宝の持ち腐れ
「お金……?」
ロレッタが何故そんなものを要求したのか、一瞬理解に苦しんだが、少し考えればすぐに分かった。貧しい者がなにより求めるものは金だ。金さえ、あれば、なんでも手にすることが出来ると思うから。そして私は、彼女の差し出している掌に、一般人が一生分贅沢できる程の金を持たせることが出来る。しかし、そんな彼女の要望には、応えることが出来ない。きっと私が金を渡したら、彼女は逃げてしまう気がする。
「そう、お金。あんた、あたしを助けたいんでしょ?なら、贅沢は望まないであげるから、あたしとアルノ、二人分の一生暮らせるだけの金をちょうだい。あと、アルノの薬代と診察代も出してね。あの子、体めっちゃ弱いの」
「……悪いけど、その要望には応えられない。貴女、もし私がお金渡したら、強引にでも逃げるつもりできょ?」
私の言葉に、ロレッタは小さく舌打ちをして、分かりやすく顔を歪める。引っ込められた手は行き場を失い、腹立たしそうに膝の上に乗せられた。
「へぇ。これだけの実力者が居るというのに、君は逃げ出せると思っているのか」
「実力者?どこが?逃げたあたしを捕まえるのにこんなに時間掛けてんのに。それに、あたしを捕まえやがった奴ら、最初一人だったけど、あたしが強すぎたから、途中で人呼んで、最終的に二十人くらいに増えたよ。あたしを牢に入れる時も、結局七本注射打ってたし。あんたらも、あいつらと同じでしょ?なら、どうせ大したことないでしょ」
拘束されているというのに、ロレッタはそんな軽口を叩いた。私はロレッタの発言がひどく恐ろしかったが、彼女は、此処にいる人達が実際に戦った場面を見たことが無いのだろう。だから、他の者達と実力を並べて考えている。内心肝を冷やす私だったが、そこに、ぱたん、と何かが閉じる音が割って入った。音の方に視線を向ければ、それは、今まで興味が無さそうに読書をしていたランカ兄様のものだ。兄様は読んでいた本を閉じ、こちらに顔を向けていた。兄様の緑と青が混じった瞳を真正面から見つめたのは、久しぶりな気がする。
「……実力者かどうかは、実際に試してみたらいいんじゃないの?今、ここで」
声を上げたランカ兄様は、いつもと同じ軽い口調だったが、途端に声を低くして、怒りを顕にしてきた。それが珍しくて、怖くて、威圧されて、指一本も動かせなくなってしまう。まるで、私の体がランカ兄様に主導権を握られてしまっているみたいだ。
「……ここでって、どうやって試すわけ?」
「ロレッタだっけぇ?君さ、俺らから逃げられる、俺らのどこが実力者か分からないって思ってるらしいね。可哀想な頭過ぎて、ほんと哀れに思えてくるよ。君の元に流れてしまった魂と力が可哀想でならない。話逸れたね。なんだっけ。俺らが実力者かどうか試す方法だっけ?そんなの単純。……逃げ出してみなよ。俺から」
「あんたから?」
「そ。俺は、君にとって実力者じゃないみたいだから。なら、その状態でも楽々逃げ出せるんでしょ?やってみなよ。逃げ出せると思ったから、あんなこと言ったんでしょ?……ほら、やってみろよ」
明るくもどこか怒っていることが分かるトーンで説明したのち、低い声で追い討ちをかけるランカ兄様は、初めて見る姿だった。ある意味、昔も今もにこにこと楽観的な笑みを浮かべていた彼が、これほどの怒りを感情に出すのは本当に珍しいことだった。
一方のロレッタは、額から汗を流し、手錠のかけられた手首を自身の胸元に持ってきて、ぎゅ、と手を握っていた。明らかに動揺している。しかし、少し深呼吸して、目をカッと見開いたかと思った瞬間、強い風が客間を吹き抜けた。一瞬、竜巻に巻き込まれたかと思う程に強い力だ。目を開いていられず、瞼を固く閉じて、両手で自分の顔を庇うように腕を眼前へと持ってきていた。そして、少しして竜巻に似た旋風が収まった頃、私は目を開いた。そこには、目の前に座っていたはずのロレッタの姿が無かったのだ。更に、一人用のソファに座っていたはずのランカ兄様の姿も無かった。
「くっ……!離せクソ野郎が!!!」
背後から聞こえたロレッタの声に、私達は振り返る。私が見た光景は、地面にうつ伏せに伏せているロレッタと、その上に跨っているランカ兄様の姿だった。
「逮捕〜!なんつって。ま、とにかく、これで少なくとも俺が実力者だってことは分かったね」
「んなわけあるか!こんな手錠さえ無ければ、お前なんて……!!」
「まだ言う?拘束具やらなんやらが消えた万全な状態であったとしても、君は俺には勝てないよ。王国図書館司書で、元王族魔導師代理である俺に、白髪の力を持っただけのただの子供が勝てるわけないでしょ。馬鹿なの?あ、馬鹿だったか。賢かったら、俺を下に見ることなんて無いもんね。でも良かったねぇ。学習の機会を与えてくれる優しい司書様で。これで学んだなら、もう二度と、人を舐め腐るようなこと言うんじゃねぇよ。クソガキ♡」
「クッソ……!!バカにしやがって!」
「それ、君が言う資格無いよ。本当に、宝の持ち腐れにも程があるね。さっきの風、本当にとんでもない魔力だったよ。そんな年齢でその実力であれば、学院で五締メになることだって簡単だと思う。しかも、君は白髪でありながら、五体満足に産まれ、今も尚健康に生き続けている。普通の一般人でそれって、本当に凄いんだよ。君は全然分かっていなさそうだけど」
ランカ兄様はそこまで話してから、ロレッタの上から離れた。ロレッタは暫く地面に伏せたのち、のろのろとゆっくり起き上がった。
「……宝の持ち腐れって、それじゃ、どう活かせってんだよ」
「うーん……。多分君は、力の使い方がいまいち分かっていないだけで、しっかりと学んでものに出来たら、間違いなく優れた魔法使いになる。ただ、独学じゃ無理だろうから、誰かに教育係を頼むのはどうかな。それこそラディとかさ」
「私!?」
唐突に呼ばれた自分の名前に驚いてしまう。しかも教育係として呼ばれた私の名前。魔法の教育係なんて出来るほど、私は魔力に特別秀でている自信はない。それこそ、ランカ兄様が務めた方が良いだろう。私よりかは、自分をうつ伏せにしたランカ兄様の方が言うことを聞くはずだ。
「ラディに押し付けることなんてせずに、お前がやったら良いではないか、ランカ」
私が言おうとしていたことを、事態を見守っていたフィナ姉様が言ってくれた。姉様は口角を上げ、僅かな笑みを浮かべていた。
「え〜……。俺?」
「私よりも、ランカ兄様の方が、ロレッタも言うことを聞いてくれると思いますよ!」
「えぇ……。やだよめんどい。ただでさえ忙しいのに、こんなクソガキに構ってる時間なんて無いよ」
「ほぉ?だが先程、宝の持ち腐れと言って、ロレッタの才覚を正確に見抜いたのはどこの大天才だ?」
「俺ー!!だけど、それとこれとは別。勿体ないとは思うけど、これ以上面倒見る気は無いよ。そもそも犯罪者だしね〜」
ランカ兄様は無責任にロレッタを突き放し、再び我関せずとソファに座り本を読み出してしまった。
「兄様……」
どうしようかと、頭を悩ませているところに誰かがランカ兄様の本を取り上げてしまった。ぱたんと閉じられたその本を手にしたのは、意外なことに、ネヒアだった。
「……なんのつもり?」
「すみませんね、ランカ様。無礼を承知の上で申し上げますが、無責任にも程があるかと思われますよ。一度手を伸ばしたなら、最後まで導くべきではありませんか?ラディ様の講師を引き受けた時だって、兄さんが帰ってくるまでやってたじゃないですか。なら、一度も二度も同じことじゃないです?」
「……簡単に言うねぇ。ただの執事の分際で。それとも、同じ白髪だから、なんか思うとこがあるの?」
「まさか。ただ、最近の貴方が気に食わないだけですよ。女を弄ぶ暇があるなら、教え子を育てる方が、ランカ様にとっても有意義だと思いませんか?」
ネヒアは黙ってしまったランカ兄様に本を手渡す。それを受け取った兄様は、ひどく悩んでいるようで、本を見つめるばかりだ。それから少しして、声を上げた。
「……少し、考えさせて。多分今月にはやる裁判までには結論を出す。ロレッタには、裁判が終わったあとに伝えるよ。裁判の結果によっては、講師の話自体が無くなる可能性もあるし。それでいい?」
「あぁ。良い返事が聞けることを期待しているよ」
それから、粗方話し終えた私達は、本日の面会を閉じることとした。今後も、裁判まで少しでも面会時間を取れるよう、姉様もダーシルテルタ騎士団長も手を回してくれると言ってくれた。ロレッタは、一応盗みを働いたところを捕まったため、再び留置所へと戻されてしまった。そして、皆仕事があるとそれぞれ別れていき──
最終的に、私とリュサールの二人きりとなってしまった。
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裏話よりマジでどうでもいい余談
ランカ兄様の「クソガキ♡」が凄く好きです。なんだかんだ言っても、彼は知的好奇心に溢れている魔法使いであり、王国図書館司書なのです




