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【中編】ただ、一緒におでんが食べたかっただけなのに【現代恋愛】  作者: 紺青


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【後日談】おでんがあっても、なくても

悠真と美羽がイチャイチャしてるだけの後日談。

一話完結。

時系列は、二人がつきあいだしてから一年後。

 (私ったら、驚くほど馴染んじゃったわね……)

 現在、美羽は悠真が暮らすマンションのリビングのソファで部屋着で寝っ転がっている。行儀悪く寝たまま、最近買ったミステリーの新作の文庫本を読んでいるところだ。今日はなぜか活字が滑って、頭に入ってこない。


 ふうっとため息をついて文庫本を閉じ、ラッコのように本をお腹載せた。窓の外には青空が広がり、二人分の洗濯物がはためいている。


 (あれから、一年かぁ……)

 美羽が離婚して悠真に海に連れて行ってもらってから一年が経っていた。


 『結婚を前提につきあいたい』と言う悠真に、すごい熱量で迫られると覚悟していた。でも、悠真は美羽が交際を受け入れて、悠真の地元へと着いていくと言うと、その後は本来ののんびりとしたペースに戻った。

 後から聞いたところによると、あの時は本当に最後のチャンスだと思って必死だったのだという。


 自分も転職したてなのに、美羽の住む場所を選ぶのにじっくりとつきあってくれた。悠真は勤務先から実家がさほど離れていないけど、マンション暮らしを選んでいた。美羽にいきなり同棲を提案することもない。まずは、自分を確立したい、そんな美羽の気持ちをくみ取ってくれた。


 悠真の地元へ越してきてから、美羽の新生活は思っていた以上に快適なものになった。

 美羽は最低限のものだけ買って、今度はちゃんと自分の好きなもので部屋を埋めて行った。買い出しは通販も利用したけど、悠真も車を出して付き合ってくれた。車はこの辺りでは必要で、転職のタイミングで購入したものだ。お礼の気持ちをこめて、時折二人で洗車した。


 ゆっくりと生活を整えながら、気分転換に悠真がデートに連れ出してくれた。美羽も遠慮せずにリクエストする。

 二人がよく行くのは図書館や本屋やカフェや喫茶店。時折、遠出して家具やラグなんかを見に行ったり、美術館や季節の花などを見に行く。行きたい場所が同じなの楽で、とても楽しい。

 でも、結局一番落ち着くのはどちらかの家でまったりと過ごす時間。平日はご飯を食べに行くくらいだけど、週末はどちらかの家に入り浸っている。


 悠真とつきあって、しばらくの間、どうしても元夫と比べてしまった。

 そして、元夫との違いを必死で探した。

 悠真はあの人と違う。その確証を掴みたくて。

 つきあっている時はやさしくて、結婚して豹変した元夫とは違うと確信したくて。


 元夫はつきあっていた三年間が幻だったかのように、結婚して手の平を返した。

 悠真はそんな人じゃない。

 でも、そうなってしまったらどうしよう。

 悠真を信じたくても、やっぱり恐怖がなくならない。


 悠真はそんな美羽の内心を知ってか、知らずか、穏やかなペースを崩すことはなかった。


 美羽は悠真の地元(ホームグラウンド)に飛び込んで、家族や友人を見定めてやろうという気持ちもあった。後でなにかトラブルが舞い込むのはごめんだった。


 美羽の心配をよそに、悠真にトラブルの気配は一つもなかった。

 悠真の家族からバツイチの女なんてと敬遠されることもないし、悠真の幼馴染だとか、女友達から「悠真と別れて」なんて迫られることもない。

 驚くぐらい平穏で平和な日々を過ごしている。


 むしろ、悠真の実家に行くと男兄弟しかいないからと娘のように可愛がってくれるし、結婚をせかされることもない。飼っている柴犬も懐いてくれている。かわいい。


 悠真も交友関係は狭いようで、数カ月に一度、親友だという友達二人と飲みに行くけど律儀に『行ってきます』と『ただいま』を連絡してくれる。酔っ払うと美羽に会いたくなるみたいで、電話をかけてくるところもなんだかカワイイ。


 そう美羽には悠真が可愛くみえて仕方ないのだ。男の人にこんなことを言うのは失礼かもしれないけど。


 いつもどこかしら跳ねている髪の毛も。

 すぐに照れて顔を赤らめるのも。

 惜しみなく態度や言葉で美羽に好意を伝えてくれるところも。

 ちゃんと自分の気持ちを伝えようとして、しどろもどろになるところも。

 美羽がごはんを食べているところを嬉しそうに見守ってくれるところも。


 全部、可愛くて愛おしい。


 美羽が寝っ転がっているソファを背にして、床に座って悠真は真剣に本を読んでいる。美羽が読んでいるミステリー作家の過去の作品だ。読む本の趣味も似ているので、新作が出ると悠真は必ず美羽に譲ってくれる。悠真の全ては優しさでできているのかもしれない。


 昔は猫背で細身だった背中がだいぶ逞しくなった。悠真は地元に戻って、美羽とつきあうことになってから体を鍛え始めた。残業や休日出勤に追われていた前の会社と違って、残業はあるもののだいぶ減ったし、時間のゆとりができたから、とのことだ。


 元夫が通っていた高額なパーソナルジムではなく流行の安価なジムだけど、マメに通っているからかこの一年で目に見えて筋肉がついた。引き締まってうっすらと筋肉の線が見えるようになった。元夫の体を綺麗だと思ったことはないけど、悠真のふとした仕草で見える、二の腕などに見惚れてしまう。柔らかでどこか中性的だった、悠真が格好良く見えて仕方ない。


 悠真は基本的に穏やかで美羽の意思を尊重してくれるけど、節目節目で勇気を奮ってくれた。

 告白してくれた時、デートに誘う時、キスをする時、初めて体を重ねる時。

 いつも顔を真っ赤にして、それでも自分の気持ちや意思を伝えてくれた。

 そんな悠真だから、美羽は段階を踏んで、つきあいを深めていくことができたのだ。


 「ねぇ、ゆうま」

 「ん? どうした?」

 悠真は読んでいた本からすぐに顔を上げて、美羽の方を振り返ってくれる。

 そんなところも好きだな、と美羽は思う。きっと悠真の好きなところをリストにしたらA4用紙一枚では収まらない。


 「結婚しよう」

 「え?」

 とたんに頬が染まる。相変わらず可愛い。


 悠真と過ごすようになって気づいた。

 あの時のコーヒーが特別だったのは悠真のおかげだ。

 確かにあの喫茶店はすてきだったし、美羽の好みのドンピシャだった。でも、それは悠真が美羽を理解してくれていて、思いやり寄り添ってくれたからだ。


 あの喫茶店のコーヒーがなくても、悠真といる時間は穏やかであたたかい。あの時のコーヒーが特別なんじゃなくて、悠真といることが特別なのだ。


 そのことが腑に落ちて、そうしたら結婚したくてたまらなくなったのだ。そう説明すると、「うんうん。俺も美羽が特別で大好きだよ」と言う悠真の目尻に涙がたまってる。


 美羽はソファから降りて、ぎゅっと悠真を抱きしめた。

 「大切にするから」と美羽が言うと、

 「ふふっ、男前だな。こちらこそ末永くよろしくお願いします」

 悠真の目尻にたまる涙が綺麗で思わずぺろりと舐めると悠真は耳まで真っ赤になった。


 「ねぇ、今日はおでんにしない?」

 「いいね。スーパーに行こうか?」

 「アイスも買おう」

 「日本酒も買っちゃうか」

 「いいね、いいね」


 美羽の腕の中にあるのは、相変わらず柔らかい笑顔。美羽の目にも、ふいに涙が滲む。

 相変わらず事あるごとに、元夫の事がチラチラと浮かんでしまう。それでも、悠真は元夫と違うのだと必死になることはなくなった。


 ―――結婚への恐怖がなくなったのは、いつからだろうか?

 それは自分でもわからないくらいに自然に消えてしまった。

 

 二人は手を繋いで、買い出しに出かけた。


 まだ、左手の薬指に指輪はない。

 それでも、おでんがあってもなくても美羽の日常はあったかくて愛にあふれるものになるだろう。

 そんな確信が美羽にはあった。


 そして、それは現実となる。

後日談までお読みいただき、ありがとうございました!

これにてこのお話は完結です。

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