意地悪
「お待たせ致しました。サーロインステーキとカルボナーラでございます」
「おー!美味しそう〜!」
「ご注文は以上でしょうか」
「はい。大丈夫です」
「では、伝票失礼致します。ごゆっくりどうぞ」
店員さんが、伝票をテーブルの端に置く。そして、一礼して私達のテーブルを離れていく。
私達は、空いた腹を満たすため、街で繁盛していたレストランへと入った。人が少ない方が良いのではないかと思ったが、リュサールが言うには、人が多い方が案外隠れやすいらしい。何故この人はそんなことを知っているのだろう。お家の教育の賜物なのだろうか。そんな詮索紛いなことを考えてしまうが、そんなの、目の前の美味しそうなステーキの匂いが消し飛ばしてくれた。
「ん……。ん〜!美味しい〜!」
「ふふ。美味しそうに食べますね」
「うん。美味しいもん!リルも食べてみなよ」
「えぇ、食べますよ。でも、ラテがあまりにも美味しそうに食べるものだから、つい見てしまうんです」
彼の皿を見れば、そこには少しも減ってないカルボナーラがあった。
「冷めたら美味しくないよ?」
「大丈夫ですよ。頼んだ以上ちゃんと食べますし」
「そういう問題じゃないってば……」
せっかく美味しい食事を頂いているのだから、美味しい状態で食べて欲しい。そう思ったところに、自分が食べてるのが熱くて美味しいステーキだということを思い出した。
「ほら、美味しいものは美味しい状態で食べるのが一番でしょ?だから、口開けて」
「え?」
「自分の食べる気無いなら私の一口あげるよ」
一口分のステーキを刺したフォークを、リュサールの方へと差し出す。
「はい、あーん」
「え、あの……。ちょっと……」
「ん?なんで嫌がんの。……あ、もしかして食欲無かった?」
「いえ!食欲はあります!じゃなかったら最初から頼みませんし。ただ、その……」
リュサールは目を逸らして、少し頬を赤らめながら、私の手に持っているフォークを指さした。
「……せめて、フォーク変えませんか?僕の使っていいので」
「フォーク……?」
何でそんなことをするのか分からなかったが、一瞬フリーズした頭はすぐに結論を導き出した。リュサールは間接キスになると言いたいのだ。彼が照れるせいで、私まで変に意識してしまう。
「……あ、ご、ごめん。んじゃ、フォーク貸して」
「はい。……どうぞ」
リュサールからフォークを受け取り、切り分けたステーキを刺す。そして、それをリュサールに手渡そうとした。しかし、その手首をリュサールに掴まれた。
「リュサール……?」
「食べさせてくれないんですか?」
「へっ?」
顎を引いて、上目遣いで見つめてくるその姿は、男と言われても簡単には信じられない。それくらい、いつもみたいに美しくて、いつも以上に可愛らしかった。リュサールも努力をしていただなんてこと、分かっているつもりだが、それでも女として負けた気がして、少し悔しくなる。でも、そのあざとさに射抜かれる自分も居る。
「だ、だって、自分のフォーク使うなら、わざわざ私が食べさせる必要無いじゃん……」
「でも、最初に言い出したのは貴女でしょう?ほら、食べさせてください」
口を開けて待っているリュサールの口の中に、恐る恐るステーキを入れる。
「あーん……」
「……んむ」
リュサールが口を閉じて、ステーキがフォークから離れたのを感じたところで、フォークを引き抜き、自分のトレイの上に置く。彼は暫く肉を咀嚼して、咀嚼しきったのちに、舌を少しだけ出して、自分の唇をぐるりと舐めた。それを見て、自分の手元に置いてしまった彼のフォークを、そっとリュサールのトレイに置く。その手は何故か震えて、顔からは湯気が出そうなくらい熱いということを肌で感じる。とても気持ち悪くて、大嫌いな熱だ。
「美味しい、でしょ?」
「えぇ。とても美味しいです。食欲が湧いてきました」
「そ、そう……。なら良かった。それじゃ、早く食べちゃおう」
「はい。でも、僕だけ貰うのも申し訳ないので……」
リュサールはフォークでくるくるとカルボナーラを巻き、私の方に差し出してきた。
「え、っと……」
「どうぞ召し上がってください。美味しいですよ。ほら、あーん」
羞恥から顔を背けるが、引く姿勢の無いリュサールに、仕方なく口を開き、彼の差し出すフォークを咥える。
「……あーん」
カルボナーラが口に入ってくる。しかし、味がよく分からず、麺の感触だけが口の中をうろつく。口の中の食事なんかよりも、心臓がばくばくと鳴っていてうるさい。美味しい食事なんかより、目の前の彼にしか意識が向かなくて仕方がない。
「美味しい?」
「……多分。それより、なんかドキドキする」
「僕もです。食べさせるのも、食べさせてもらうのも、案外体力要りますね」
「……うん。なんか、ごめん」
「なんで謝るんです?僕は得してるのに」
「……だって、同じフォーク使うの、嫌がってたから。気付かなくて、口にしちゃった」
そう、口にした後に気付いた。私はリュサールのフォークを口にしてしまったのだ。前世では友達同士で平気な顔してやって大したことなんて無かったのに、今はとてつもなく恥ずかしい。
「……あぁ。知ってましたよ」
「知ってたって……。知ってて、口に入れたの?」
「えぇ。だって、よくよく考えたら得じゃないですか。恥ずかしいからって、逃すのは勿体なくないですか?だから、黙ってたんです。……そうやって真っ赤になる貴女も見れましたからね」
咄嗟に、両手で顔を覆う。そんなに、赤く染まってしまっているのだろうか。
「……意地悪」
「ふふ。はい、そうですね。意地悪です」
楽しそうに微笑んだ彼は、フォークでカルボナーラを巻いて、自身の口に入れる。私も、まだ残ってるステーキを切り分け、フォークに刺して口に入れる。それから、食事中に私達が話すことは無かった。私とリュサールの間に残っている熱が、そうさせてくれなかった。一回口を開いたら、また余計なことをしてしまいそうで。
少し遅い昼食は、熱くて無味な食事となってしまった。でも、不思議と満足感と幸福感が満ちていた。
作者の都合により、今日の夕方投稿は無しです。申し訳ございません。明日か明後日に三本出します
ミスって夜出したものを見てしまった方は何も見なかったことにしてください。ep19は7時30分に投稿されました