魔法の修行は茨の道のり
あれから2ヶ月。私は───
「よし分かった!ここだ!!」
勢いよく扉を開ければ、そこは何も無くて水を上からぶっかけられる。そのせいで濡れ鼠へとなってしまう。
「うっ、冷たーい。まるでセラーネ様のよう……」
『何か仰いましたか?』
「ひぃ!?」
──セラーネ様のスパルタ魔法授業を受けていた。
そんなことになったのは、この世界に来て1ヶ月程経った頃の話だ。
この世界にも少しずつではあるが、最初に比べれば大分慣れてきた。メイド達の反応も、同様少しずつではあるが、徐々に柔らかくなってきている。この前なんか、メイド達と一緒にお菓子作りだってしたくらいだ。笑顔が引き攣っていたのは、見ないふりをした。
そんなこんなで、なんだかんだ充実した日々を送れていた。そんなある日の出来事だった。
「お父様、お話って何でしょうか?」
この日、私は父である王様に呼び出されていた。
「ネヒアを、覚えているか?実は、あのネヒアがお前の執事として、復帰することになったのだ」
「えぇ!?」
執事になって欲しいとは確かに言ったが、こんなに早いとは思わなかった。もう少し手続き諸々で時間が掛かるものとばかり思っていた。
お父様の隣に立つ彼に目を向ければ、その視線が交差した。なんだか気恥ずかしくなってしまい、ぷい、と目を逸らす。
「ふふ、お久しぶり、ラディお嬢様。元気にしてましたか?」
「え、えぇ、それなりに。それより、なんでまた執事なんて……」
お父様が事情をどれ程把握しているかが分からないため、適当にはぐらかしながらもそう聞く。
「え?あぁ、俺、元々はここの執事だったんで。だから、本職に戻ってきたまでですよ。ラディお嬢様の教育係をしてたのは、ちょっと言えない大人の事情がありましたので。あぁでも、お嬢様が望まれるなら、またやってもいいですよ。教育係」
「うーん。まぁ、それは必要性を感じたら頼むとするかな〜」
「りょーかいです。それでは陛下、ラディ様と少しお話させて頂いてもよろしいでしょうか」
ネヒアは先程までの朗さかはなく、真剣な表情でお父様に問いかけた。私に対してもその真剣さで向き合ってくれないかとも思ったが、そんなネヒアは窮屈で仕方ないからやっぱり辞めて欲しいと思う。
「あぁ、そのまま下がってもらって構わんぞ」
「畏まりました。では行きましょうか、ラディ様」
「は、はい……」
そのまま彼に手を引かれ、連れてこられたのはある客室だった。
「え?勝手に入っていいの?」
「いーのいーの。誰も使っていないこと確認しているし」
「へー…...。それで、話って何?」
私のもう半分くらいの身長を、首を痛める思いをしながら見上げる。小さいのは可愛いが、時に不便だ。だが、そんな私に気付いてくれたらしく、ネヒアは背をかがめ、私と目線を合わせてくれた。
「兄さんからの伝言。ラディ様用の超簡単なトラップが出来たから、いつでも挑戦待ってるって」
「私用の超簡単なトラップ?」
煽ってるようにしか聞こえない。思わず目の前の彼をむっ、と睨みつけ八つ当たりしてしまう。
「そんな見られると照れますね〜」
「そういう話じゃないでしょ!」
「あはは〜。とにかく、近いうちに行ってあげてください。兄さん、ああ見えて寂しがりなとこあるから」
「え、嘘だぁ」
信じられなくてそんな声が飛び出してくる。あのセラーネ様が寂しがり屋だなんて信じられない。
「残念ほんと。気になるなら、早速行ってみたらいいと思いますよ。多分、兄さんもめちゃくちゃ喜ぶんで」
「うん、なるほど。それなら行ってみてもいいかな」
──と有言実行してしまったのが原因だ。蓋を開ければそれは、遠隔でセラーネ様に虐められるただの虐待だ。少しでも不満を喚けばタライが頭上から落ちてくる。勝手に休憩しようと思えば、床が抜ける。そして間違った部屋を引けば、先程の様に水をぶっかけられる。そんなことを1ヶ月も繰り返していれば、嫌にもなってくる。
「はぁ……。セラーネ様、もう少し難易度を落とされませんか?もう限界です……」
『あら、音を上げるのが随分お早いですね。この程度、一兵卒でも難なく出来るかと思われますが』
「嘘だぁ!」
『本当です。しかしそれにしても、ここまで苦戦されるとは流石に思いませんでした。そろそろヒントを差し上げましょう』
「本当ですか!?」
『えぇ。貴女、魔力探知というものは出来ますか?』
「魔力探知?」
字からしてそのまま、魔力を探す、とかだろうか。
『魔力探知とは、相手の魔力量を見たり、魔力を感じ取る力で御座います。わたくしは今、魔力を抑えておりません。そして、わたくしの部屋の扉には魔力をべったりとかけております。勘で無闇矢鱈に扉を開けるのでは無く、まずはわたくしの力を感じてください』
「え、セクハラ?」
『またお冷ぶっかけますよ』
「怖っ。でも、感じろと言われてもどうやって……」
『いいから。まずは目を閉じて、集中してみてください』
「は、はい……」
言われた通りに瞳を閉じ、セラーネ様の姿を頭に思い浮かべる。そして、あの日彼が与えてくれた力を必死に思い出す。あの何かが体の中に流れてくる感覚、体温が高まったあの瞬間、安らいだ心地……。
「見えた、見えてきた……」
形を浮かべれば、後は答え合わせをするだけだった。正解を辿るように歩いていた足は正確さを増し、段々早くなる。そして、駆け足になっていった。私には見えているのだ。彼の力が。
「ここだーーー!!!!」
勢い良く扉を開き、中へと入る。ただでさえ重いドレスは歩くことさえ大変だというのに、全速力で走ってきたせいで体力の消耗が激しい。部屋に入って早々息を整えるのに必死なせいで、目の前に居るだろう意地悪エルフ様がどんな顔をしているかは分からない。きっと、呆れているのだろう。そう思っていた。
「お見事」
優しい声色が聞こえたと思ったら、頭に手が置かれた。細いのに骨ばっている、男の人の手だ。彼は軽く私の頭を撫でて、すぐに退けた。それと同時に、ゆっくりと顔を上げる。
「……セラーネ、様」
「時間はかなり掛かりましたが、達成したものは達成したんです。まずはおめでとうございます」
「あ、ありがとうございます!」
頭を深く下げ、感謝の意を示す。再び頭を上げたと同時に、彼は恐ろしいことを喋り始めた。
「しかし、貴女はまだ魔法を使えてすらいません。ただ力が分かるようになっただけです。というかこの程度なら頭のいい子供でも出来ます。大人ならば当たり前に出来ます。貴女、精神年齢は熟成されていられるのでしょう?それなのにこの程度も出来ないのでは先が思いやられます。はぁ、貴女の講師となってしまったわたくしのことも考えて欲しいもので御座います」
「……要するに?」
「次は自分の中に流れる魔力を感じて頂きます。無いものから何かを生み出すことは出来ませんから。自分がどれ程の魔力を有していて、どれくらいコントロール出来るのか。それを知る必要があります」
「うっ。私話の要約を聞いたのに……。はぁ、もういいです。……それで、自分の力を知るのは良いんですけど、前に、自然から力を得て魔法を作ってる〜みたいなこと言ってましたよね?それはどうなるんです?」
「それはまだ先です。貴女が使いたいのが、新型か旧型かは分かりませんが、どちらにせよ、それら自然の力を得て魔法を編み出すには、魔力が必要です。例えそれが莫大な量秘められていたとしても、自分自身が感知出来ていないと意味が無いのです。だって、見えないものを触ろうとしても、触れないでしょう?」
「……なるほど。分かりました。それで?どうやって自分の中に流る魔力を感じれば良いんですか?」
私が身を乗り出しながら彼の顔を覗き込めば、セラーネ様は一歩後退り、近くの机に置かれていた一冊の本を手に取った。そして、それを私の顔面に押し付けた。
「ふぎゅ!?な、なんですかいきなり!」
押し付けられた本を手に取り、タイトルを見るが、そこには何も書かれていない。
「ん?何ですか?この本」
「ずっと前、まだランカ坊っちゃまが貴女……あぁラディより幼かった頃、魔法の基礎を教える為にわたくしが書いた参考書です。坊っちゃまからは、分かりやすかった、と好評で御座いました。フィナ様にも見せたようですが、彼女は難しい、と仰っていましたね」
「へ、へぇ……」
ぱらぱらと適当に紙を捲るが、そこには何を書いているのかよく理解出来なかった。しかし、不思議と何が書いてあるのか、なんとなくは分かる。
「な、何語……?」
「貴女が話していらっしゃる言語ですが」
「母国語ですが……?」
「……へぇ。話す事は出来るのに、文字を読むことは出来ないのですね」
「あぁいえ!なんとなくは分かるんです!ただ、見た事ない文字だなぁって」
「……なるほど。なら、一人で読めますか?」
「はい、多分。分からなかったら聞きに来ます」
「そうしてください。来れたら、教えて差し上げますよ」
そう言って、セラーネ様は背筋が凍るような冷たい笑みを浮かべた。またトラップを難しくするつもりなのだろう。
「そ、その時は、ランカお兄様に教えて貰います」
「えぇそうしてください。兄妹の絆を築くのも、大切なことですから。……さて。今日はこの辺りで終わりとしましょう。あぁ、それと、わたくしは近いうち、他国に赴かなくてはいけない用事が御座います。戻ってくるのは1ヶ月後となりますので、それまで勉強は見れないと思ってください」
「え!?わ、分かりました……」
「もし何か分からないことがあったら、ランカ坊っちゃまやネヒアに聞いてください。きっと親切に教えて頂けるかと思います」
「……分かりました。セラーネ様に会えなくなるのは寂しいけど、ちゃんと勉強しておきます!戻ってきた時、驚かせますから!」
「えぇ。楽しみにしています」
「それじゃ、私はこれで!早速部屋に戻ってこの本、読まなくちゃいけないので!さようならー!」
ラディ様に手を振り、急ぎ足で自分の部屋へと向かう。
浮き足立っていたせいで、私は見ていなかった。セラーネ様が寂しげに手を伸ばしていた姿を。
彼が何故他国に赴くのか、私は知らなかった。