気になるんだ?
今、目の前の男に言われたことを確かめるように、頭の中で反芻する。「リガルーファルに来ませんか」と言ったのだろうか。それはつまり、自分の家に来ないか、ということで間違いないのだろうか。
「えっと、それって、私がリガルーファル家にお邪魔する……ってことで合ってる?」
「えぇ。その認識で合っていますよ」
「……なんでまた」
不満が隠せない私とは裏腹に、リュサールは笑顔でとんでもないことを言ってきた。
「だって、貴女は将来、僕に嫁ぎにくるのですから。未来の我が家として、見ておきたいとは思いませんか?」
「思いません!大体、私はどこにも嫁ぎに行く気なんて無いし」
「わがままですね。大変不躾なことを申し上げますが、貴女一人の判断で、この先も独り身を貫くということは、難しいことだと思われますよ。第一、貴女は第二王女ですから。王妃殿下も少し仰っていましたが、本来であれば、婚儀を挙げていてもおかしくはないのですよ」
「うっ……」
「それに、現在の法律では、同性同士の婚姻は認められていませんし、そもそも、同性同士では赤子を産むことだって出来ません」
「は、はい……」
突然の正論の嵐に、ただ頷くことしか出来なくなってしまった。確かに、彼の言う通りだ。すごく認めたくはないけれど。
「……というわけで、僕との婚姻認めてくれませんか?」
「それは無理!!」
私の反射的な否定に、リュサールは頬を膨らませて、眉を顰め、不満げな態度をありありと示してきた。
「なんでですか。貴女が好きなのはユエナですよね?何度も言いましたけど、ユエナは幼い頃の僕なんですよ?それなら、貴女が好きなのは僕ということになりませんか?」
「ならない!リュサールや他の人にとっては同一人物かもしれないけど、私にとってはどうしても違うの!ユエナちゃんはユエナちゃん!リュサールはリュサール!何度言われてもそれは変わらないの!……てか、私がリガルーファルにお邪魔するにしても、ご家族は反対されるんじゃないの?」
幼い頃、この世界に来たばかりの時にユエナちゃん、並びにリュサールのお父様から言われた言葉を思い出す。散々罵られた挙句、「ピアグレータが生み出した異物」とまで言われた。私をあんなに激しく拒絶していた人が、あっさり私の居候に似た同居を簡単に認めてくれるとは思えない。他の方だって、私のことをよく思っていないかもしれない。
「それなら問題ありませんよ。既に話は通してありますから。というより、家族が反対の意を示すのであれば、僕は貴女に婚姻を申し込めていませんよ」
「そ、そうか……。それはなによりだけど、その、ご家族は、私のことどう思ってるの?」
私の投げかけた問いに、リュサールはぽかんと口を開いたかと思えば、開いた口を閉じ、僅かに口角を上げた。
「ふーん?気になるんだ?」
「へ!?」
首を少し左に傾けて、口元には妖艶な笑みを浮かべていた。微かに伏せられた眼差しは確かに私の瞳を射抜いていた。美しい所作でテーブルに肘をついたリュサールは、まるで一枚の絵画のようだった。おまけに、普段敬語の彼が砕いた言葉を使うもので、ばくんと体の中でしんぞうが轟音を立て、間抜けな声が私の口から飛び出していった。そんな私を見て、リュサールは可笑しそうに見惚れるような仕草で笑った。
「ふふふ。すみません。からかい過ぎましたかね。質問に答えましょうか。……家族は、貴女の悪い噂が無くなってから、貴女を悪く思う人は居なくなりました。それどころか、ラディの可愛らしい容姿から、『天使の生まれ変わり』だなんて言う人だっているんですよ」
「天使の生まれ変わり……」
私は、天使なんて程遠い存在だというのに。ただ、ラディの外見が可愛いだけで、天使にまで成り上がってしまうのだろうか。前世も今世も同じ私なのに、そんなこと言ってくれた人、一人もいなかった。私みたいなクズがこう思う資格も無いだろうが、結局は顔が全てなのだろう。
「……私は、天使なんかじゃないよ」
「世間話の中でのただの例えですよ。それとも、ラディは天使がお嫌いで?」
「そうじゃないけど……。そうじゃないから、否定しておきたい」
「……そうですか。なら、女神とかどうです?」
「女神?」
天使が駄目なら女神なんて、そんな単純な問題でもない気がする。
「えぇ。実際、僕にとって貴女は、女神のような存在でしたよ。僕を綺麗と言ってくれた貴女は、本当に人間とは思えませんでした」
「え?それ、褒めてる?それとも貶してる?」
「褒めてますよ。それくらい、舞い上がりそうな程嬉しくて、こんな僕に手を伸ばしてくれるラディが、本当に美しかった」
「……そう」
リュサールの言葉に、また熱が高まっていくのを感じる。あの雑貨屋の時と同じ……。
「あ、今も美しいし可愛いって思ってますよ。寧ろ、昔よりもずっとずっと綺麗になっていて、国王陛下の執務室で初めて会ったあの日、本当に驚いたんです」
「……そうなんだ」
リュサールは何度も私のことを率直に褒めてくれるが、何度褒められても慣れない。私よりも何倍も綺麗な人に綺麗と言われるのは、嬉しくもあるが、複雑でもある。貴方の方が何倍も綺麗じゃないか、なんて、醜くて捻くれた自分が顔を出してくるのだ。それでも、やはり褒められるのは嬉しい。リュサールなら、心からそう思っているんだろうことが分かるから。
「……リュサールも、昔よりも、ずっと綺麗になったよね。本当にびっくりした」
目を逸らしながらも、そう伝える。中々に恥ずかしいことを口走ってしまい、彼の顔を直接見ることが出来ない。
「……貴女、そういう素直なところは本当に、昔から変わりませんよね」
「……こういう性格なの」
「ふふ、そうですか。素晴らしいと思いますが、あまり他者を褒めないでくださいね」
そこで話が一度途切れて、リュサールが本来の目的へと話を戻した。
「……さて、大分話が逸れましたね。どうです?ラディ、リガルーファルに来たくなりましたか?」
「なんで今までの会話で私がリガルーファルに行きたいと思うわけ?」
「え。だって、ここで僕が帰ったら、暫く会えなくなってしまうんですよ?今日だって、本当は来る予定無かったんですから」
「あっそ。それがなに?」
心が揺れ動かないように、出来るだけ冷たく接する。しかし、あまり効果はないらしい。
「寂しくないのですか?」
「はぁ!?」
「だって、貴女は僕のことを『好きじゃない』と何度も主張しておられますが、僕の顔は、少なくとも好きではありませんか?」
認めたくはないが、間違いでも無いのだろう。いや、そう思ってしまっては認めているようなものだ。何も好きなんかではない。リュサールはただの友人に過ぎない。……なんて、意味の無さそうな自己暗示を必死にかける。
「そ、そんなことないし!本当に好きじゃないし!」
「真っ赤な顔で必死に言われても、説得力ありませんよ。僕の仕草に、今までも顔を赤らめていたことが何度かありますよね?」
「ない!」
「ふふ。そんなムキにならなくても。リガルーファルに来れば、毎日僕と会えますよ?なんなら、ロレッタの裁判を待たず、明日からでもよろしいですよ?うちは歓迎ですから」
「それはやだ!ロレッタのこと心配だもん!」
いつの間にか席を立ってずっと声を張り上げて否定してしまっていたこともあり、ぜぇぜぇと息切れを起こしてしまう。
「と、とにかく……。リガルーファルに行く気は無いからね……」
「……貴女は、僕以外にそうやって構うのですね」
「え?」
「ロレッタだけではありません。ネヒアにセラーネ様にも構っていたんでしょ?僕をほっぽりだして」
「そんなつもりは……」
「あります。それもあって、僕は一度リガルーファルに来て欲しいと言っていているんです。別になにも、そのまま永住させるつもりはありません。ただ何泊か、旅行くらいの感覚で来て頂きたいのです」
「……うーん」
この国に来て、他所に泊まるということは今まで一度も無かった。そう考えれば、いい経験にはなるのかもしれない。邪龍や舞についても気になるところがあるというのも理由だ。
「……分かった。それならいいよ。ロレッタの裁判が終わったら、迎えに来て」
「……本当ですか!ありがとうございます!父上達にもお伝えしておきますね!」
リュサールは、ぱっと花を咲かせたように笑った。それが可愛くて、また顔を逸らしてしまう。
「では、クッキーもそろそろ出来ている頃合でしょうから、厨房に戻りましょうか」
「そうだね」
私達はあの日とは違って、二人で並んで城内へと戻っていったのだった。
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マジでどうでもいい裏話
リュサールのお父上は、当時悪い噂しか聞かなかったラディを毛嫌いしていました。なので、リュサールがラディと婚姻を結びたいと言った時には猛反対して、家から追い出したそうです。その後、父はリュサールの姉達に叱られました。リュサールの方は、姉達の捜索により、無事見つかりました。普通に町で宿取って寝泊まりしてたらしいです。本人は一時の休暇だと思っていたそうです。ちなみにお父上以外の家族は割と賛成派が多かったみたいです。




