変わっちゃったなって
「うげ、って、ご挨拶ですね。ラディ」
「リュサール……」
図書館を散策しようと、本棚を眺めながら適当に廊下を歩いている所に、一人用の柔らかそうなソファで、足を組んで本を読んでいるリュサールと遭遇してしまったのだ。
「せっかく会いに来たんですから、少し話しませんか?何も言わずに逃げられるのは、流石に傷つきますよ」
「だ、だって……」
「だって?」
「……リュサールと話してると、本当に、ユエナちゃんって、居なくなったんだなって、思っちゃうから。リュサールのことが嫌いなわけじゃないんだよ!本当に。ただ……私の心が弱くて、まだ、整理がついてないだけ。この六年間、ずっとユエナちゃんのことを考えてきたのに、再開したら男で、勝手にほぼ婚約みたいなことしてきて……酷いよ」
吐き出したその言葉に、言ってしまった、という気持ちになる。彼には言うつもりが無かった。吐き出すつもりが無かった。こんなメンヘラ発言をしたって、ただ面倒くさがられるだけだ。そんなめんどくさい女なのだと知られたら、関わりたくなくなる。きっと彼も、私との婚約を破棄したいと思ったことだろう。何を言うか迷っているから、ずっと黙り込んでいるのだろう。私と彼の間に流れる沈黙が気まずい。
誰も通りかからないその廊下は、二人だけの世界のように感じる。
「……では、ユエナに会いますか?」
「え……?」
「貴女が求めてるのが、僕ではなくユエナなんだとしたら、僕はそれに応えます。それに、ユエナになれるのは、僕だけですから」
「……それは、そう、だけど。でも、いいの?」
私は彼のことを何も見ていない。目を逸らしている。私が見たいのは、リュサールでは無いのだ。しかし、彼は口角を少しあげ、柔らかい笑みを私に向けた。
「えぇ。貴女の為なら喜んで」
その顔は、かつてのユエナちゃんのそのものだった。彼女も、そうやって柔らかい笑みを私によく向けてくれた。成長の弊害によって寸分程度狂っても、その笑顔は確かにユエナちゃんなのだ。
「……それじゃ、お願い」
「……はい」
リュサールはそう返事して、私の頬に手を置いた。昔と違って、骨ばってて大きいその手は、確かに男性のものなんだと思い知らされる。
「……リュサール?」
「……早く、僕だけを見てくれればいいのに。僕はずっと、こんなにも……」
彼が顔を近付けてくる。少しずつ、リュサールの綺麗な顔で、視界がいっぱいになってくる。
「そこで何をしているのですか」
二人しか居ない空間に、誰かが声を上げて入ってきた。凛として気高そうな女性の声だ。リュサールはその声を聞いて、不機嫌そうに一瞬顔を歪めた。そして、すぐにいつもの社交的な面構えをして、彼女に向き直った。
「申し訳ございません。愛しい彼女の髪に少し埃が付いていたので、それを取ろうとしていたんです。掃除、ちゃんとした方がいいと思いますよ」
「……余計なお世話です。図書館を掃除するより、あの人の心のゴミを掃除する方が先ですから」
可愛らしい童顔に似合わない真面目面をした彼女は、その顔には少しばかり大きい丸眼鏡を直しながら、そんな言葉を綴った。
──あの人の心のゴミ。彼女の身なりや、リュサールの発言からして、彼女はこの図書館で働く図書員なのだろう。そして、真面目そうな彼女が今一番片付けたいもの。認めたくはないが、頭が勝手にそれしかない、と納得してしまう。
「言葉遊びが随分とお上手な方ですね。では、僕達は用事があるのでこれで。お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ございませんでした。では失礼します。……行きましょうか、ラディ」
「え、う、うん……」
リュサールに導かれるまま、彼の手を取り、深海のような青髪をした彼女の横を通り抜けていく。その瞬間、彼女は私にだけ聞こえるような声量で、こう呟いてきた。
「身内ならなんとかしてくださいよ」
「……え」
思わず足を止め、後ろを振り返るが、そこにはもう彼女の姿は無かった。
「どうかしました?」
「い、や……。なんでもない。なんでもないけど……」
「けど?」
「……皆、変わっちゃったなって。思っただけ」
環境の影響もあるとは思うけれど、それを抜きにしても、皆、昔と変わってしまった。
「……変わりますよ。人間って、七年もあれば生まれ変わるらしいですから」
「え、そうなの?」
「えぇ。大体七年で、細胞が全部入れ替わるんですって。自分の体なのに、自分は何も変わってないはずなのに、体の中は作り変わってるんですって。今まであったものが無くなったら、そりゃ人も変わりますよねって話です」
「……ユエナちゃんにあった女の子らしさとかね」
「僕は最初っから男ですよ?そんなもの、練り上げて作ったハリボテに決まってるじゃないですか」
「……そのハリボテを気に入った人が、此処に居るんだよ」
「では、久々にその偶像を見せてあげますよ。さぁ、行きましょう」
「……うん」
繋いでいた手を再びぎゅ、と握り、リュサールと共に不気味な静寂が広がる大きな図書館を後にした。
それから、偉い執事さんに頼み込み、なんとか二人だけでの外出許可を取る事が出来た。こういう時、権力というのは便利だと感じてしまう。そんなことを思っては、前のラディと同じだというのに。だからせめて、無闇矢鱈には使わないようにしていた。使うのは、こういった大事な時だけだ。
「それで?どっか行きたい店でもあるの?高いドレスなんて、こんな城下町で売ってるとは思えないけど」
「えぇ。ですから、一番可愛いお洋服を売っているお店に行きましょう。幸い、僕達に金はたんまりとありますから。困ることはありませんよ」
「あーはいはいそうですねー……」
民間人に正体がバレることの無いよう、二人して街人と同じような服を身にまとい、髪色を見せないようにフードを深々と被っている。今回の外出は、父様はおろか、兄様や姉様にも伝えていない。だから、絶対にバレるわけにはいかないのだ。
「あ、あそことかいいんじゃない?ユエナちゃんに似合いそう」
「……貴女がそう言うなら行きましょうか」
リュサールは少し、複雑そうな顔をしていたが、それでも私に付いてきて、一緒に入店してくれた。
「わ〜!可愛い〜!」
その店は、おんなのこ、という言葉が似合うようなふりふりで可愛らしいロリィタ服がたくさん置かれていた。どれも私の好みだった。
「……あのマネキンのワンピース、貴女に似合いそうですね」
「そうかな?……あ!リュサール見てこのブラウス!ユエナちゃんが着てた色みたいじゃない?」
「……リル」
「え?」
突然発せられた単語の意味が理解出来ず、首を傾げる私に、リュサールは私の耳元へと顔を寄せてきた。また何かされるのかと身構えたが、私が思ったようなことはされなかった。
「ここは城下町です。どこにどんな目や耳があるか分かりません。貴女は王族であり、僕は貴族です。その自覚を持ってください」
「う、うん……」
「なので、僕は城に戻るまで、貴女のことをラテと呼びます。貴女は、僕のことをリルと呼んでください」
「分かった……」
街に出るにも、そんな気を使う必要があるだなんて、お偉いさんとは随分と大変なのだと、改めて感じる。リュサールは、私がそう理解したと判断したらしく、そっと離れていった。
「ラテ、どうしたんですか?ぼーっとして。何か見たい服があったんじゃないんです?」
「え?あ、あぁ!そうだった!ごめん、一旦一人で見たいから、リルは少し待っててくれる?」
「はい。分かりました」
リュサールから離れ、別の服を見るふりをして、店の入口付近にいる彼をこっそり眺める。白髪を隠しても、質素な服を着ても、彼の生まれ持って恵まれた容姿は、隠れることを知らなかった。
「変装の意味……」
そんな彼から視線を移し、再び服を眺める。置かれているのは、白やピンクを基調としたロリィタ服が殆どだったが、その中に紛れて、黒や紫色のゴスロリ服も置かれていた。そういえば、ユエナちゃんもいつも、暗い色のドレスを着ていた。白い髪に赤い瞳なこともあって、偶に吸血鬼のように感じたこともあった。
「……これにしようかな。サイズは魔法で変えればいいし」
そのドレスと、他に合いそうな小物を何点か手に持ち、会計へと向かった。当然かなりの値段が張ったが、私にとっては余裕で払える値段だった。私は品物が入ったお洒落な皮袋を手に取り、リュサールの居るところに向かって足を動かした。
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前回出した投稿予定と違う時間に出してしまって申し訳ございません。これからは、今日出した時間帯で2本投稿が主となっていくと思います
これからも『運命の人は男の子でした』をどうかよろしくお願いします




