは、葬儀屋にとって大事なもので、普通の人が触ったら、穢れちゃうんです。あ!えと、殿下が悪いんじゃ無いんです。ごめんなさい、落とした僕が悪いんです……。お願いです。牢屋に入れるのだけは、辞めてください。他の葬儀屋に迷惑をかけられないんです……」
彼は土下座をしながら、そんなお願いを飛び出た命乞いに近い言葉を口にする。その必死さに、こちらが悪者のように感じてしまう。
「あ、頭上げて!そんなこと一切考えてないから。ごめんね。それなら、触られたくないよね。ごめん、すぐ退くから。入口塞いでごめんね。……ほら、リュサール退いて」
私はリュサールの背中を押して、ドアから少し離れる。すると少年は、よろよろと起き上がって、数歩歩き籠を慎重に拾った。そして、胸元へと当てて、大事そうに抱えた。
「ごめんね、落としちゃって。痛かったよね。……え?僕?大丈夫だよ。僕はなんともない。心配してくれてるんだね。ありがとう。でも、君を穢すことなんてしないよ。安心して。葬儀屋として、必ず君をあの世に送り届けるからね」
柔らかい笑みでそんな不気味な独り言を喋り、彼はゆっくりと起き上がった。
「あの、それじゃ、僕はこれで、失礼します……。殿下、寛大なご決断、ありがとうございました。それから、リュサール様、明日、舞台、見に行きますね……」
「えぇ。お待ちしています。それとフード、被らなくてよろしいんですか?」
リュサールは自分自身の頭をとんとん、と指さす。それに少年は自分の頭を触り、慌てふためいた。
「わ、あ、いつの間に取れたんだろ。あ、す、すみません!醜い色を見せちゃって!すぐにしまいます!」
少年はさっ、とフードをまた深く被ってしまった。
「そ、それじゃ、僕はこれで。お騒がせしてすみませんでした」
「……あ、名前〜、聞けなかった」
声を上げた時には、彼はもうドアから外に出た後だった。行き場を失った手を潔く降ろす。
「……彼は、クルリ・ロランパヌといいます。現在、リガルーファルに通って頂いている葬儀屋です。あれでも、僕達より歳上の十八歳です。……あと、一応あれの紹介もしておきます。クルリと話していたあの変人はヴァリー・レーニェ。我が家に長年仕えている執事です」
「へ、へぇ……。変人?」
「ようやく私のことを話題に出してくださいましたねお嬢様!お帰りなさいませお嬢様〜!」
ヴァリーさんはリュサールに飛びつこうとするが、リュサールは私のトランクでヴァリーさんを叩き、地面に寝かせてしまった。
「え、えぇ……?」
「さて、これで良いですね。トランクを変人除去に使ってしまってすみません。後で消毒しておきますね」
「いや、別にいいんだけど……。それより、この、ヴァリーさん?はいいの?」
「殿下!私の心配をしてくださるのですね!?」
「うわぁ!?」
いきなり起き上がったと思ったら、眼前に彼の整った顔立ちが目の前に現れる。リガルーファルに居る男の人は、使用人も美人じゃないといけないのだろうか。
「ヴァリー!ラディに近付くな」
「おっとこれは失礼。あぁそういえば、旦那様がお呼びでしたよ。殿下も来られるように、との事でございます」
「私も?」
「えぇ。申し訳ございませんが、時間が押しておりますので、さっさと向かうとしましょうか。さぁ、こちらです」
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裏話よりもどうでもいい作者の余談
脳内会議を開いた際、クルリを性別不詳にしようという声が上がりましたが、描ききれないという理由で却下になりました。




