クッキー
「うわぁ、美味しそ〜!」
オーブンから焼きたてのクッキーをそっと取り出し、台の上にそっと乗せる。
「火傷しないように気をつけてくださいよ。まだ熱いんですから」
「大丈夫だって。それより、一個味見していい?」
「どうぞ。あ、食べさせてあげましょうか?」
「それはいい」
笑顔で恥ずかしい提案をしてくるリュサールを無視して、シートの上に置かれたクッキーの中から、ハート型のクッキーを一枚手に取る。そして、一口分齧った。口の中には、焼きたてで香ばしいおやつの味が広がった。
「ん〜!美味しい!リュサールも食べてみなよ!ほら!」
シートから星型のクッキーを一枚手に取り、それをリュサールの口元へと持っていく。リュサールは何か戸惑いながらも、クッキーを食べてくれた。
「どう?美味しい?」
「……美味しいですけど、貴女、食べさせられるのは駄目で、食べさせるのは良いってどういう価値観しているんですか」
「へ、あ……」
一緒に作ったクッキーが美味しかったから、つい興奮気味になってしまい、勢いで食べさせてしまった。
「ち、違くて!美味しかったから、リュサールにも食べてほしいなって思って!」
「はいはい、分かってますよ。貴女って、時々興奮すると突飛な行動したがりますよね」
「そんなことは……ないって言えないかも……」
「ふふ。素直なのは良いことですよ。まぁ、貴女の場合は、少し素直過ぎますけどね」
「うっ……」
確かに、思ったことはすぐに口に出してしまうし、嘘も得意とは言えないだろう。
「……さて、と。クッキー、どうしますか?また皆さんに配って回ります?」
「うん。ついでに、ロレッタにもあげてみる。まぁ、あげられるか分かんないけど……」
「まだあの少女のこと助けてあげたいと思っているんですか?」
リュサールが呆れたように溜息を吐いてくる。それもそうだろう。あんな態度を見せられては、私の声を聞く気が無いことなんて目に見えて分かる。
「……だって、関わっちゃったんだから、助けてあげたいよ。それに、ロレッタは、まだ取り戻せるって思ってるんだ。ほったらかしにして、もっと酷いことをやっちゃう前に、止めてあげたい」
「貴女のその志はとても立派だと思いますけど、人には人の生き方があります。僕は、無理に手を出すのはどうかと思われます。この先、例えロレッタが重い罪に問われたとしても、それはあの子の問題と責任です。対応は衛兵や騎士にでも任せるのが得策ですし、王族である貴女が、一々関与なんてしなくていいんですよ」
「それは分かってるけど……」
それでも、彼女のやり方が、昔の私に重なる部分があるのだ。方法は違うが、無理して金を稼ぐという点では、私と彼女はよく似ている。
「分かってたら、最初から見捨てていますよ」
「……それもそうかもだけど。それでも!やっぱり、何度も話すことが大事だと思う!それにほら、言うでしょ?好きな人を落とすには胃袋を落とせって!」
「それ多分掴めですよ」
「あ、と、とにかく!美味しいもの食べたら、少しは心開いてくれるかもでしょ!?」
「そうでしょうか。餌付け程度で懐くようには見えませんけど」
「……まぁ、そうかもしれないけど、例え心開かなくても、美味しいものをお裾分け出来たと思うくらいでいいんだよ。過度な期待したって、向こうが辛いだけだろうから」
「……なんだか、思いやりというより、哀れんでません?それ」
「哀れんでる?」
リュサールの言葉に、腕を組んで考えてみるが、自分ではそんなことを思ってはいなかった。しかし、自分と似てると感じてるロレッタのことを、無意識のうちに哀れんでいたのだろうか。
「……そんなつもりないんだけどな」
「貴女がどう思うと、受け取る側はそう思ってるかもしれませんよ。まぁ、助けたいというのなら、僕はもう止めはしませんけど。……はい、クッキー。ロレッタにあげるのでしょう?」
「あ、うん。ありがと」
リュサールはいつの間にかクッキーを全てラッピングし終わっていたらしい。袋のうちの一つを、彼は私にくれた。
「まぁでもその前に、受け取ってもらえるか問題なんだけど……」
「副団長は貴女のお姉様でしょう?言えば受け取ってもらえるんじゃないんですか?」
「だといいんだけど……」
正直、犯罪者以前に騎士団と中々関わってこなかったせいで、贈り物はなにがよくてなにが駄目なのかというのがいまいちよく分からない。前世でも、色々あって逮捕された知人は居たが、逮捕された時点で縁を切っていた。
「……もし不安なら、僕も行きましょうか?交渉術なら、貴女より僕の方が優れていると思いますし」
「うーん……。まぁ、確かに。それじゃ、少し付き合ってくれる?多分騎士団本部に居るから」
「分かりました。では、行きましょうか」
そうして私は、リュサールと騎士団本部へとロレッタへのプレゼントを持って向かうこととなった。
「ん?ラディ?」
本部の扉を開けて早々、フィナ姉様が私達に気付いてくれた。お陰で、以前のように騎士達に絡まれなくて済んだ。内心ほっとしながら、姉様に話しかける。
「姉様、さっきぶりです」
「あぁ。どうしたんだ?リュサール殿も連れてきて……」
「ふふ。先程ぶりです、フィナ様。実は、少々お願いがありまして訪ねたのですが、今、よろしいでしょうか」
「あぁ、構わない。奥の団長室で話そうか?今は、ミラータ団長も席を外しているし」
姉様の提案に、リュサールと目配せをする。立ち話でする話でも無さそうだし、大人しく受け入れた方がいいだろう。
「お願いします、姉様」
「分かった。では付いてきてくれ」
姉様について、奥の団長室へと入っていく。その道中、騎士達の視線がいつも以上に気になった。私というよりは、リュサールを見ているようで、落ち着かなかった。
「それで?話とはなんだ?」
部屋に入り、席についた姉様が口にした第一声はそれだった。
「……要件は、私から話すね。えっと、さっきね、リュサールとお菓子作ったの。姉様の分も持ってきたんだよ」
「そうか。それは有難く受け取ろう。だが、それだけの用であれば、入口でも済ませられたのでは?ここまで来て話したい用事とはなんだ?」
姉様の鋭い視線に、体が粟立つ。何も悪いことはしてないはずなのに、自然と目を逸らしたくなる眼光だ。
「……それは、僕から話させて頂いてよろしいでしょうか」
「構わない」
「ありがとうございます。実は、クッキーを作りすぎてしまったので、ロレッタにもお裾分けをしたい、と彼女が申し出まして。それで、プレゼントの受け取りが可能なのであれば、是非、ロレッタに渡して頂きたいな、と」
「……なるほど。要件は分かった。クッキーか……。ロレッタは特殊な立場だが、今はまだ留置場にいるだけだ。うちの規則では渡すこと自体には問題は無いが、一通りの検査は通させてもらう。決まりだからな」
「本当!?ありがとう姉様!」
嬉しさの余り、私はソファを立ち上がり、フィナ姉様の隣まで行って抱きつく。姉様はいつも照れながらも、私のことを抱き締め返してくれる。しかし、今日はすぐに引き剥がされてしまった。
「ら、ラディ!急に抱きつくな!」
「ごめんなさい。でも、嬉しくて。……これ、ロレッタの分のクッキー。ちゃんと渡してね」
「あぁ。感想も伝えさせる」
「本当?楽しみにしてるね。あ、それと、これは姉様の分のクッキー」
私は二つのクッキーが入った袋を手渡す。ラッピングはリュサールがやってくれたらしいが、相変わらずセンスが良いらしい。
「あぁ、ありがとう。後で大事に頂くよ。他の人達にも渡すのか?」
「うん、そのつもり。ただ、今回はあまり作れなかったから、あとは兄様の分だけだけどね」
「そうか。だったら、ランカに会うついでに、ロレッタの講師のこと話しといてくれないか?ランカ以上に相応しい講師は居ないって」
「うん、分かった。伝えとく。それじゃ、私達はこれで。行こう、リュサール」
「えぇ。……フィナ様、失礼致します」
「あぁ。またな」
騎士団本部を出たあと、私達は再び城内へと戻った。城内の廊下で歩いていたら、リュサールが急に足を止めた。
「僕は今日はそろそろ帰りますね。稽古の時間が迫っているので」
「あ、そうなの?まぁ、元々来るつもり無かったって言ってたもんね」
「えぇ。ですので、そろそろ失礼させて頂きますね。あと、リガルーファルに来ること、忘れないでくださいね」
「あ、う、うん……」
唐突に思い出した誘いに、咄嗟にいつもの調子で返事が出来なかった。
「ふふ。それでは、また後日!」
そう言い残し、リュサールは去っていってしまった。なんだか今日は、彼に振り回されっぱなしだった気がする。私は絶対に、リュサールを好きなんかじゃない。もしそうだとしても、どうせいつかは好きじゃなくなる。
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マジでどうでもいい裏話
リュサール(というよりユエナ)は、ラディが転生状態になる前から庭園に寄ることがありましたが、あの時が初対面なのは、以前のラディが一回も庭園に足を運んでいなかったからです。悪役ラディは花なんて微塵も興味無かったらしい。もし、転生前のラディが庭園でユエナと会っていたら、わけも分からず印象マイナスからのスタートになったと思います。




