ごめんなさい
ネヒアに手を引かれるまま歩き、路地裏を抜けた私達は、街の通りを歩いていた。
「そういえば、ラディ嬢は一人で来られたんですか?」
「ううん。りゅさ……あ、えっと、友達と一緒に」
リュサールが発言には気を付けろと言っていたことを名前を言い切る前に思い出し、なんとか飲み込む。ネヒアは、不審がる様子も無く、理解してくれたようだった。
「そうだったんですね。だったら、その友達とも合流しないとですね。そして、ちゃんと話してもらいますからね。最初から」
にこりと微笑むネヒアのその笑顔に、背筋が嫌な寒気を帯びていく。まるでセラーネ様に微笑まれた時を思い出す。彼らエルフ兄弟は性格は全然違うと思っていたが、やはり兄弟。どこか似ているらしい。
「うっ……。はい……」
「全く。そのお友達だって、多分凄く心配していますよ」
「うん……。あ、でもどうだろう。私、酷いことしちゃったから」
私は、彼の顔に傷を付けたのだ。リュサールの綺麗な顔。彼が大事にしているであろうものに、傷を付けた。
「……貴女様がどんだけ酷いことをしたか、俺は知りませんけど、あの人は多分、貴女にちょっとやそっとこのことされたくらいじゃ、嫌いにも無関心にもならないんじゃないですかね」
「そう、かな……」
「えぇ。まぁ、俺はあの人自体のことは全然知りませんけど。……でも、貴女のことを心から愛していることだけは、ちゃんと知っているつもりですからね」
「うっ……。そんなこと無いよ」
「ありますって。だって、毎日会いに来てるんですよ?それだけで、もう好きじゃないですか」
「……まぁ」
本当はそんなこと、とっくに分かりきっているのだ。でも、私が求めているのは、彼じゃない。彼は彼女であっても、どこか似ただけの別人なのだ。彼が作り上げた偶像じゃない。彼が私に惹かれたから結婚したいなら、私も同じだ。ユエナちゃんを運命だと思ったから、彼女と結ばれたかった。それが叶わぬ我儘だと分かっていても、今もずっと願っている。彼と同じように。
「……貴女は、あの人のこと、好きではないんですか?」
「……好き、だけど、でも、私が好きなのは、一緒に居たいのは、彼であって彼じゃないから」
「ふーん。恋愛って難しいですね。俺にはさっぱりです」
「さっぱりって……。ネヒアはそういう相手居なかったの?好きな人とか」
「いや。……あぁ、昔、一人それっぽい人が居ましたね。まぁ、彼女に抱いていたのが恋心かどうかも怪しいですし、体の弱い人間でしたから、早くに死んだでしょうね。まぁ昔の話ですから、体が強くても死んでますけどね」
「えー!?何それ聞きたい聞きたい!詳しく教えてよ!」
「はいはい。また今度憶えてたらしますよ。それより、見つかりましたよ。貴女の探していたお友達」
ネヒアが首を向けた方向に、私も目を向ける。そこには、アクセサリー店のショーウィンドウを眺めているリュサールの姿があった。フードを被っても、質素な服を着ても、やはり彼は分かりやすい。
「リュサール……」
「行ってきたらどうです?」
「う、でも、怒ってるかも……」
「それは本人に聞いて確かめないと。怒ってたら謝ればいいじゃないですか。酷いことしてごめんなさいって。ほら、俺はここで待ってますんで」
「う、うん……。分かった」
ネヒアに背中を押される形で、一歩を踏み出す。そして歩き出す。彼に向かって。
「……リル!」
「……あ」
私を見た彼は、目を大きく見開き、布袋を掴んでいた手を離す。そして、私へと近付いてきて、大きな体で、私のことを抱きしめた。
「良かった……」
「……怒って、ないの?」
「怒ってますよ。凄く怒ってます。でもそんなのどうでもいいくらいに、貴女が無事で良かったという安堵の気持ちの方が強いんです」
「……そっか。そうだよね。……顔、傷つけちゃってごめんなさい。リルにとって、大事なものだったんでしょ?」
「そんなの、貴女に比べたら些細なものですよ。それより、貴女が僕を置いて、何処かに走っていってしまった方が、辛かった」
リュサールが私を抱きしめる腕に力を込め、私の肩に顔を埋めてきた。それを本能が拒否してしまい、彼を引き剥がそうと、リュサールの肩に手を置き、抵抗する。
「ちょっと!」
「……すぐ離れます。でも、あと少し。少しだけ」
「駄目!注目を浴びるべきじゃないみたいなこと言ってたのリルでしょ」
「……そうですね。では戻りましょうか。あの少女を追いかけた先の事も聞きたいですし」
リュサールは少し名残惜しそうにしながらも、私の背に回していた手を解いてくれる。
「……分かった。その前に、ネヒアに声掛けないと」
「ネヒア?貴女の執事のですか?」
「うん。私を路地裏で助けてくれたの」
「路地裏で助けて……って。貴女、まさか危険な目に遭ってたんじゃ」
「うんうんそうだよ。めっちゃピンチでした。それもちゃんと話すから」
「……分かりました。では、ネヒアさんのところへ行きましょう。彼は何処に居るんです?」
「俺のことお探しです?」
「うわぁ!?」
ネヒアが待っていると言っていたところへ向かおうとした時、背後から探していた張本人の声が聞こえる。それがあまりにも神出鬼没で、飛び退いて驚いてしまう。
「お嬢様〜。相変わらずいい反応されますね」
「ネヒア……。わ、わざとやってるでしょ!」
「はい。お嬢様いっつも驚いてるくれるので。やり甲斐があります」
「……あの、ネヒアさん、でしたよね」
ネヒアと私の会話に、少し声を低くしたリュサールが、割って入ってくる。
「はい。あぁそういえば、貴方様とはなんだかんだ初対面でしたね」
「えぇ。ですが、自己紹介は戻ってからしましょう。ここでは……ね?」
「……えぇ。お家の教育が行き届いているようで、関心致します」
「ふふ。それはどうも。……馬車を呼びましょう。そこら辺の適当なものでは、どこに連れられるか分かったものではありませんからね」
「だったら、俺に任せてください。信頼出来るとこ知ってるんで。ただ、馬車代は払って頂きますけど」
「構いませんよ。いくらでも。請求書は僕の家に送るようお願いします」
「ありがとうございます。では、俺は一旦これで」
二人の会話内容が、前世の映画で見たような台詞ばかりで、とても話に入れそうになかった。無理に入ったとしても、私なら余計な情報を落としてしまいそうだ。
「……ではラテ。馬車が来るまで時間があります。もう少しだけ、この周辺を見て回りませんか?それに、お腹も空いたでしょう?」
そう言われた瞬間、意識したように腹の虫が音を立てて鳴く。ただでさえ恥ずかしいというのに、リュサールがそれを聞いて、くすくすと上品に笑っているのが、更に羞恥を倍増させた。
「ふふ。まぁ、あんな全速力で走ったら、お腹も空きますよね」
「うっ……。はい……」
「では、どこかお店に入りましょうか。そして、ゆっくり食べましょう」
「うん。私が奢るよ。色々、迷惑掛けちゃったし」
「貴女に掛けられる迷惑なら、寧ろ歓迎です。それに、奢って頂かなくて結構ですよ。女性に財布の紐を開けさせるわけにはいきませんので」
「けど、何かしたいの!……そうしないと、なんかもやもやする」
リュサールだけ、勝手に咀嚼しきって、飲み込んで、完結させてしまっている。なのに、私は何も噛み砕けていない。
「……では、髪留めを選んで頂けますか?家の都合で舞の稽古をしているんですけど、その時に髪が邪魔で……。稽古の時に、髪をまとめるものが欲しいんです」
「リルがそれで良いなら……。分かった。でも、その前にご飯だね!お腹空いちゃった」
「えぇ。では、行きましょうか。お店は先程言っていたところに行きます?」
「え〜。どうしよう。……あ、あそこ行きたい!あ、でも、あそこも良いなぁ。ね、メニュー看板のメニュー見てみよ!」
「あ、ちょっと!」
少し前と同じく、はぐれないよう手を繋いで、リュサールの手を引いていく。その手の温もりに、ずっと触れてみたいなんて、思ってしまった。




